「したつづみ」って、そんなに発音しづらいとは個人的に思わないのだが…
なお、IMEにおいては「したづつみ」では変換できない。
国語表記事典(角川書店)にも誤りと明記してある。
なお、「腹鼓・舌鼓」の場合、本来は「はらつづみ・したつづみ」である。こんな時にはやはりことばおじさんのお話が一番分かりやすい。
[ハラズツミ・シタズツミ]にもなるが、誤りである。
(「鼓」の項)
この「舌づつみ」との言い方は、実は江戸時代始め頃から使われていたそうです。「舌・つ・づ・み」だと発音しづらく、逆転したのではないかと思われ、これを【音位転倒】と言います。
(気になることば)
例えば、「した」+「こころ」→「したごころ」のように、別の語と複合することによって頭音が濁ったと考える場合には、本来であれば
「したづづみ」と、「ヅ」が2つ重なる形になり、これではいかにも発音しづらいために一つ濁音が消えて、「したづつみ」になったのではないかという考え方もあるらしい。
というわけで、「したづつみ」はかなり定着した誤用で、本来は「したつづみ」が正しいということになる。
もとより「したづつみ」に違和感を抱いており、今後は確信して「したつづみ」と発音するのに何の支障もないことが確認できたので、たぶんこれからは意識的にそうすると思う。
その上でちょっと余談として考えてみたいことがある。
「したつづみが正しい」というのは、「鼓」を「つづみ」と読むという大前提を基にしている。
事実、日本国語大辞典にも「鼓」の読み方は「つづみ」一種類しかない。
また、IMEの一般モード・人名地名モード両方においても、「つつみ」の変換候補に「鼓」は上がってこない。
しかし実際には、地名や名字・その他固有名詞として「鼓」を「ツツミ」と読む例もいくつか存在している。
(例:鼓峠[ツツミとうげ]・鼓川[ツツミがわ])
これらの中には、「堤」などと混同されて定着されたものもあるかもしれない。しかし実際には古典や雅楽文献の中でも「つつみ」と表示されている場合もある。
古典の中で見てみると、「つづみ」が登場した最古の用例は古事記の中の歌とされている。
・「古事記」
この御酒(みき) 醸(か)みけむ人は その都豆美(つずみ) 臼にたてて 歌いつつ 醸みけれかも 舞ひつつ 醸みけれかも この御酒の 御酒の あやにうた楽し ささ
[訳]
このお酒を造った方は、太鼓を鳴らして歌いながら作ったのだろうか、踊りながら作ったのだろうか。とにかくこのお酒を飲むととても楽しい気分になってしまう。
(醸む=「かむ」と読む。古代の日本では噛み酒(穀物を一度噛んで、唾液の中の酵素を利用して発酵させる原始的な酒造法)が行われていたことが伺える歌。)
なお、この時代の「ツヅミ」は、打楽器一般を広く指す言葉とされており、特に大きさ・材質・形状を特定しているものではない。
語源説はさまざまにあり、
1:打楽器が鳴る音を模した
・デデムという音から
・トドンという音から
2:唐の国の鼓=「都曇(トドム)」から
3:梵語で打楽器を指す「ドゥンドゥビ」から
4:皮で両端を包むから「ツツミ」→「ツヅミ」
5:鳴り物を表す「トモ」の畳頭語「トトモ」から
などなど。
また、古い文の中でも
・太平記
鼓(ツツミ)を打て進むべき時は進み
などとあり、必ずしも濁音表記されたものばかりではない(というか日本のかな表記自体、濁音記号を付けないことも多い)。
もう一つ、タンポポの別名を「鼓草」というのだが、これもまた「つつみ草」と濁らずに表記・発音されることが多いようだ。
特に俳句(春の季語でもある)で用いられる場合には、
林にはなくてかなはじつつみくさ 定宣
(玉海集)
のように、清音での扱いが目立つ。
つまり、「鼓=ツヅミ」という読みが実際には絶対的ではないことがあるわけで、特に身の回りの地名や姓にそういったものがあって、それになじんで育った場合、「鼓=ツツミ」と認識してしまうことがあっても何らおかしくはない。
その場合、
「シタ+ツツミ→シタヅツミ」
という結合には何ら矛盾が生じない、自然な結合ということになるわけで、「シタヅツミ」の発生は、音位転倒だけではなく、こうした環境・地域的な要因から起こったという考え方もあるのかもしれないと思ったのだった。
ATOK(12)では、「したづつみ」から特に「したつづみの誤り」的なエクスキューズもなく通常動作で変換される。慣用よみとして採用されている模様。
ちなみに、「したずつみ」と入力した場合には、"「したづつみ」の誤り"と説明が表示される。
しかし、舌で鼓を打つと言うのも実際に行っている姿を想像すると、だいぶ行儀の悪い行為に思えます。
イジリー岡田並みのビートで舌鼓を打たれた日には、周囲で食事をしている人もみな引いてしまうことでしょう。
「美味い!」と言って拍手を打つ方がだいぶましですね。
堤=鼓=包みというのはありそうな気がします。
考えてみると堤は川を包むものであり、包むと言う点で共通しているわけですし。
『したつづみ』でも『したづつみ』でも『舌鼓』と変換されました。
まさかと思い手持ちの携帯(DoCoMo N903i)でもやってみたら同様の結果でした。
さてどうしたものか。
過分のお褒めをいただきありがとうございます。
>舌で鼓を打つと言うのも実際に行っている姿を想像すると、だいぶ行儀の悪い行為に思えます。
このレスを拝見して、子供のころはたまに舌鼓を打ってリズムを刻んで遊んでいたのを思い出してやってみたんですが、何十年もやっていないとこれがなかなかうまく出来なくなっていてちょっとびっくりしました。
確かに実際に「美味しい!」と言って舌鼓を「タッポン!」と打つ人の姿は見たことないですよね〜。(国語大辞典によれば、不満を表す「チッ」という舌打ちも舌鼓といったそうです)膝を打つほうがまだしもでしょうか。美味さのあまりに口から光を吐くには一人心当たりがあるのですが…
>堤=鼓=包みというのはありそうな気がします。
考えてみると堤は川を包むものであり、包むと言う点で共通しているわけですし。
実際、「堤」の語源として「包み」が挙げられているようです(他には「積み」「土積み」からという説もあります)ね。また、本来は川の側で堤が実在したからその地名がついていたけれども、長年を経て川の流域が変化したために近くに川がなくなり、いつしか「堤」が「鼓」に変化したなんていうこともありそうです。
>>橘みづきさん
>先程IME2007で変換してみましたが…
『したつづみ』でも『したづつみ』でも『舌鼓』と変換されました。
私が記事を書いているときにはIME2007officeを使っていたんですが、IME2003に切り替えてみたらば「したづつみ」で変換されました。本家のIMEのほうはある程度のゆれに対応しているようですね。
>さてどうしたものか。
いやそんなお悩みにならずとも…お好みの読みを入れて変換なさればよろしいと思いまする…