2008年06月12日

「MW」映画化漫画

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(ここから2009/7/17の追記)

同性愛要素排除については、このエントリを書いた1年少し後に明らかにされたので参考までに追記。

玉木宏の同性愛描写、事務所はOKしていた
Gay Life Japan | 映画『MW(ムウ)』から同性愛描写が排除された理由

週刊シネママガジンのニュースによると、出資者側から「ホモの部分を出すんだったら金は出せないよ」と言われてやむなく同性愛の描写ができなくなったのだそうです。実は主演の玉木宏も山田孝之も、事務所側は同性愛の描写をOKしていたし、岩本監督も撮影中は2人に同性愛関係を演じるように毎日のように話していたそうです。「日頃たまってるうっぷんをこの場を借りて晴らさせてもらうと、出資者には同性愛の描写はありませんよといいながらも、暗喩するように描いているんです。体をタオルで拭いてあげる2人の関係がゲイじゃなくて何なんでしょうか」とプロデューサーは語っていました。
 出資者とは日本テレビのことで、映画と連動してすでに「MW 第0章 悪魔のゲーム」を放送しています。映画本編をテレビ放映するにあたり、同性愛描写がコードに引っかかったのでは?と言われています。


本エントリを書いた当時は、監督サイド、あるいは主演者事務所らが腰が引けたせいかと思っていたのでかなりきつく当たった書き方になっていますが、執筆当時の偽らざる感想なので、あえて手を加えずそのまま公開しておきます。

(追記ここまで)
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どういうわけか最近までこの情報と全然接触していなかったのでいまさらな記事になるけども、手塚治虫の「MW(ムウ)」が映画化されるとのこと。

主役・結城美知夫役に玉木宏というのは、まあ演技力の面では大いにアレだが、シャープな美男でなければこの役はつとまらないだろうから外見面ではまずまずかとは思うのだが、問題はその内容で、

原作は1976〜78年に青年誌「ビッグコミック」に連載。悪役を主人公にした
異例の手塚作品で、殺人の生々しい描写や結城と賀来の同性愛などが大きな反響を呼んだ。
今作では同性愛は描かず、アクションを多用したエンターテインメント作になる予定。
(スポーツ報知記事より一部抜粋)


そして、とにかく世の中のアクションというアクションの全てをこの作品は取り入れています。
火、水、カーチェース、バイク、エアバトル…超大作になりますよ。

(岩本仁志監督インタビュー:NEWS ROCKET記事より一部抜粋)

"『サファイア リボンの騎士』を『リボンの騎士』のリメイクとは認めない!"wikiより - "手塚プロよ恥を知れ!!「MW」映画化へ"のページ

あの〜〜…それのどこが「MW」なんスか………?
これじゃ、なかよし版リメイク(自称)「リボンの騎士」に負けず劣らず…というか、ターゲットが広い分更なる原作凌辱としか思えないのだが。





「MW」は1976〜1978年に「ビッグコミック」に連載され、手塚治虫のダーク系・社会派系の成人向けにカテゴライズされる作品である。
少年誌の枠組みではなかなか描ききれないさまざまな「悪」とその抗いがたい魅力を意欲的に表現しており、「万人受けの大傑作」とは行かないまでも良作の部類だと思う。

物語の中心となるのは結城美知夫(映画では玉木宏)と賀来神父(映画では山田孝之)の二人。
美形の歌舞伎役者を兄に持ち、自らもクールな美貌の結城は、表の顔は実直有能な銀行員。しかしその裏では、残虐な誘拐・殺人を繰り返す冷酷な凶悪犯罪者だった。
結城は犯罪を犯すたびに賀来のいる教会に赴き、懺悔をする。それが賀来を苦しめることを十分に知った上で。
二人は奇妙な出会いの末に、同性愛関係を結び今日に至る因縁を持っていた。結城を警察に突き出すべきと思いながらも、彼にどうしようもなく惹かれており、結局はいつも逃亡や隠匿に手を貸してしまい、さらに良心の呵責と結城への盲愛にさいなまれて苦しむ毎日である。

彼らが出会ったのは15年前、「沖ノ真船島」という小さな美しい島だった。
当時賀来は人生の目的も見いだせずに、たちの悪いフーテン学生グループ「カラス」の一員としてフラフラ島を訪れ、悪さを繰り広げていた。一方、まだいたいけな少年だった結城も、とある金持ちの青年のヨットで島に来ていた。
なりゆきから結城の同伴者を傷めつけ、洞窟の中で結城と二人きりになる賀来。「おまえナオンよりハクいぜよ」(原文ママ)とか言いながらひとしきりイチャイチャして、外に出てみるとそこには住民たち・「カラス」のメンバーだけでなく、家畜までもが死屍累々と横たわるショッキングな光景が展開されていた。

島には軍の所有する貯蔵庫があり、「カラス」のメンバーはそこから「貴重な何か」を盗み出す計画のもとに行動していた。
その「何か」とは、「ある国(とは書いてあるものの明らかにアメリカ)」が「ベトナムやラオスの人間を無差別に死滅させるため」の秘密兵器の毒ガス・通称"MW"だった。そのガスが漏れ出したためにあらゆる生命体が死滅してしまったのだ。
風上の洞窟にいたために被害を免れた二人。結城は少しガスを吸い込んでしまったために激痛に苦しむも、なんとか命は取り留めた。
しかし「MW」の後遺症のためか、その事故以来「良心」や「モラル」を全く失った残虐な性格に変貌してしまった結城は、己の優れた知略と美貌を最大限に利用して、MWの関係者や島の悲劇を隠蔽した人間・その家族を陥れ、苛烈な苦しみを与えた上で命を奪う復讐を繰り返すようになる。
賀来は島での惨状が頭から離れずに神学の道に進み、MWのために良心を失った結城の罪を諫め、悪霊から救うことを自らの贖罪とするために敬虔な神父として修業にまい進する。しかしいかに説得を試みて様々な行動を起こそうとも、結局は結城の魅力に翻弄され、犯罪の手筈や逃亡に力を貸してしまい、ますます苦しみは深くなる。

結城の犯罪はエスカレートし、賀来の周囲の女性までも、嫉妬心から毒牙にかかってしまう。そして、MW開発・隠匿の関係者だけでなく、人類全体がターゲットになっていくのだが…


(興味のある方は、Yahoo!コミックにて一部立ち読み可能。ブラウザはIE限定。)

という話なもんで、なんでもホモホモすりゃいいとはみじんも思ってないけれども、少なくともこの話から同性愛要素を抜いてしまったらもう「MW」ではないと言える根幹だし、少なくとも賀来神父の立ち位置がずいぶん変わってしまうことになる。

原作では、復讐の過程の中で、結城が美貌を生かして女装をしたり、若い女だけでなくおばはんや男をもたらし込む場面がよく出てくるのだが、この女装もカットらしい。まあ流石にいかに美男俳優であっても、実の親でさえ区別がつかないほど巧妙に美女(女優)に化けるのは実写では難しいだろうし、それは仕方がないかと思う。
(このファクターがあるので、常々「MWを実写化したら」と妄想する中で、歌舞伎の女形の人がいいんじゃないかと考えていた)
また、作中での結城は、強姦青姦当たり前、わんことまでもゴニョゴニョ(その場面を覗き見されてひそかに「悪魔!」と呼ばれるシーンがあるのだが、後年の版ではマイルドな表現に描き直されているらしい)しちゃってハレンチ学園なんでもアリアリな描写が連発されるのだが、さすがにわんこもカット。それもまあ妥当かと。

ただ、やはり同性愛の要素をオミットしてしまったら何の作品か分からなくなってしまう。
「SLAM DUNK」を例にあげて説明してみると、主人公の桜木花道の設定が、本来の「体力と潜在的な運動能力はあるが、アホで女に弱い不良」ではなく、「中学の頃からバスケ大好きな真面目な生徒だが、これまで指導者やチームメイトに恵まれず能力を開花できなかった」というようなものに変えられてしまった状態を想像してもらえばいいかもしれない。
そうした設定でも、やり方一つで面白いバスケ漫画・映画は作れるだろう。ただしそれはいくらストーリーがつながったとしても、もはや「SLAM DUNK」ではない。女の子に気に入られたいがために始めたバスケで、ズブの素人だった花道が次第に才能を開花させ、心の底からバスケを愛し始める過程の醍醐味や感動を描くこともできない。
それと同じで、重要な「業」の根幹部分を排除してしまって、さらに「アクションエンタメに徹する」映画のどこが「MW」なのだろうか。

タイトルの「MW」は、単に毒ガスの名称であるだけでなく、「Man/Woman」という意味も含んでおり、結城の両性具有の背徳的な魅力をも示唆している。まさか映画化を企画する段階でそれを知らなかったということはあるまいが…

聖職者である賀来が、キリスト教世界では大きな背徳である同性愛に溺れ、かつ凶悪犯罪に手を貸してしまうという設定が、キリスト教関連団体に反発や抗議を招いてしまう懸念は大いにある(実際、他の映画でも同様の動きがあった)。
また、同性愛や性同一性障害を思わせる表現にクレームがつく可能性も高い(「リボンの騎士」の自称リメイクでサファイアが男と女の心両方を持っている設定を破棄したのもこの懸念からだという)。
それならば、「今の社会や日本では無理」ということで、素直に「MW」の映像化を断念するしかない話だと思う。他にも現代を舞台にした手塚治虫の良作は沢山あるのだから。(例えば「地球を呑む」とか「人間昆虫記」とか。セットやCGに予算をかける気があるなら、時代ものになるが「百物語」とか好きだがなあ)

また、紹介記事の中には

同じく事故に遭い結城に命を助けてもらうのが山田演じる神父・賀来裕太郎。


とあるのだが、原作ではどっちかといえばガスに侵された結城を助けて島から逃げ出したのが賀来なので、この辺も変更するようだ。
同性愛要素をオミットする代わりに、「命の恩人だから」ということで賀来が結城に従うという図式にするのだろうか?それって本当に別物だと思うのだが…

「リボンの騎士」の件もそうだが、近年の手塚プロは何を考えて改悪ばかりの企画にOKサインを出しまくってるのだろうか。まるで長年のファンを苦しめるのが仕事なのか?とさえ思ってしまう。
一切原作を変更するなとは言わないが、特に映像化の場合、「大事な娘を嫁に出す」ような気持ちでことに当たってほしい。それだけなのだが…


何度か読み返してつくづく感じるのだが、「MW」という作品の肝は、結城の狂気がMWガス事故の後遺症に由来するものなのか、それとも元来結城の中に宿っていたものなのか、話が進むうちに判然としなくなる部分だと思う。
「ガスの後遺症で良心やモラルが消え…」と語っているのは賀来だけで、あくまで彼の憶測の域を出ないことなのだ。エスカレートする犯罪を見続けていると、
「その悪逆非道さは生まれながらに結城が持っていた性質なのでは」
「結城はもしMWを浴びなかったとしてもこうなってたんじゃなかろうか」

という気持ちが沸き上がってくる。その一方で読者自身もまた結城の徹底したピカレスクぶりに、賀来同様に抗えず、ジワジワと心を奪われていることに気付きはじめる。そこが最大の作品の魅力ではないだろうか。

結城の「美知夫」という名前もよく付けたもので、その卓抜した知略と美しさから、どうしても目を離すことができなくなってくる。
この作品を初めて読んだのは大学生の頃(全集版)だったが、
「手塚治虫がここまで徹底した悪の魅力を激しく描けるとは!」
と驚いた記憶がある。

キャスティングの面では、外見だけなら玉木宏は申し分ないが、賀来はもっとゴツゴツとして男っぽい人の方がイメージだなあ…もっとも今若い人気俳優はみんなスンナリしすぎてて、なかなかガッチリしてていい意味で汗臭い人がいないから厳しいだろうか…
若い頃のジュリーあたり、色気は凄いし狂った演技もできるしで、結城役には最高かもしれない。あとは90年代の加藤雅也とか?
もしも将来、諸問題をクリアして原作のファクターに沿って実写化できる機会があったとしたら、積み重ねられていくサスペンスの過程は、映画よりは連続TVドラマのほうが向いているかもしれない。
posted by 大道寺零(管理人) at 16:51 | Comment(18) | TrackBack(1) | 漫画
この記事へのコメント
あの「MW」に何をしてくれますねん!!ウホ抜きなんて、「MW」じゃないです!!!
 初めて読んだのは、79年頃かな?そんなんだから、浪人してたとも言えるあの頃・・・結城の兄が女形なので、当時(今でもか)人気絶頂だった玉三郎とかぶりました。素顔じゃなくて、イメージ的にですが。兄に対する結城の暴言も忘れがたい。
 後年、学部で講義を受けていると「ピクロトキシン」が出てきました。即座に「あの、気持ちがいい(ただし、女にとっては一発芸)という薬か」と思いました。青春期の私には、そのくらい印象の強い作品だったのですね。
 「鳥人大系」や「MW]は、黒手塚の代表作なんだから、いじらないでほしいなあ。
 原作読んでない人に「つまらん、コクがない作品だ」なんて思われたら、黒手塚先生、哀しむんじゃないですか・・・
Posted by ネコトシ at 2008年06月14日 03:08
>近年の手塚プロは何を考えて改悪ばかりの企画にOKサインを

あの田中圭一氏に『ジ○○○ル大帝』のパロを許諾するとか、ホントに何を考えているのかわかりませんよね、手塚プロ!
メチャクチャなバカエロ作品にされちゃうのが目に見えるというのに。
版権安売りにも程がある!!
なので、どーせ安売りするなら田中氏をとっとと公認作家にして、版権タダで描かせてあげてください。
いやむしろするべき(笑)。
Posted by ひろz at 2008年06月15日 10:57
>>ネコトシさん

久々にMWを読み返しました。結城のパン1姿がよく登場するのですが、男性でありながらかなり意図的にすんなりとしたラインに描かれており、両性具有性を意識している作画かと思いました。また、当時の成人向け雑誌での作品では意識的に絵柄を変えているように思います。
持っているのが全集版なので、巻末の1ページのおことわりが必ず載っていて、「全ての作品の根底に流れているのは人類愛」というフレーズがあるのですが、この作品だけに限ってはちと怪しいような…

>結城の兄が女形なので、当時(今でもか)人気絶頂だった玉三郎とかぶりました。素顔じゃなくて、イメージ的にですが。

「七色いんこ」に登場した芸達者なわんこの名前も「玉サブロー」でしたね。手塚先生お好きだったんでしょうか。そもそも宝塚とか女形の変幻自在な存在は元来好みだったのかと思ってます。

>「ピクロトキシン」

あれは実在の薬品だったんですね…(いまだと悪用を恐れて表現規制されかねないような)
あのシーンはインパクトありましたね。読むたびに「そんなに収縮しちゃったら抜けなくなって大変じゃないのか?」と要らん心配をしてしまいます。

> 「鳥人大系」や「MW]は、黒手塚の代表作なんだから、いじらないでほしいなあ。

同感です。本文にも書きましたが、改変自体は全て悪とは思いませんけども、肝となる部分を切り捨てる、または諸事情で表現不能ならば潔く断念して欲しいですし、手塚プロにもちゃんとダメ出しして欲しい。

Posted by 大道寺零 at 2008年06月17日 13:41
>>ひろzさん

>なので、どーせ安売りするなら田中氏をとっとと公認作家にして、版権タダで描かせてあげてください。
いやむしろするべき(笑)。

まったくです!というか普段版権料とか迷惑料とか支払わされているのでしょうかね…?
いや、とても数字化出来るものでないような気がして…
計算式の中で、「田中圭一係数」とか独自にありそうな…

田中先生の「動物学的(特に生殖行動)に正しいジャングル大帝やトリトン」とか是非読みたい、というよりも容易に目に浮かびますが…
Posted by 大道寺零 at 2008年06月17日 13:44
今日この映画見てきました。
ぜんぜん原作を知らなかった青二才です。
楽しめました。

アクションシーンなんかはさすがに、「これ原作と相当変えてるやろー」って感じました。しかし、同性愛要素が入っていたとは微塵も思いませんでした。

殺人の方はそれなりにエグイ事もやっていて、玉木ファンの女性を呼び寄せ興行に乗せるぎりぎりのラインだったと思われます。

映画では、賀来が結城に、完全には従属していませんでした。ストーリーとしては自然だったものの、原作と変わってしまった点の一つなのかもしれません。
原作ではどういう結末だったのか、気になります。
Posted by μ at 2009年01月14日 00:23
>>μ さん

はじめまして、コメントありがとうございます。
あっという間にもう封切なっていたんですね。実際に見た方に感想をいただけて参考になりました。
同性愛要素はやはり発表通り完全オミットだったようですね。

>原作ではどういう結末だったのか、気になります。

もし機会がありましたら、ぜひ一度原作を手に取られてみてはいかがでしょうか。映画ではキャラクターイメージも(特に賀来)相当違うようなので、別物として、またさまざまな点を比較しながら楽しむことができるかと思います。

映画のほうは「MWにインスパイアされて(?)製作した別物」と割り切って見るのが適切なようですね。
将来、TV等で放映された時には相違点等を確認しつつ見てみようと思います。
Posted by 大道寺零 at 2009年01月15日 17:18
試写会に行ってきました。原作は読んでいませんがストーリーは知っていたので、何処まで映画化されるのか(出来るのか)と思いましたが、全く期待外れのアクション映画?ハッキリ言って面白くないです。
家のテレビで見る程度でいいかと。
一番印象に残ってるのは、石橋凌が走りまくってスゴイ体力だなぁと思った事です。
あまりにも映画がつまらなかったので、絶対原作を読んで楽しみたいです。
Posted by ave at 2009年06月13日 23:00
>>aveさん

コメントありがとうございます。試写始まったのですね。
そしてご感想によれば、当初懸念された通りの「単なるアクション映画」だったとのこと。参考になりました。
石橋凌も出てるんですね。ミュージシャンだった頃の彼が好きで、遠くまで来たなあと思うことしばしばです。

かなり癖のある作品ですが、原作漫画はやはりお勧めです。機会がありましたら是非どうぞ。
Posted by 大道寺零 at 2009年06月14日 00:03
大道寺さんこんにちは!
やっぱり評判よくないですか「MW」…(ToT)
同性愛抜きでも面白くつくれる可能性はある、と思ってたんですけど。やっぱり黒手塚は黒く描いてくれないと、人間の業を描けないですよね。賀来が結城にどうしようもなく惹かれてしまう、「悪の魅力」をうまく描写できるかが、この作品の肝だと思うんですけど。
「どろろ」の時も「映像化不可能と言われた…」って宣伝文句だったけど、不可能を可能にする為に、一部と言っても、全体の根幹をなす大事な一部である場合もあるわけで、それを引っこ抜いて全体がグダグダになった作品を無理矢理捻り出すことに意義はあるのやら?
私が監督だったら、ホモ抜きでMWつくれ!なんて言われたら、それじゃMWの世界が成り立ちません!下ろさせてもらいます!と逃げちゃいますよ。
ウ〜ンどうも手塚作品は映像化が難しいし、無理に映像化すると、何じゃこりゃぁぁになる率高いですね!
…と言いながら、公開になったら見に行くんでしょうなあ。手塚作品じゃ客が呼べないなんて言われるのヤなので。惚れた弱みです。
昔のジュリーや加藤雅也、確かにハマりそうですね。ふと「太陽を盗んだ男」を思い出したんですけど、あのアブナイ雰囲気も似てるし、あの時のジュリーは確かにイッちゃってましたね。

ところで、このエントリ、私のパソコンには表示されないんですけど…?何故か最新のコメントの欄のみ「MW」映画化、とあったのでお邪魔しました。あと、小さいことですが μさんのコメントとその下の大道寺さんのコメント、1月って表示されるのはうちのパソコンだけなんでしょうか。そろそろ修理に出さないとダメかなあ…
Posted by トミー at 2009年06月15日 01:41
>>トミーさん

私は実際に見ていないので何とも評価できないわけですが、

>「どろろ」の時も「映像化不可能と言われた…」って宣伝文句だったけど、不可能を可能にする為に、一部と言っても、全体の根幹をなす大事な一部である場合もあるわけで、それを引っこ抜いて全体がグダグダになった作品を無理矢理捻り出すことに意義はあるのやら?

というご意見には全面的に同意です。
MWは映像を作ること自体の難度は低い(現代ものですし、ファンタジーやSF物に比べれば)のですが、その分モラル的な部分が立ちはだかるわけで、そこを抱えて咀嚼する覚悟がなければやはり生半可に料理してほしくないな、というのが偽らざる気持ちなわけです。
ジュリーや加藤雅也説にも賛同いただけて嬉しいです。

ところで

>このエントリ、私のパソコンには表示されないんですけど…?

ということですが、コメントいただけたということはエントリ自体は表示できているわけで、サイドメニューの「新着記事」リストに表示されていない、ということでしょうか?

でしたら、この記事は昨年の6月に書いた古いものですので、新着記事(最新10個を表示)リストには表示されません。
「μ」さんの記事とそれに対する私のレスポンスは今年1月になされたもので、タイムスタンプが1月として表示されるのは正常です。
Posted by 大道寺零 at 2009年06月15日 16:56
すすすすみません!!!
仰る通りです。1年間違えて、勘違いしてました。今年の6月12日に書かれた、最近の記事なのに何故左の最新記事に出てこないのかな?とか…μさんの前まではちゃんと最近の日付なのに、何故1月に急に戻っちゃったんだろう?と首を傾げていた訳で。
全て私の勘違いでした。お騒がせして本当に申し訳ありませんでした。もーっ本当にお恥ずかしい…
Posted by トミー at 2009年06月15日 23:21
>>トミーさん

いえいえ、確かに間違えても仕方ないタイムスタンプでしたからお気になさらずー。
たまにseesaaのほうの不調でコメント表示がおかしくなったりすることがあるので、そういうトラブルでないなら何よりでした♪
Posted by 大道寺零 at 2009年06月17日 22:40
いまさらですが、コメントさせてください。記事自体はMWの魅力と、今回の映画化のイケて無さ加減を的確に表現なさっていて、大変すばらしいと思いました。まったく同感です。なにも言うことはありません。なので、ちょっとキャストに関してだけ書きますね。美知夫役にはむしろ女優さんではどうかと感じています。男性俳優さんの女装はイロモノ化するリスクがありますが、女優さんの男装はMW全体に流れる美しさを損なわない感じがするものですから。駄文失礼いたしました。では。
Posted by el at 2009年07月08日 20:20
>>elさん

こんにちは、コメントありがとうございます。

>男性俳優さんの女装はイロモノ化するリスクがありますが、女優さんの男装はMW全体に流れる美しさを損なわない感じがするものですから。

なるほど…それもなんだか2重3重に倒錯していて面白いかもしれませんね。
美知夫の美と悪の魅力はどこまでも読み手のイマジネーションを刺激してやまないということなのでしょうね。
男装の場合、セミヌードが難しくなってしまうという欠点は伴いますが、興味深い発想だと思います。
Posted by 大道寺零 at 2009年07月08日 22:13
先日映画見ました。私のブログで感想を書いてますが、原作を読んでない私にとってはまあまあ楽しめる作品ではありました。
石橋凌の存在はルパンに対する銭型のような感じで、エンタメを只のエンタメに終わらせないための存在になっていたように感じており、改編なりに軸を通そうとした結果なのかな?と、好意的に解釈しております。

この数年で映画がふたたびビジネスになったのは良いのですが、その代償に「マイノリティでも良いじゃない」という開き直りができなくなっているように思います。
漫画もアニメもそうですが。

作り手が、経済的にも成り立つのは悪いことではないんですがね。
Posted by 水天堂 at 2009年07月18日 00:51
>>水天堂さん

沢木刑事は映画のオリジナルキャラですね。おそらく原作で結城に鋭く着眼した「目黒検事」というキャラクターと、別の刑事をミックスさせて作ったのだと思います。その存在をクローズアップして扱っていたのですね。
それはそれでおっしゃる通りに軸が出来てよかったのではないかと思います。
ちょっと映画の感想を眺めた感じでも、石橋凌を称賛する声がとても多いですね。

>この数年で映画がふたたびビジネスになったのは良いのですが、その代償に「マイノリティでも良いじゃない」という開き直りができなくなっているように思います。
漫画もアニメもそうですが。

同感です。
また、映像方面でリスクを避けるためなのかどうか、オリジナル企画が減ってマンガやアニメのドラマ化企画等が目立ち始めると、「これだけはそっとしておいてくれ」とか、「こんなコアな作品に目をつけたのはいいんだけど、どうせめちゃくちゃに改変するんでしょ…」と思わされることも増えましたなー。なんというか。


Posted by 大道寺零 at 2009年07月19日 16:43
今更ですが、見つけたのでコメントさせてください。
映画、面白かったですよ。数回観に行きました。
映画→原作→ノベライズと進めたので、全てを楽しめる結果となったようです。
同性愛表現ですが、監督や主演2人が語っているように、微妙な感じで出ていました。
よーっく見る&数回見ないとわかりにくいかもしれませんが。
正直、映画だけでは完結とはいえず、ノベライズで脳内補完をしながら見なければ本質に迫れないという点では満足とは言えませんが、細かい設定のアラやリアリティの無さは原作も同様ですし。
「結城の妖しい魅力」「賀来の苦悩」という点では合格点かなと思っています。
Posted by みぃ at 2009年09月11日 23:11
こんな映画では、日本はまだまだ同性愛差別が根強いんだなという感想しか出ない、色んな意味で失望感しか無い映画でした。
Posted by k at 2014年06月03日 21:47
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