2008年10月18日

「モンテ・クリスト伯」感想(その5)〜テレグラフって何だ?一般書籍

もう既に感想でもなんでもなくなっていて、それ以前に流石に誰も読んでくれなくなってるだろうとは思いつつ、まだ続きます。
いやその…調べれば調べるほど、細かいことと当時の現実や実在の創作物がリンクしているのが面白くて…(言い訳)

「モンテ・クリスト伯」の面白さの一つに、「情報戦」という要素がある。伯爵の復讐の中で、彼はこの情報を巧みに操作する場面が登場するのだが、それが可能なのも、当時すでに通信網が整備されていた背景あってのことである。
作中に何度か登場する通信網こそ「テレグラフ」だ。
しかしこのテレグラフ、作中で何度か登場するにもかかわらず、今一つどういうものなのかピンと来ない。
名前だけ聞くとなんだかファックスみたいなものを想像してしまうのだが、設定では伯爵がパリの社交界に現れるのが1838年。
まだモールス信号(1840年にモールスが特許取得)も電話(1876年にグラハム・ベルが特許取得)も登場していない時期なのだから、そんなテクノロジーは存在していない。
後の方に登場するエピソードを見てようやく、「一定の距離ごとに信号塔があって、その中に人が常駐して、ものすごく大規模な暗号伝言ゲームをやってるようなシステム」だということは理解したのだが、どうもイメージが具体的にならない。そもそも、日本でそんな通信システム使われてたっけ?

で、調べてみると、テレグラフとはすなわち、「腕木通信」という通信システムだった。

wanboku2.jpg腕木通信は、1793年、フランスの発明家、クロード・シャップによって発明されたもの。
原理的には手旗信号と非常に似ており、一定間隔ごとに有人の通信機塔を並べ、その屋根に建てた可動式の3本の大きな棒の形で通信内容を表す。
その次のポジションにいる通信塔の中の人は、望遠鏡で棒の形を読み取り、棒を操作して(3本の棒は、ロープや滑車を用いて塔の中から操作できる)そっくり同じ形に整える。
さらにその次の通信塔でも望遠鏡で見て同じ形を…というように、伝言ゲームのごとく次々と情報を送って行く。
これ以上なくシンプル、あるいは原初的に感じる完全人力システムながら、なんと550km(だいたい新幹線で東京-大阪の距離)の区点間の通信を8分で完了させたという。19世紀初頭の話と考えるとまさに驚きの高速通信である。人海戦術おそるべし。

作中で伯爵が訪れた「信号機」とはつまり、この腕木通信用信号塔のことだった。

wanboku.jpg左図は、その信号塔の内部の様子。クリック拡大して屋根の上の通信棒と塔内のハンドルの形を見くらべると、両者が全く同じ形になるように工夫されているのが確認できる。手元で形を調整すれば、(調整のためのロープが壊れていなければ)わざわざ外に出て正しい形が作れたか確認する必要はないというわけだ。


速度だけでなく、その通信エリアも広かった。

「腕木通信 ナポレオンが見たインターネットの夜明け」の著者である中野明氏のサイト(今回のエントリはこちらのサイトを大いに参考にさせていただいた)の説明
3. 腕木通信ネットワークの全貌 | pcatwork - Akira Nakano's Web Site | Akira Nakano
によれば、北はアムステルダム、西はヴェニスに至るまで、網の目のように配備されているのが分かる。1850年代頃には延べ5800kmにも及んだという。また各国でも普及が進み、ひっくるめて14000kmにも達したらしい(その中での割合を考えると、やはりフランスでの整備は段違いといったところだろうか)

このシステムにいち早く目をつけてサクッと普及させた立役者はナポレオンだった。帝政時代に、2000kmの通信網を設置したという。ナポレオンは国内産業や技術革新を積極的にサポートしたのだが、これもまたその一つだったのだろう。
彼はテレグラフを大いに利用し、各地の情報を素早く入手してその戦略に大いに役立てた、のだそうな。
その先見の明は流石といったところだが、エルバ島に流されてから再起してパリを目指した際(つまりエドモンの不運の原因となった蜂起)には、逆にその動静を逐一報告されてしまい、一応百日天下は取れたものの、思うような成果をあげられなかったとも言われている。皮肉と言おうか痛し痒しと言おうか、ともあれ情報や利便性は誰にとっても公平といったところだろうか。

システムの要、「腕木」は一見超シンプルに見えるのだがじつはこれまた見かけによらぬデータ量を伝えることができたという。
腕木の具体的な符号化の法則については、↓のページが詳しく、分かりやすい。
ホーンブロワー:腕木信号 符号化のルール

(1799年以降には)符号対応表は「全92ページ・各92行」(!)となった。
最初の符号がページ数を、次が行数を表すこととし、
用意された8,464種類(=92×92)もの情報のうち、どれでも、二度 腕木の形状を変えるだけで伝達することが可能となった。


腕木が伝えるのは生のアルファベットではなく、あらかじめ意味を対応させられた「符号」なのだ。
つまり信号自体はエンコードされており、最終地点でそれを表に従って解読(デコード)するというわけで、これもまた現代のネットワーク内通信のシステムと根本的には共通している。

とはいえ何しろ人間のやることだからヒューマンエラーやミスもある。それに対するチェックシステムもまた整備されていたようだ。
(参考:ホーンブロワー 腕木信号 手順とエラー対策


作中でテレグラフが大きくクローズアップされる主な場面は2つある。

1つはエドモンが逮捕された直後、ナポレオンのエルバ島脱出の報がパリに入るシーン。
テレグラフの第一の存在意義は、「遠隔地の事件や情勢などを素早く伝えること」である。

エドモンの尋問により、ヴィルフォールはナポレオンの蜂起の動きがあるという確かな情報を手に入れた。この情報を誰よりも早く国王ルイ18世に報告すれば、大出世の手柄を得るこの上ないチャンスである。
最初は上役・ブラカス氏を通じてその概要を届けるのだが、王は詩作に耽るばかりで耳を貸そうとしない。
というのも、テレグラフを通じて警視総監が出した報告では、
「ナポレオンはエルバ島でノホホンと暇を持て余しており、反逆の気配なし」
「ナポレオンは王への恭順を示した」
と伝えられており、よもや蜂起などするまいと安心しきっていたからだった。

(王)
「総監、それよりもっと新らしい報告はなかったのかね。何しろこれは二月二十日付のもので、今日は三月三日だから!」
(警視総監)
「ございません。実は一刻一刻と、新らしい報告のくるのをまっていたのでございます。わたくしは今朝から出ております。たぶん留守のうちに着いていることと思います。」

(1巻168ページ)


(ブラカス)
「ところで、わたくしの使いの者は、いまお話の鹿のようなのでございまして。彼は、駅馬車に乗って二百里の路をやってまいりました。しかもそれをわずか三日でまいりました。」
(王)
「それは、求めて疲れたり心配したりしたようなものだな。いまは、三四時間でことの通じるテレグラフというものがあって、少しも息をはずませたりしないですむのだからな。」

(1巻170ページ)


とまあ、王と警視総監がテレグラフの速報性を過信しまくっていることがよく分かるやり取りが見られる。(それにしてもこの辺りの王の徹底的なアホっぷりがまた分かりやすくて面白い)
「テレグラフ報告でそんなこと入ってきてないしー」と気の進まない王に、なんとか直接謁見してナポレオン蜂起の情報を伝えるヴィルフォール。「ただの陰謀の噂だろう」とまともに取り合わない王だが、そこに今朝の分のテレグラフ通信を取りに行った警視総監が血相を変えて走り込んで来て、「ナポレオン上陸」の報を告げるのだった。
ここにいたってようやく、王はヴィルフォールの報告が正しかったことに気付く。

「おお!陛下!なんという恐ろしいことでございましょう!わたsくしはなんというみじめな男でございましょう!とりかえしがつかないのでございます!」
「総監。」と、ルイ十八世は言った。「命令する。話したまえ。」
「陛下、申しあげます。ボナパルトは二月二十八日にエルバ島を抜け出して、三月一日に上陸いたしました。」
「どこへ?」と、王は気色ばんでたずねた。
「フランスでございます。アンティブ付近、ジュアン湾の小さな港でございます。」
「ボナパルトがフランスに来て、アンティブ附近、ジュアン湾、パリから二百五十里の地点にこの三月一日に上陸した!その知らせを、君はようやく今日、三月三日に受け取ったといわれるのか!……君、そんなことは有りえない。報告が違っているのだろう。でなければ、君自身気が違ってでもいるのじゃないか。」
「不幸にして陛下、ほんとのことなのでございます!」

(1巻177〜178ページ)


この後、急に手のひらを返して警視総監に冷たく当たるルイ18世。

「やれやれ、」とルイ十八世はつぶやいた。「やつめ、ちゃんとそれを知り抜いていたのだ。そして、やつには、いったいどれくらいの同勢がいるのだ?」
「陛下、わかっておりません。」と、総監が言った。
「なに、わからない?こうした事情を、君は取り調べるのを忘れたのか?なるほどな、どうせ大したことではなかったからな。」王は、辛辣な微笑を浮かべながらそうつけ加えた。
「陛下、調べようがなかったのでございます。公文には、ただ彼が上陸した報知、彼が取った路筋だけしか書いてなかったのでございます。」
「だが、その公文は、どういうふうにして君の手元にとどいたのだね?」と、王がたずねた。
総監は頭をさげた。そして、額の上には、鮮やかに赤面の色が拡がった。「テレグラフによったのでございます。」と、彼は口の中で答えた。


王の眼前で展開したこの大手柄は、後にヴィルフォール大出世の重要な足掛かりとなった。
「最新技術の便利さを過信するあまりに失敗(しかけた)」というこのシーン、現代の小説ならありふれたシークエンスかもしれないが、19世紀にそれをサラッと書いちゃったデュマはやっぱり凄いもんだと思う。


もう一つのシーンは、モンテ・クリスト伯パリ登場後(1838年)のことになる。

テレグラフで得た情報は、政治や軍事・経済を司る政府のみならず、投資家たちにとっても重要なものだった。内外の政治情勢が、株や投資事業、公債や為替の相場にダイレクトに影響するからだ。これまた現代の株式市場とまったく同じである。
ダングラール夫人は、ダンナ以上の大胆な投資を次々に成功させ、ダングラール家の財産構築に大いに貢献していた。それには理由があって、内務省の若きエリートイケメン、リュシアン・ドブレー(彼はアルベールたちの友人でもある)と愛人関係にあり、彼から内務省に入ったテレグラフ速報をいち早く流してもらって対応、他の投資家を出し抜いて有利に相場を勝ち抜いていたのだった。つまりインサイダー取引である。
リュシアンの方も、財産を彼女に託して相場転がしをさせ、大いに元金を増やすという「持ちつ持たれつ」の関係だった。

一方、モンテ・クリスト伯は周到な「仕込み」を行う。ヴィルフォール邸に立ち寄った後、彼は「どうしても見てみたいので信号機に行く」と漏らす。
60章「信号機」、61章「桃をかじる山鼠から園芸家を守る方法」の2つの章では、腕木通信に関する描写が多く、当時の腕木通信システムの実際について知る上で秀逸な資料といえるかもしれない。
とはいえ、その概要をまるで知らないと、今一つ情景が目に浮かびづらいのだが…
今回調べてからもう一度読み返すと、ビジュアルイメージも浮かんでストンと腑に落ちる。

「さよう、信号機です。わたしはときどき、よく晴れた日に、道のはずれ、丘の上、大きなかぶと虫の脚とでもいったような、黒い、折れ畳む腕のそびえているのを見たものでした。そして、いつも胸をおどらせずにはいられませんでした。と申しますのは、わたしは、そうした奇妙な信号が、まちがいなく空中を飛んでいき、机の前に座っているこちらの人のなにかわからぬこれこれの意思を、三百里も離れたところの、おなじくテーブルの前に座っているあちらの人に伝えるため、全能の人の意志によって、黒い雲や、空の青さの上に描かれているところを想像したからのことなのでした。
(中略)
ところが或る日、こうした信号機を動かしているのが、年に千二百フランの給料で働いている男で、その男は、空をながめる天文学者ともちがい、水をながめる釣り人ともちがい、ぼんやり景色をながめている人ともちがい、日がな一日、そこから四五里もへだたったところにある、おなじく白い腹、黒い脚をした通信相手を見つめてすごしている男だということを知ったのでした。するとわたしは、そうした生きたさなぎとでもいったような男を、もっとそばへいって見たい、そして、そうした男が自分の殻のなかからもう一方のさなぎに向かって、何本かの紐をつぎつぎに引っぱることによってお芝居をさせているところを見たい気持ちになったのでした。」

(4巻240〜241ページ)


伯爵のこのセリフの中では、すでに腕木通信塔の外観やその操作法が的確に描き出されている。
伯爵はモンレリーの丘にある信号機に向かい、園芸好きで人のいい信号士と、信号機や腕木通信について色々と語り合う。

「信号機をごらんにおいででしたか?」と、男が言った。
「そうなんです。もし規則で禁じられてさえいなければ。」
「禁じられてはおりません。」と、男が言った。「わたくしたちの言うことは、誰にもわかりはしませんし、わかろうとしてもむだですから、いきおい危険もありませんので。」
「そして、」と伯爵は言った。「あなた方にわからないことがあったら、幾度も信号をくり返すのだということでしたな。」
「そのとおりで。そして、結局そうするのがよろしいので。」と、笑いながら信号手が言った。
「どうしてそうしたほうがいいんでしょう?」
「そうすれば、わたくしに責任がないわけですから。つまりわたし自身が機械であり、それ以上の何でもないということになります。したがってわたくしとしては、動いてさえいればそれ以上責任がないわけですから。」

(4巻250ページ)


上記の部分では、エンコードされた信号の機密性や、通信エラーを防ぐための方法が述べられている。

さて、伯爵が片田舎の通信塔に足を運んだのは他でもない、通信手を買収するためだった。気まじめなこの通信手、最初は当然拒むものの、巨額の金額の提示、そして「今後は好きなだけ、害虫やネズミなどの害獣が出ない土地で園芸に打ち込める」と囁かれてついに陥落する。さすが人たらしの天才・モンテ・クリスト伯の本領がここでも発揮される。
買収された信号手は、「ブールジュに身柄を置かれていたスペインのドン・カルロスが逃亡して本国に帰還、バルセロナで決起があった」という虚偽の情報を流す。
リュシアンから逐一その情報を受け取ったダングラール夫人は即刻、下落する前に大量のスペイン公債を売りに出す。しかし売り抜けたかと思いきや、翌日の新聞にはそれが誤報であったことが発表されて再び価格が上昇し、結果ダングラール夫婦は百万フランの大損をこいてしまう。この損があとあとジワジワと効いてくるのだがまあその辺は実際に読んでいただくとして。

この辺のくだりが、実に人間的な方法ではあるけれども、「モンテ・クリスト伯が文学史上最初のネットワーク犯罪者」と呼ばれる所以である。不正アクセスにデータ改ざんで政治と相場に混乱をもたらした伯爵は、まさに元祖クラッカーと呼ぶにふさわしいだろう。

そしてこれはデュマのまるっきりの創作ではなく、またしても元ネタとなった事件があったのだという。

 ネットワーク犯罪といえばインターネットを思い浮かべる昨今ですが、すでに腕木通信時代にもネットワーク犯罪が存在しました。有名なものには、1836年に発覚した腕木通信を用いた株式詐欺事件があります。フランスの作家アレクサンドル・デュマは、この事件をネタにしてエピソードを「モンテ・クリスト伯」に挿入しているほどです。

4. 腕木通信にまつわる驚きの事実 | pcatwork - Akira Nakano's Web Site | Akira Nakano


とすれば、実際にはこの元ネタの事件の犯人こそが「最古のクラッカー」ということになるのだろうか。


テレグラフの語源が、ギリシャ語の「テレ(遠くに)」「グラーフェン(書く)」であることは、「モンテ・クリスト伯」本編でも触れてある。
この当時、腕木通信を指す言葉が「テレグラフ」だった。
ちなみに、イギリスの新聞社「デイリー・テレグラフ社」の創業が1855年。
現在では電信・電報を表す一般単語として用いられている。

最初にテレグラフについての記述部分を読んだ時にイメージできなかったのは、日本における腕木通信やその遺構を見たり聞いたりした記憶がほとんどなかったからだった。(鉄道の腕木式信号のことはあまり知らなかった…;)
で、実際に日本では実用に至らなかった。

日本では江戸時代中期から米相場などの情報を伝えるために、大型手旗信号の一種である「旗振り通信」が存在しており、1745年時点で少なくとも実用に供されていたことが確認されている。一説には大阪−和歌山間を最速3分、大阪-広島間を27分(別の文献では40分足らず)で伝達できたとされる。

だが、ヨーロッパの通信技術導入が始まった幕末から明治維新期には、すでに欧州の腕木通信システムは前時代の技術となっており、日本は腕木通信を飛び越して電信を導入することになった。

wikipedia「腕木通信」


ということらしい。
色々面白そうなので、上掲の腕木通信の本を一度読んでみようかと思う。
posted by 大道寺零(管理人) at 03:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | 一般書籍
この記事へのコメント
こんばんは!
テレグラフ、名前は知ってましたけど
ここまでの情報ツールだとは
思っていませんでした〜。
株式操作事件が起こるほどとは!
デュマ、現代にいたら
そういうサイバーでテクノロジカルな話題が大好きな
作家さんになっていそうですね。
昔の技術と、ひと言でかたづけられないものって
たくさんありますよね〜。
テレグラフのお話、なかなか興味深かったです。


今日はたまたま、友人から
江戸時代の飛脚は馬よりも早かったという話
(本当かどうか?)を聞いて
それもビックリでした。
Posted by おやじ at 2008年10月18日 22:45
>>おやじさん

コメントありがとうございます。これを調べるまで、今一つ絵的にピンと来ていなかったので、色々知っていちいち「ほほ〜」という感じでした。日本には導入されなかった技術ということもあって、調べるのも面白かったです。

>デュマ、現代にいたら
そういうサイバーでテクノロジカルな話題が大好きな
作家さんになっていそうですね。

本当にそうですねー。当時そこまで「現代的」な作家はそんなにいなかったんじゃないかと勝手に推測します。大ブレイクしたのもうなずけるというか。
それでいて、神話や伝説・聖書の中のモチーフ表現を使ったり、過去の名作を上手いこと咀嚼してたりして、まさに「温故知新」の達人だったのだろうなと思います。

>飛脚

そんなに早いとは知りませんでした。
調べてみると、最速便では東海道を3〜4日で走るもの(当然リレーして、料金も相当高かったらしいです)もあったそうですね。
検索してみたら、↓のページとか詳しくて面白かったです。
http://kagiya.rakurakuhp.net/i_158570.htm
Posted by 大道寺零 at 2008年10月20日 07:05
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:[基本的に空欄を推奨します。詳細はこちらをご覧ください。]

ホームページアドレス:

(コメント投稿後、表示に反映されるまで時間がかかる場合がございますのでご了承の上、重複投稿にご注意ください。)
コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/108248439

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。