2009年01月29日

「熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン」(1998年パルコ劇場公演)感想

先日、NHK-BSの「昭和演劇大全集」で放送されたもの。
収録公演は1998年パルコ劇場(阿部寛主演)版。

「熱海殺人事件」は、三浦洋一や風間杜夫・映画版では仲代達矢が主役を演じた元祖バージョンが広く知られているが、1990年代以降いくつもの「バージョン違い」が作られ、主人公やキャラクターの背景の設定(木村部長刑事が女性のバージョンもある)や事件の状況・ストーリーが大きく変わっている。
阿部寛演じる木村伝兵衛は、「バイセクシャル(とは言いつつほとんどゲイ寄り)で超ナルシスト」と、アブノーマル性をこれでもかと前面に押し出したキャラ作りになっており、オネエトークやウホウホな動作は序の口、女装はするわ、男とキスするわと実にハンパない。

一方で
・熱海で一人のブス女が殺された事件が軸となって展開
・木村と平刑事・木村の愛人である女刑事・容疑者の4人がインドアで繰り広げるドラマ
という「熱海殺人事件」の骨子ともいえるフォーマットはそのまま継承されている。

[キャスト]

・木村伝兵衛部長刑事:阿部寛

警視庁の名物部長刑事。多くの刑事が憧れる敏腕刑事だが、人を人とも思わない尊大な男。
「一流の刑事である自分が扱うにふさわしい事件や犯人も一流でなければならない」がモットー。基本ゲイだが、愛人の女性がいるなど一応バイセクシャルであり、極度のナルシスト。
かつては世界記録を期待された棒高跳びのホープ選手で、モスクワオリンピック日本代表となったが出場を果たせず、次のロサンゼルスでも期待を集めつつもなぜか出場せず、謎とされていた。

・速水健作刑事:山本亨

山形から出てきて、木村の下で熱海殺人事件を担当することになった新人刑事。彼にはもう一つ別の目的があった。
速水の兄も優秀な陸上選手で、木村とともに将来を嘱望されていたのだが、モンテカルロで謎の自動車事故を起こし、死んでいる。木村と兄が恋人関係にあったことを知っている速水は「兄を殺したのは木村」と睨み、その真相を知るために東京にやって来たのだが、時効は今日、あと数時間しか残されていない。

・水野朋子婦警:平栗あつみ

10年間木村と愛人関係を続けてきた女刑事だが、報われぬその関係と想いにピリオドを打ち、警官辞職を決めている。

・大山金太郎:山崎銀之丞

被害者・山口アイ子とそのコーチを殺したと目されている容疑者。木村と同時期に、棒高跳びオリンピック日本代表の補欠選手だったという過去がある。モスクワオリンピックに日本が不参加だったことにも関係があるらしいのだが…

・山口アイ子

この事件の被害者。熱海で首を絞められて殺された不細工な女。彼女もかつてオリンピック代表の砲丸投げの選手だった。

・謎のシンガー:若林ケン

劇中唐突に登場し、「なぜか上海」を歌って去っていく。


熱海ブス殺し事件の真相と背景を探りつつ、速水は兄の事件の容疑者である木村を、ごく限られた時効リミットまでの間に追い込むことができるのか?という2つの流れで構成される筋立て。

前半は、木村が速水をおちょくるような展開の中で、唐突に歌が始まったり踊りになったりとスラップスティックな流れが続き、ちょっとやかましい感はある。「この話、進むんだろうか…;」と不安になるのだが、気がついてみれば全ての事件の真相と、その根底に流れるそれぞれの人物の悲哀が明らかになり、最後には切なさ溢れる余韻に包まれる。確かにこれは凄い作品だ。

「登場する人間のほとんどが日本代表級のアスリート」という事実が徐々に明らかになり、輝ける時期が限られたスポーツマンの悲哀、そしてエリートとそこに手が届かなかった人間の悲哀がサブテーマとなっていることが分かる。
そして実は、登場人物それぞれが、「一方通行の届かない想い」を抱えており、熱海とモンテカルロの殺人がそのためになされたことが語られていく。

被害者である山口アイ子は登場せず、水野婦警役の平栗あつみが事実上二役となって「再現」するのだが、これまた熱演(多少噛んでる場面が目立ったがまあ許容範囲かなと)。

つかこうへいは当て書き(演じる役者が決まっており、役者の個性等を想定した上でキャラクターや筋立てを作ること)の多い作家なのだが、この「モンテカルロ・イリュージョン」の木村も、阿部寛で当て書きされたものらしい。
色々なところで阿部寛本人が語っているのだが、モデルとしてデビューして、その容姿と長身でもてはやされてドラマや映画等にも起用されたものの、演技の基礎を身に着けておらず、「背が大きすぎる」ことが嫌われたこともあって潰れかけていたところを、つかこうへいのもとでこの芝居に抜擢されて育てられたことが大躍進の転機となったのはけっこう有名。
それもあってこの芝居を録画してみたのだが、少し力みも感じられるものの、のちの「TRICK」などに通じる阿部寛の「怪優」の素質というか、「変態性」のようなものに着目して力技で引き出したあたり、ものすごい眼力には感心せざるを得ない。
上半身ヌードで肉体美を誇示(と言うにはややマッチョさが足りないのだが)する場面が多いだけでなく、脱ぐわ女装(チャイナドレス)するわ、男と長〜〜〜いマジキス(カメラがばっちり寄るのだが、本当にしてた)するわでまさに体当たり。飛び散る汗もまた美しい。阿部ちゃんのゲイ人気が高いというのも、これを見ると納得するしかない。

「昭和演劇大全集」なのに、なぜに1998年の芝居?と思ったのだが、その前の週で放送した寺山修司(放送されたのは「レミング」)同様、つかこうへいも「演劇はその場その場の瞬間性の芸術」と考えていたことから、ほとんど映像収録を行わず、素材が少なかったのだそうな。
この1998年パルコ公演はビデオやDVDがなく、NHKが収録・放送したこの映像のみが残っているとのことで、わりと貴重なものを録画したような気がする。
posted by 大道寺零(管理人) at 17:18 | Comment(1) | TrackBack(0) | 感想
この記事へのコメント
突然のコメント失礼致します。
知人から先月のBS2のモンテカルロイリュージョンの録画を頼まれたのですが、失敗してしまいとても困っています。
もしもまだデータをお持ちでしたら、DVDにダビングさせていただけないでしょうか?
いきなりこんなお願いをして大変恐縮なのですが、ご検討いただければ幸いです。
Posted by mado at 2010年08月09日 15:41
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