2008年10月16日

生きづらい人々日記

結婚制度の問題点訴え、デモ 京で「反婚」掲げ50人参加(京都新聞)

 結婚という制度の問題点を考えてもらおうと、「反婚」を掲げたデモが13日、京都市内で行われた。1人で子育てをする女性や、性差別の問題に取り組む人ら約50人がウェディングドレス姿や男装で参加し、「婚姻制度には差別がいっぱい」などと訴えた。

 企画した「陽のあたる毛の会」の桐田史恵さん(30)は10代で出産し、1人で子育てした。養育を通じてさまざまな問題に突き当たり、結婚制度についての勉強会を左京区で始めた。

 桐田さんは「子守りをしてくれる人を探しても家族制度が壁になったし、友達に結婚しない生き方を理解してもらえない。『反婚』という言葉を作って呼びかけると、結婚という慣習に違和感や疎外感を感じている人がたくさんいた」と話している。
 デモは左京区の平安神宮から、下京区の四条河原町を経て東山区の円山公園前まで歩きながら、「異性にずっと養われるってどういうこと?」「結婚がおめでとうの社会は、非婚の人が生きづらい」などと呼びかけた。


なんかこう…わざわざウェディング姿で参加するのも意味不明だし、印象も悪けりゃ頭も悪いなあという感想しか持てなかった。
タイトルを見て、「バレンタイン粉砕」みたいなギャグ企画かと思いきやまるっきりマジで、遊び心もないんだもんなあ。

結婚する当人というのは、以下に淡々としてても大なり小なり浮かれてる(完全な政略結婚とか、計画的デキ婚にはめられた男性とかは除くとして)ものだから、そりゃ「おめでとう」と言ってやるのが礼儀だしお互い気分も良かろうよ。相手が調子に乗って「あなたはまだなの?」「早くしろよーw」とか言いださない限りは。
友人や同僚が結婚すると聞いて、スッと祝いの言葉一つ言うのに躊躇しなければいけない社会の方がよっぽど生きづらいと思うが。
というか、この参加者たちの周りの人たちは時にそういうシーンに直面させられることがままあるのだろうな…めんどくさいだろうな…

要するに「マイノリティや制度の枠にはまらない生き方を選ぶ人の信条や生き方について、ポジティブに考えて今のあり方を議論しましょう」ということを言いたいのだろうけど、それをこんなネガティブな言葉で押し出されても説得力がないわけで。


この会のサイト(ブログ)を見ると、本当に面倒くさい屁理屈ばかりで辟易してくる。Q&Aの一部より。

Q10
 幸せを感じている人を「おめでとう」と祝福するのは良いことなのではないでしょうか?結婚式に出ることや「結婚おめでとう!」と声をかけることもいけないと考えますか?


お返事
 友人が幸せな気持ちでいることを喜ばしく思い、祝福の気持ちを持つことは、私にもよくわかります。けれど、結婚式や披露宴への招待を受けたり、誰かの結婚を聞いて人びとが「おめでとう」と声をかける場面。私には、ただ祝福の気持ちを持てない、楽しめないといった気持ちが生じています。
 友人の幸せな気持ちを祝福する。本来これは「結婚であるから」に限ったものではありません。「結婚」は説明なしに「おめでとう」がついてくる言葉となっています。「結婚だから、おめでとう」なのか、「その人にとって特別で幸せな意味を持つ場面だから、おめでとう」なのか。その人自身に気持ちを寄せて考えてみる隙もなく、「おめでとう」。
 結婚式の場や、結婚の報告をする人の前で「反婚」の意思など口に出すのは困難です。「結婚」は決して否定されない絶対的な幸せとして、そこにあります。「結婚おめでとう」は当然持っているはずの気持ち。結婚式への欠席や「結婚おめでとう」を伝えないことは、薄情であるように見られたり、結婚する当人へ良くない思いを持っていると受け取られたり…。その人自身の幸せな気持ちを祝福したいと思ったとしても、「結婚という社会的力」や婚姻制度を利用することには異議がある。そうした気持ちでいる人の存在を、結婚の場が許しません。このような場に身をおくのはつらいことです。「結婚」が、思想信条の自由を虐げる状況を作り出している、という事実を知ってください。
 私にとって特別な意味を持つ言葉があります。それは「アパート」という言葉です。これは、同じ思い出や希望、思いを共有する者同士にしかわからないものですが、わかる者には特別な意味を持ち、幸せの象徴として刻まれています。「アパート的な生活」「アパート写真」「4月30日はアパート記念日」私がこの思い入れを熱心に説明したならば「アパートおめでとう!」という声がとぶかもしれません。その人それぞれの幸せな気持ちを喜ぶのに「結婚」という共通語はなくてもいいのです。
 「結婚」という言葉には、これまで長い間、個人の生き方を虐げてきた歴史があります。また現在も、男女差別、「非婚者」「同性愛者」「シングルマザー」などへの差別を内包した言葉として存在してもいます。「結婚」の存在により差別を受ける人やそうした差別に目を向けた人には、「結婚」という言葉は負の意味を抱かざるを得ないものです。「自身にとって特別な場に立ち会ってほしい」「幸せな気持ちを一緒に喜んでほしい」そうした思いに応えたい。しかし、「結婚」という言葉は誰もが苦しまずに「おめでとう」と思えるような言葉ではない。この事実に目を向けてください。
 関係を表すには、どんな言葉を使ったっていい。何もそれを「結婚」で表さなくても、あなた自身の表現はきっと出てくるはずです。その場に立会い、幸せを一緒に喜んでほしいと望むなら、そのためには「結婚」という言葉を使ってはいけない。一緒に、「結婚という慣習」や「婚姻制度」の問題点に目を向けてほしい、と願います。


うへえ、職場とかコミュニティに一人こういう人がいたら心底めんどくさいだろなあ…
誰かが結婚することになったらこの手の人はこんな風に言うのだろう。
「結婚するんですってね、あなたは楽しそうにしているし、"よかったね"と言わせてもらうわ。あなたがこれから沢山祝福される結婚という制度で、あなたは今後多くの優遇を受け、徳をすることになるでしょう。でもね、その裏には多くの結婚したくても条件にかなわずできない人(同姓婚とか)、結婚していないというだけで損をしたり冷遇されている人がいるということを知ってほしい。そして、そういう世の中のままでいいのかよく考えてほしいの。」

書きながらものすごくゲンナリしてまいりました。
もし何かの間違いでこの手の人にスピーチを頼んだ日には、「重ね重ね」「切れる」とかの忌み言葉満載の祝辞だか呪詛だかわからん話を連ねた挙句に長時間演説をぶちあげるのだろう。
そしてそれ以前に「私は結婚を単純に祝うわけにはいかない」とか言ってご祝儀包んでこなさそう。

世の中何もかも公平になど行かない(公平なものを探す方がよっぽど難しい)のであって、この伝でいけばすべての祝い事は「それができなかった人が生きづらい」ということになって何もできなくなる(実際そういう難癖がまかり通ってしまう状況もあるが。例えば中学校の卒業式を、「受かった子落ちた子の明暗がくっきりするのは可哀想」という理由で公立高校合格発表前にずらすなど)。
私は子宝に恵まれない身なので、身近で出産祝いがあるとやっぱりちょっと複雑な気持ちとか焦りは混じってくる。同じ既婚女性でも、子供のいる家庭はずいぶん優遇されていると思うし、きつい差別や無神経な言葉を投げられることもある。比較すれば生きづらい世の中だろうけど、それでも、「妊娠出産を"おめでた"と呼べない社会」はダメだろと思うぞ。

あとは「子守りをしてくれる人を探しても家族制度が壁になった」という部分が具体的に良く分からん。保育所への入所は、シングルマザーはかなり優先的に扱われるし、保育料の面でも相当優遇されている。
「個人的になかなか引き受けてもらえない」のは、社会の変化や託児のビジネス化に伴うものだし、あとは本人の実家や親戚への折り合いの問題じゃないの?と思う。

また、同性愛者などのマイノリティの問題はそれとして切り離して活動した方が、少なくともこんなわけのわからん連中に関わるよりはよっぽど印象が良くなるんじゃあるまいか。

個人的には、なんだかんだ言って手厚い母子家庭に比べて明らかに補助が手薄な父子家庭に、もっと援助を行うべきだと思うなあ。

この人、10代で出産して離婚して今30歳ならば、子供は少なくとも11歳にはなっているだろう。
これから多感な時期(もっと言えばいじめ等もきつくなったり、人目を気にせざるを得ない時期)に入るという時に、よりによってこんな頭悪そうなデモを主催するカーチャンですかぁ…大変だなあ。一番「生きづらい」人間になりかねないのではないだろうか。まあ、すでに子供も洗脳済みかもしれんけど…
posted by 大道寺零(管理人) at 00:34 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
わたしも独身ですけど、ゲンナリする元記事ですね。
結婚制度そのものには、多少の問題はあると思いますよ、例えば専業主婦の年金問題とか、どんなに憲法で個人の意志で行うべきだと保証されていても家意識に取り込まれて女性が苦労しがちだったりとか。そういう話かと思ったら違ったのでビックリw

結婚できない女、とか、少子化問題の敵、とか、そういう言い方をされてむかついたことは多々ありますけど、わたしは結婚式(披露宴)には普通に呼ばれて普通にお祝いしたい。子供が嫌いなので子供の相手はしないけど、子供を産んで喜んでいる友人にはおめでとうの一つも言いたい。
わたしの現状(独身中年女)を肯定的にとらえてもらいたいのと同様に、既婚女性・子育て中の女性の現状は肯定したいと思います。
この人達は、自分たちを肯定しろ(否定的に扱うな)という気持ちが、相手の否定につながるんですね。変なの。
Posted by Felice at 2008年10月16日 05:47
この人達は戸籍制度反対運動のおばさん達と繋がってるような気がして仕方ありません。

てか、会の名前(「陽のあたる毛の会」)の由来を知りたいですw
Posted by じゅま at 2008年10月16日 15:26
…何と言うか。
自分もめっちゃげんなりさせられましたがorz
否定的な意見もここまで来ると正直どうかと。

まぁかく言う自分も『一生恋愛・結婚しない』と決めてるので人のことは言えないかもしれませんが、他人の結婚を祝福するくらいはしますよ、ええ。

こういうkittyの所為で非婚主義の人が変な目で見られるんですよね…

まぁ自分の場合、仮に恋愛・結婚することになったら相手の尻に敷かれるか反動でDVに走るかのどっちかしか想像できませんorz

俺には恋愛も結婚も無理!以上!
Posted by 橘みづき at 2008年10月16日 20:38
>>Feliceさん

私も、ネタ系でなければ現在の法制度にもっと柔軟性を!という趣旨かと思ったら、もっとわやくちゃだったので驚きました。(もっともそういう趣旨だったらあまり新味もないのでマスコミもネタにしてくれないかもしれないですが)
しかも、慶事に対して祝いを言うのは法制や社会制度に関係しない個人の行動や信条であって、それを「限定的なものにしろ」とまで言い出すからもう話がおかしくなってきますね。

>この人達は、自分たちを肯定しろ(否定的に扱うな)という気持ちが、相手の否定につながるんですね。変なの。

それに尽きると思います。テーマが何事であれ、そういうやり方では理解や共感を得るのは難しく、逆効果の方が多いですよね。
あまりにも何もかもの問題を一緒くたにし過ぎという以前に、とにかく言葉の選択のセンスがなさすぎると思いました。サイトを見ても感じましたが、基本的に文章下手なんですな、この代表の人。
「一緒にされたくねえ…」と一番迷惑&引いているのは、一般の独身の方だろうなーと思いました。

>>じゅまさん

>この人達は戸籍制度反対運動のおばさん達と繋がってるような気がして仕方ありません。

論法が似ているので私も真っ先に感じました。で、案の定、サイトを見ると、しっかり300日条項とか無戸籍の件も入ってましたし、同じ穴であることはまず間違いなさそうですな。
「自分たちが不便だから制度が間違っている!制度潰せ!国民はその制度に否定的になれ!」という方向性も良く似ています。

>てか、会の名前(「陽のあたる毛の会」)の由来を知りたいですw

多分、このデモの主催者が書いた↓の記事が由来じゃないか?と目されてるようです。

http://blog.goo.ne.jp/tekutekudesu/e/0d131aadf0025a4b997f2fc61adad08b

私も何度となく「最初に脇毛脛毛処理した女(あるいは処理させた人間)のせいで、今に至るまでみんな苦労しなきゃならん!許せん!」と思う口ですが、さすがに母ちゃんの脇毛のせいで子供がいじめられてまでフサフサにしようとは思わない…です……

>>みづきさん

うむ。いつも主張が揺るがないみづきさんをゲンナリさせるなら連中のアレっぷりも本物ですな。

こういう主張でウェディングドレスを着るというのも良く分からんと思いました。朝鮮の人のように焼くとか、ペンキぶっかける方向の方が、この場合よっぽど納得できるような。
Posted by 大道寺零 at 2008年10月17日 14:38
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