2008年06月11日

「味わう」の誤用ことば

getter.jpg

↑のコマは単なる名場面です。
石川漫画においては、こうしたセリフの後は、「●●の苦しみを味あわせてやる」とか言っておきながら3倍返し・5倍返しでお見舞いするのが慣例です

で、今回は「味あわせる」という表記について。

ドラマのセリフやCM・ニュースの字幕、新聞などでもしょっちゅう
「味あわせる」
「よく味あわないと」

という表現が出てきて、いつも相方と
「もとの動詞が『味わう』なのだから『味わせる』が本来のはずなんだが、テレビ・ラジオや紙媒体に至るまで、ほとんど「味あわせる」になっちゃってるよな」
と話題にのぼる。

結論から言えば、やはり「味わわせる」が本来の表記であり、「味あわせる」は誤用、ただしかなり定着してしまった誤用である。

Googleで「味あわせる」を検索した場合も、「もしかして"味わわせる"」とガイド機能が働く。
ちなみに検索結果(文脈を無視した単純検索)では

「味わわせる」=42400件
「味あわせる」=44800件


と、意外に拮抗しつつも、本来誤用である「味あわせる」の件数が正しい活用を凌駕していた。

「味わう」という言葉のルーツは、古語の「味はふ」。

本来は「さきはふ(幸)・にぎはふ(賑)」の「はふ」が「味」について「味はふ」になったものである。
しかし、全体として一語になり、「味」の動詞訓そのものが「あじわう」になっている。
(「国語表記事典」角川書店)


また、同事典内に

動詞として活用語尾を送れば「味う」になるが、「あじ」の場合に「味」と書くのにそろえて、「味わう」とする。


とあるように、
「あじわ」までが語幹の動詞で、「う」だけが活用語尾(「わ」は語幹だから活用しない)である。
だから、(例えば「買う」などと同様に)

・味わわない/味わわせる
・味わいます
・味わう
・味わう時
・味わえば
・味わえ


となるのが本来の活用で、「味あわせる」と表記した場合、本来語幹であるはずの「わ」が勝手に「あ」に変えられてしまっている、ということになる。

「味あわせる」と表記・発音するならば、その動詞の原形は「味あう」でなければ本来平仄に合わない。
で、非常にマイナーな存在だが、「味わう(味はふ)」の同義語として、「味あふ」という動詞も(少なくとも鎌倉時代には)存在している。そちらを念頭に置いての「味あわせる」であれば表記上の問題は発生しない。
しかし現実には、「味あう」を意識して「味あわせる」と発する現代人は稀であり、活用が異なる場合にはしっかりと
「すっきりとした味わい」
「贅沢素材を味わう」
というように「味わう」の方を使っているわけで、「味あう」の意識下にあるわけではない。

結局、「味あわせる」が生まれて定着したのは、
"「味わわせる」の「わ」が重なる部分が言いづらいから"
"「アジワーセル」と長音化してしまうのを避ける気持から

というのがメインの理由とされている。
本来「あらた(新)しい」であるはずの言葉が「あたらしい」に変化して、今ではそちらのほうがもっぱら用いられているように、言葉は長い年月の中で取捨選択され、時には誤用が定着して本家にとって代わってしまうこともしばしばだ。「味あわせる」もその一つなのだろうが、辞書的・国語学的には「誤用・慣用・誤った定着」の域をまだ脱していないようではある。
つまり、みんな使ってるし認知もされているけれども、言葉に敏感な人から「誤用だよ」と指摘されることもままあるレベルというあたりか。

言葉を使う人間の心理に即して考えてみると、こんな意識も手伝っているのではないかと思える。
「味わわせる」と使役表現にする場合、他の活用形ではもっぱら食べ物や鑑賞物等に対して用いられる「味わう」が、
「誰かに・何らかの心理状態を付与する」
という意味に集約されることが多い。
「母に懐石料理を味わわせてあげたい」というような使い方もないではないが、特にドラマなどでは、冒頭で挙げたゲッターロボのコマのように
「苦しみ・辛さなどを味わわせる」
という文脈で登場することが圧倒的なように思う。

で、特にこうしたネガティブな用法の場合、意識の中に
「(辛い)目にあわせる
という表現が潜在していて、それがブレンドされて、違和感なく
「お前にも味あわせてやる!」
といった表記・発音になるのかもしれない。現にこうした解釈のもとに二つの言葉を完全に混同している意見もいくつかネット上で見かけたものでそんな風に考えてみた。

困ったときにはことばおじさん!と思って探してみたらば、もうしっかりと説明してくれてました。
さすが分かりやすいぜ!


この語に限っては、結構早い段階から、本来は誤用にはコンシャスでできるだけ回避するはずのマスコミや出版業界も率先して「味あわせる」を多用している印象があって不思議に感じている。
ずっと前から、「"味わわせる"が本来の活用のはずだが、テレビやラジオではみんな"味あわせる"って発音・表記してるし…そっちの方が適切なのか?」と迷うことがしばしばあったのだ。
そんな風に邪推してみると、マスメディアが戦後「味あわせる」を定着させてしまったのでは?という気もする。
実際、「あじわわせる」は発音しやすいとは言わないまでも、そうそう言いづらいとまでは思わないのだが…


ちなみに冒頭に使用した「ゲッターロボ」のコマは、厳密には「ゲッターロボG」の最終盤の名場面。
「G」の掲載誌は「冒険王」(秋田書店)なのだが、同じセリフが無印「ゲッターロボ」(少年サンデー連載)だったら「味わわせる」になっていたかも?とちょっとだけ思った。

というのは、ちょっと前までの小学館というのは自社で「日本国語大辞典」や学習雑誌を出していること・以前は教育系・文学系出身の編集者が多かったことに関係しているのかしていないのかは知らないが、とにかく正しい表記や読み方を徹底する出版社なのだ。
学年学習誌及び「少年サンデー」や「少女コミック」などのネーム(セリフ部分)の漢字にはルビが振ってあるのだが、一番分かりやすいのが「私」という言葉につくルビだろう。
キャラクター設定上、「こいつは絶対そんな高尚な自称するはずがない」という人間であっても、例外なく「私」のルビは常に「わたくし」に統一されているのだ(最近ルビがつくような小学館の漫画読んでないので、現在どうなのかはわかりません;)。
たとえどんなはすっぱな女やスケバンであろうが、必ず「わたくし」。
いくつか漫画を読んでいるうちに「ああ、小学館ではこうなんだな」と分かるようになってきたものの、あまりのギャップに違和感がぬぐえない。(特に安永航一郎作品での浮き方は異常)
10代の日常会話で「わたくし」と自称するシチュエーションなど、相当記号的な良家の子女ぐらいのものだろうし、成人にしたところで、公式な場でプレゼンテーションやら演説やらする場合でなければ、仲間や家族との打ち解けた会話の中で出てくるものでもない。

また、少年漫画・SF漫画に登場する「●●博士」についても、テレビや映画などでは、あるいは人名に直結して使う場合には「早乙女ハカセ」「南部ハカセ」というように、「ハカセ」発音が普通なのだが、小学館では徹頭徹尾「はくし」のルビが振られている。

『常用漢字表』の「博」の音訓欄の字音は「ハク・バク(漢呉音ハク・慣用音バク)」だけで「ハカ」がない。「士」のほうは「シ」だけ(漢音シ・呉音ジ)で「セ」がない。
本来は中国の官名であるが、律令制で大学寮に置いた官名は、国語化して「はかせ」と呼ばれた。
付表に「はかせ・博士」があるから、この形を用いる。
一般には物知りの意味で「野球博士」などという・ただし、学位としての「博士」は「はくし」と読む。

(「国語表記事典」角川書店)


とあり、付表にある読み方なんだからルビも「はかせ」でよさそうなものなのだが…学士・称号として厳密に「はくし」に統一したのだろうか。
(なお、冒険王移籍後の「G」では、「博士」のルビはおおむね「はかせ」になっている)

要するに、当時の小学館では常用漢字表にかなり厳密に準拠していたということのようだ。
常用漢字表には「表外音・表外訓」というものがあり、これは「漢字表の中に正式採用していないけれど、まあ一般的に使われてはいるから載せておきますね」という読み方のこと。

・「わたくし・はくし」は常用漢字表の中にある正規の読み方
・「わたし」は表外訓、「はかせ」は表外音


こう考えれば、小学館的な基準として

「ルビに表外音・訓や慣用的な読み方は用いない」

というガイドラインが存在していたのだろうと想像するのは容易である。

だから、漫画家が「こいつはどうしたって"わたくし"ってキャラじゃない!」と考えていたならば、「わたし」とかな書きする他の方法は(小学館では)なかった。
(だからサンデー版の「サイボーグ009」では、「わたし」「ワタシ」などの表記がキャラクターごとに使い分けられていたのだろうか。)

こうしたルビだけでなく、漫画のネームの中に句読点(「、」「。」)を入れるのも当時の小学館の漫画の特徴であり、漫画的文法よりも正しい日本語表現にコンシャスであろうとする傾向がよく分かる。

<参考画像>
getterhikaku.jpg
(クリックで拡大します)

出版・編集の異なる「ゲッターロボ」と「ゲッターロボG」の比較(底本は大都社スターコミックス3巻本)。
小学館連載時の句読点が独特のものであることが分かるかと思う。
特に、叫びのフキダシに「。」を付けるのは迫力を殺いでしまう恐れもあり、最近ではほとんど用いられない。


この頃の小学館の編集方針であれば、もしかして厳密に「味わわせる」に修正していたかもしれないが…さすがにセリフ本体にまでは手は入れなかっただろうか?今となっては分からない。
posted by 大道寺零(管理人) at 14:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | ことば
この記事へのコメント
確かに「あじあう」と発音されても気づきませんでした。「味あう」と表記することは絶対ないですが。
「女王」を「じょうおう」と呼んでしまうみたいになんとなく文字とずれている発音は他にもありそうですね。

なお当用漢字バリバリ時代の小学校で、「私」に「わたし」とふりがなを振ればしっかり×をつけられました。「まあ、世間では通用するんだけどね」と注釈つきでしたが。
Posted by 末期ぃ at 2008年06月11日 23:25
>>末期ぃさん

確かに、ドラマやニュースでも「女王」は「じょうおう」ですよね。周囲の大人もほぼ全員が
「エリザベスじょうおう」
「ミス着物のじょうおう」
「じょうおう様」
と発音する中で育って来たので、別に発音しづらいわけでもないのに「じょおう」と言うのは表現しがたい違和感がありますね。

日本古来の呼び方では、皇族や斎王に「女王」が付くことがありますが、その場合の読み方は
「ひめみこ」か「じょおう」なので、どの時点で「じょ"う"おう」の"う"が入ってきたのか興味があります。
(一説では、そもそも「じょわう」で、上代には実際に「ジョワウ」と発音していた、その「w」の名残りが「jo wo u」ということで「う」になったのでは?というのがあるようです)

ちなみに現在使っているIMEでは、「じょおう」では「女王」が変換されますが、「じょうおう」では出てこないようです。

>なお当用漢字バリバリ時代の小学校で、「私」に「わたし」とふりがなを振ればしっかり×をつけられました。

そんなことがあったんですか!
多分学校・あるいは担任の先生が当用・常用漢字基準に厳しいというか、当時の教育界全体がそうだったのでしょうね。
Posted by 大道寺零 at 2008年06月12日 17:45
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