単に「泣ける」とか「ヒューマニズム」という手垢のついた言葉で表現するのはあまりに軽いように思える。それほどオーソドックスにして繊細であり、何より誰を取っても演者の表現がそれぞれにいい。端役に至るまで、その登場人物に見事に没入している。
赤ひげ先生や保本にはじまり、患者の一人一人、賄い下女たちに至るまで、小石川養生所の誰もが、病と闘いながら、自分以外の他者から少しずつ何かを分けてもらい、無知や貧困の中で摩耗したり、あるいは最初から与えられなかった人間としての尊厳や情愛の温かさを獲得していく物語、だと思う。
医師が患者の体と心に生きる力を与えていく、というのは医療ドラマではごく定番の構図だが、この作品の中ではそれが医師→患者の一方通行ではなく双方向であること、また医師以外のスタッフや患者の周辺の人物との間でも行われている点で一線を画している。
そしてこの映画を見る者もまた、最後まで見終わってみれば、それぞれの人間の生き様や演技を通して、いつの間にか「少しずつ何かを分けてもらった・教わった」という濃厚な実感がズシンと腹の中に生まれていることに気づくのではないだろうか。
どのエピソードのメインキャストも秀逸なのだが、後半のメインをつとめる少女・おとよを演じた二木てるみは文句なしに素晴らしい。
特に、女郎屋で酷使された揚句に、年端もいかないのに客を取らされそうになって、体だけでなく完全に心を病み閉ざしている部分の迫真の演技には目を奪われてしまった。
親からは「親切な奴ほど下心があるのだから信用するな」ということだけを教わり、虐待や悪意だけの中で生き、すっかり心がこわばってしまった少女。
赤ひげから強引に養生所に連れてこられるのだが、いくら言い聞かせても、女郎屋にいた時のように、どこも見ていない硬直した目つきのまま、ひたすらに床を磨こうとするのを止めない。この時の表情と目付きが尋常じゃなく凄い。これはもう、実際に見ていただくしかない。
映画公開時、二木てるみはまだ16歳。この映画は製作に2年を要しているので、撮影時は15歳前後だろうと思うのだが、その若さでこんな鬼気迫る演技ができるとは何度見ても驚きである。
保本の献身的な看病を通して、少しずつ、本当に少しずつおとよの心がほぐれ、他人を信用する気持ちが芽生えてくる。
過労で倒れてしまった保本の看病をしながら、おとよの状態は目に見えて改善し、顔つきも柔らかく、感受性豊かな少女のそれに変わっていく。
特に構成が巧みだと感じたのは、看病の合間に部屋を拭き掃除するシーン。
最初の生気のない掃除シーンのインパクトがあるだけに、雑巾を持った姿を見ると、一瞬「再び退行してしまったのだろうか」と思わせられるものがあるのだが、その表情や身のこなしが明らかに違う。細かいところの埃に気づいたり、窓の外の雪に感慨を覚え、それを手にとって手桶に入れて手拭いを冷やす機転も見せる。
その甲斐甲斐しい姿に人間性の回復を見て、安堵する。その時観客の気持ちは完全に保本とシンクロしているのだ。
その後おとよは引き続き養生所で、賄い女たちと生活しながら雑用を勤めるようになるのだが、保本への行為が転じた嫉妬から恩知らずな行動に出てしまったりと、彼女たちからの受けはどうもよろしくない。境遇を知っており、情をかけようとしているだけに、子供らしく打ち解けもせず、不器用なおとよの行動に腹を立てるのもまた当然だ。
ここから先の賄い女たちの変化が、私はとても好きだ。
養生所から粥をくすねる子供・長次。その現場を見ていたのに見ぬふりをするおとよを女たちは口々に咎めるのだが、自分の残した食事を長次に与えようとする彼女の優しい気持ちに心を打たれて泣く女がいる。
長次に与えるために食事の量を控えているおとよに対し、彼女は「育ち盛りなのに1膳しか食べないなんてことがあるもんか、もっとお食べ」と優しく接するようになり、女たちの視線も少しずつ変わっていく。
そんなある日、元気になったおとよを連れ戻すために、女郎屋の女主人(杉村春子)が養生所に乗り込んでくる。力づくで連れて行こうとする彼女の魂胆が、以前同様におとよを酷使し、また客を取らせようとしていることは明白だった。赤ひげは女主人を毅然として突っぱねるのだが、賄い女たちも一致団結して、身を呈しておとよをかばい、おそらくは我知らずのうちにこう叫ぶ。
「この子はあたしたちの子だよ!お前なんかに渡すもんか!」
私はこの、おばちゃんたちが「あたしたちの子」と宣言するシーンで涙腺が第一次決壊してしまった。
言葉だけでは済まずに取っ組み合いになってしまうのだが、この時、普段はあまりセリフもなく目立たない感じの賄い女の一人が、ツカツカと歩み寄って、ものも言わずに大根で女主人の頭を殴りつけるところがなんともいえず、ユーモラスでもありとても好きだ。
あえて目立たない女を使うことで、「これが賄い女たちの総意なのだ」ということを示しているようでもある。
結局、女主人は恨み言を吐きながら退散する。
このシークエンスに私が感じた魅力というか深みは、まあ私が勝手読みしただけかもしれないのだが、おとよを迎えに来た時の
「あんたはあたしのたった一人の身内なんだし、いなくなって初めて一緒にいてほしいって分かったんだ」
というセリフにあると思った。
このセリフ、勿論その場しのぎの見え透いた甘言であることは疑いようがないのだが、その中に1割くらいは真情が混ざっているのではないか、女の腕一つで岡場所の世界を生き抜いていく彼女の中に一抹の寂しさが芽生えていたのも真実なのではないだろうか、と、ほんのちょっとだけ感じさせられたからだ。
勝手な憶測・誤読かもしれないのだが、短い出番ながら、そんな一人の女の人生の陰影までも深読みさせる杉村春子は流石だと思う。
二木てるみやおばさんたちもいいが、勿論長次役の頭師佳孝(後に「どですかでん」の六ちゃんを演じる)の名子役ぶりもまさに神童(公開当時10歳)で、二人の心の交流は美しいの一言。
特に生死の狭間をさまよう時のあの顔、あの目は真に迫りすぎてヤバいほどで、長次・おとよ・おばさん達のクロスオーバーが高まって、「井戸のシーン」で頂点に達する。ここでもう涙腺が本格的に崩壊した。
このシーンについてはあえて詳細を省くので、ぜひ一度ご覧になっていただきたいと思う。
この映画を見た人の多くが触れると思うが、やはり藤原釜足(六助役)の見事な「死に顔」についても書かずにはいられない。
六助はボロ雑巾のようにみすぼらしく病みやつれた老人で、患った癌は末期に達していた。彼は末期の言葉らしきものもなく、痛みに苦しんだ息の下で死んでいく。
「人の臨終ほど荘厳なものはない」と言われ、赤ひげから彼の最期を看取るように言われた保本だが、六助のいまわの様子からは、ただ苦悶と痛ましさ以外感じ取ることはできなかった。
で、観客もまた、この時点では、赤ひげの言う「臨終の厳かさ」については今一つ実感することが難しい。
赤ひげは、養生所を訪ねてきた六助の娘の身の上を語らせていた。その場に居合わせた保本は、彼らの悲惨な境遇と、裏切られ続けても元妻と娘を赦そうとする六助の大いなる寛容の心を知った。
娘は赤ひげに、六助の最期について尋ね、赤ひげは「苦しまず、安らかな最期であった」と、事実とは異なる返事をする。
その答えに娘は感涙で泣き崩れる。
「よかった…!それでなくっちゃァ、それでなくっちゃ、お父ちゃんの一生は…!」
その後にもう一度映し出される六助の死に顔は、音楽と相まって、今度こそ誰の目にもこの上なく荘厳に映る。
同時に、彼女もまた困窮と不遇に心を病んだ患者の一人である六助の娘に辛い過去を吐き出させ、あえて嘘を伝えて心の重荷を取り払う赤ひげの姿からは、彼が医術だけではなく、すぐれたカウンセラーであることも強烈に伝わってくる。
藤原釜足さんは、黒澤映画には不可欠と言っていいほどの倍プレーヤーで、何作か見ているうちに自然とスクリーンの中に「今回は釜足さんはどんな役だろう?」と彼の姿を探し、いつしか好きにならずにはいられない味のある俳優だ。
セリフらしいセリフがほとんどないにもかかわらず、六助の存在感とこの死に顔の演技は文句なしに素晴らしい。
何しろ本当に「死に顔」そのものにしか見えない。
普通、ドラマや映画で死に顔のアップや長回しカットが使われることは珍しくないのだが、結局は「役者さんがそれらしいメイクをして、表情筋や呼吸を殺して頑張っている」ものなので、つい「こんなに長く回されてるのによく頑張ってるなー」という目になってしまうのだが、この六助の死に顔を前にしては、そんなノイズが脳に全く生まれない。演出の効果も手伝っているとは思うが、誰にでもできる芸当ではないだろう。
この映画では、生きること・死ぬこと・見送ることについて深く考えさせられるのだが、特に「死」の描写について思う時に、六助の臨終の顔を思い出さないわけにはいかない。
もう一つ驚きだったのは、とにかく「保本役の加山雄三がとてもいい」ということだった。
お好きな方には申し訳ないのだが、私はこれまで一度も、加山雄三の演技や歌について「いい」と思ったことがない。
若大将シリーズはたびたびテレビでも放映されるので何作か見たりもしたが、「時代のニーズに合ったハンサム」であることは間違いないが、キャラクターで持たせているだけで基本的には大根の部類で決してうまくはないと感じる。また歌に関しても、楽曲に関しては恵まれているし、作曲の才もあるとは思うのだが、あの「喉の上っ面だけで歌う」ような発声法がどうも好きになれない。
私は若大将をリアルタイムで楽しんだ世代ではなく、加山雄三は両親とほぼ同年代の人なので、名前と顔が一致した頃には既に「よくクルーザー自慢しながら出てくる、濃くて整った顔のおっさん」という認識だったもので、多少言い過ぎかもしれないがご容赦いただきたい。
そんな私をもってしても、「赤ひげ」の加山雄三は文句なしに素晴らしい。他の映画では引っ掛かってしまうセリフ回しの稚拙さもまったく気にならないどころか、保本登という役にこれ以上なくマッチしている。正直、私の中の評価が大きく変わった。
これはきっと、加山雄三が先天的に持っている「青二才属性」とでも呼ぶような性質(恐るべきことに、古希を過ぎた現在ですら彼はどこかしら青二才っぽさを失っていないように感じる)と、保本のキャラクターがこれ以上なくシンクロし、それを最大限に生かした演出が行われたからではないかと思う。
映画公開当時加山雄三は28歳で、年代的にも無理なくピッタリ。
こうして見ると、黒澤明という人が、それぞれの役者が、その時に内包しているものや本質を引き出す手腕にいかに長けた名料理人であったかと、しみじみ実感させられる。
「人々を蝕む無知と貧困との戦い」がテーマの一つであるこの作品は、ともすれば「古臭い」「説教臭い」と言われることもあるだろう。
「無知」については、誰でも教育をうける権利が保障された上に、いくらでも情報が容易に手に入る世の中になったので実感しづらい部分もあるだろうが、ここのところの大不況で経済状況が冷え込み、また、情報も物質も「赤ひげ」の時代とは比較にならないほど恵まれた中で叫ばれる人心の荒廃、毎日報じられる悲惨な犯罪のニュース、通り魔・肉親殺しやネグレクトの数々が日常的にある現状を思うと、この映画の今日性が失われたとはとても思えないものがある。
モノクロの映像美も冴え、また音声も聞き取りやすい部類なので、「どれから黒澤映画を見たらいいか」と迷っている方にはエントリーとしておすすめかもしれない。上映時間は3時間と長いのだが、あまり苦にならないと思うし、「休憩」の部分で日を分けても違和感がない。
また、原作含めて日本の医療ドラマの偉大なパイオニア作品なので、このジャンルが好きな方なら歴史の一環として鑑賞するのもいいのでは。
「赤ひげ」といえば、1972年にNHKで放送された連続ドラマ(倉本聰脚本:赤ひげ=小林桂樹・保本=あおい輝彦)も、別の味わいで非常に高く評価されているのをよく見聞きする。是非こちらも見てみたいのだが、当時のドラマの常で残念ながらVTRが上書きで失われており、わずか2話が現存するのみだという。悔しいなあ…
便利な世の中になって、ずいぶん前の名作ドラマや映画をCSなどで見られるようになったけれど、肝心のソースがないのではいかんともしがたい。(倉本聰作品集の中に一部脚本が収録されている模様)
・山本周五郎作品を原作とした1972年TVドラマのページ
↑のサイトでは、当時の新聞のテレビ欄から抜き書きした各回の概要がまとめられておりとても貴重。管理者の労作データに拍手を送りたい。
黒澤映画ってのは絵が汚いんですよ(映像でなく絵が)。風景は埃っぽいし泥だらけだし、風呂に入ってないような人ばかり出てくるし…
それが自分が歳を取って来ると解ってくるんですね。なぜ士が戦をせざるをえなかったのか、庶民が貧困から這い上がり得なかったのかをあの絶望的に汚い絵が物語っているのが。
一本の徹底した作品を撮るために年単位の時間を費せたのは、映画会社がキャストもスタッフも抱えて給料を出して育てるシステムだったこともあるでしょう。
今は映画もテレビも「仕事」に金を出すだけですから…
こんな作品が配給されるのを国民が全国津々浦々の映画館で待っていた時代に戻りたい気もします。
黒澤映画のモノクロ美について語られる方は多いですが、「汚い」という感想はけっこう新鮮です。
しかし確かに、言われれば分かる気もします。グレースケールのマジックと言いましょうか、カラーならばそうでもない影や汚れの表現が過剰に感じられる画面作りですよね。
黒澤映画のカラー作品は、今見るとともすれば目にきついくらいパキッとした強いコントラストのものが多く、実際そういう色彩・陰影表現を好んだのでしょう。
「どですかでん」なんかを見ると、「確かにこれをそのままモノクロにしたら、かなり黒がきつく出た画面になるだろうなあ」と思える点があります。
ほんの50年前くらいまで、日本人は今ほどマメに入浴・洗髪はしないのが普通というのもありますが、それにしたって相当な貧民層を描いたりするので、言われてみればほんっとうに汚れた感じの画面というのはよく理解できます。
でもほんと、この年になってみるとそれがいいんですよなあ。
前も書いたことがあるんですが、「七人の侍」に出てくる多々良純の人足姿やボロ小屋の実に汚いことといったらない。私はこの多々良純とお仲間がすごく好きで、ここまで汚い彼が利吉の姿を見守るうちに、勘兵衛に「こいつらはずっとこんなものばかり食ってるんだ!」と詰め寄るシーンの美しさたるや。これがあったからこそ「この飯、おろそかには食わんぞ」の言葉が引き出せたのだと思います。いかん脱線してしまった…
映画会社も黒澤明に全面的に寛容だったわけではなく、製作資金や期間についてトラブルが絶えず、最終的には日本で映画が作れない状況にまで追い込まれました。とはいえ、戦争状態になりながらも、最後まで作らせる程度の余力が映画業界にまだあった時代なのでしょうね。
確かに「納期を守る・予算枠で収める」のもプロとしての責務ではありますが、今のご時世では、妥協をしたくないので足を出すようなタイプの監督は真っ先に干されたり降ろされたりするのが常になってしまい、なかなか型破りな傑作というのも生まれづらい状況なのだろうと思います(最近ではアニメの今川監督の周辺にそういう話が事欠かないようですが…)。
私は、72年のNHK版の「赤ひげ」をリアルタイムで観ていました。子供心にも、とっても良いドラマでしたよ!!長丁場なので、映画と違って、同原作者の他の短編を取り入れて「五弁の椿」が入れてあったりしました。原作にはない、渋い岡っ引きを黒沢年男が演じて高評価でしたね。この人が、保本の困窮話を「殿様貧乏」と批判していました。世間知らずのくせに、と。今でも起こりそうなことです。
ラストで、長崎に留学に行こうとする保本を赤ひげが邪魔するのですが、ここには、「勉強できる若さ」に対する赤ひげの嫉妬が描かれているでしょ?彼も聖人君子ではないのですね。私も、20年若い世代の医師と話していると、「経験勝ち感と嫉妬」を同時に覚えることがままあります。私は赤ひげほどエラくないですがね・・・初老の哀感は、ドラマ版で、より丁寧に描かれていました。小林桂樹の力も大きいです。映画版、TV版、それぞれに名作ですね。
TV版「赤ひげ」の記憶がおありとは羨ましいです。こうしたソースの失われた過去の作品や評価について知るたびに、「もう少し早く生まれたかった」と思うことしばしばです。
研究サイトのほうにもありましたが、山本周五郎の他の作品からも細かいエピソードをうまく流用しているのですね。よくある手法ではありますが、丁寧な作りだなあと感じます。
>>初老の哀感
比較してみると、
・映画「赤ひげ」公開当時の三船敏郎=45歳
・ドラマ「赤ひげ」放映当時の小林桂樹=50歳
なのですね。
三船敏郎の演技も渋くて人生経験を感じさせましたが、やはり実年齢の醸し出す説得力、そして何より当時から老けた役を得意とした小林桂樹さんの力もご指摘の通り大きかったのでしょうね。
「聖人君子ではない、養生所の存続のために汚いこともボッタクリもやる」様子は映画でも描かれてましたが、ドラマではまた一段と「負の情動も持ち合わせた人間」としての面も描かれていたんですねー。
実際に医療の場にいらっしゃる方から「赤ひげ」のお話を聞けるのはとても嬉しいです。コメントありがとうございました。