2009年03月16日

ブラジルの破門の話雑記

9歳少女に中絶手術、医師を大司教が「破門」…YOMIURI ONLINE(読売新聞)

世界最大のカトリック人口を抱えるブラジルの北東部ペルナンブコ州で、義父に強姦(ごうかん)され妊娠した少女(9)が今月初旬、中絶手術を受けたところ、カトリックの大司教が、中絶に同意した少女の母親と担当医らを破門した。

 医師側は「少女の命を守るため」と反論、大統領も巻き込んだ大論争となっている。

 地元紙によると、少女は同居する義父(23)に繰り返し性的暴行を受けていた。2月下旬に腹痛を訴えて母親と病院に行くと、妊娠4か月と判明。医師は、少女の骨盤が小さく、妊娠を続けると生命にかかわると判断し、今月4日に母親の同意を得て中絶手術を行った。

 ブラジルでは、強姦による妊娠と、母体に危険がある場合、中絶は合法だが、ジョゼ・カルドーゾ・ソブリーニョ大司教は「強姦は大罪だが、中絶はそれ以上の大罪」と述べ、教会法に基づいて医師らを破門。これに対し、ルラ大統領は「医学の方が正しい判断をした。信者の一人としてこのように保守的な判断は残念」と大司教を批判した。

 大司教は「大統領は神学者と相談してから意見を述べるべきだ」としていたが、高まる世論の反発を受け、司教協議会は12日、「大司教は破門の可能性について言及しただけ」との見解を発表した。今後は、破門の有効性が論議を呼びそうだ。


具体的な内容は、以下のニュースの方が詳しく、少女の境遇への同情と、医師の判断の妥当性を支持するしかない状況だと思うのだが…

強姦で妊娠の9歳少女中絶関係者「破門」に非難集中 - クリスチャントゥデイ

 同紙によると、少女は同居している23歳の継父に強姦されて双子を妊娠。継父は、少女への3年間にわたる性的虐待に加え、身体に障害を持つ14歳の少女の姉にも性的虐待を加えた容疑ですでに逮捕されている。


6歳の頃から性的虐待を加えていたという義父の鬼畜ぶりは言うに及ばず、ここで注目したいのは、妊娠したのが「双子の胎児」という部分。
単胎妊娠ですら未発達な少女の子宮では耐えがたいと思われるのに、まして双胎では発覚即処置(すでに少女は痛みを訴えている)の判断は妥当だろう。
成人ですら、単胎と双胎のリスクは段違いなのだから…

「9歳で妊娠」は、その年齢で?と一瞬驚く。
読売のニュースを見た時には、「日本でも小3くらいで初潮が来る子もいるし、低年齢化しているし…」と思ったのだが、「3年間性的虐待を受け続けた」という内容を読んで、それではホルモンバランスの成長や性徴が来るのも尋常でなくて当たり前、むしろ体のほうで勝手に「受け入れ」の準備を始めてしまっても不思議はないと感じた。

それにしても現代において、しかも右派やカルト系団体ではなく一応ヴァチカン公式の大司教がここまで原理主義的な発言をするとは驚きなのだが、案の定大統領や一部世論だけでなく、国内の司教評議会やヴァチカン側からも突き上げを食らっているらしく、その点ではある意味安心ではある。
どうも大司教一個人のスタンドプレーとしてみた方が良さそうだ。

確定したニュース記事としてはまだ探せていないのだが、とあるブログのコメント欄では、

・3/14日、ブラジルの司教評議会は、ヴァティカンの後押しで、この大司教の決定について激しく非難し、破門を取り消した
・フランス・ストラスブールの司教が被害者の少女に公開書簡を出して慰めた

という情報を目にした。
(参考:中絶に絡んだ事件でカトリック司教の判断に賛否 - あんとに庵◆備忘録のコメント欄より)

また、ニュースソースを見る限りでは、破門の対象は「医師と(中絶に同意した)被害者少女の母親」であって「少女本人」ではないようだ。

母親にしても、「監督責任」や、よくある「夫の娘への性的虐待を見て見ぬふりをしていた」のならその罪は問われてしかるべきだが、あくまで宗教的な「堕胎の罪」で破門を言い渡された(責任能力の内本人の代理としてかもしれないが)ということになる。
しかしこれが医師にまで及ぶのは理不尽に見えるのだが、実際にはキリスト教・カトリック圏(特にアメリカのように右派や原理主義者が強い地域)では珍しくないようで、アメリカでも人工中絶を行う産婦人科が右派から危害を加えられたり、暗殺された例まである。
破門は撤回の方向に動いているようだが、いずれにせよ、長年の性的虐待+望まない妊娠ですでに入口にしてケチがつけられまくった被害者少女の人生に、カトリックの国の本山の一番偉い人がさらにケチを付けるという行為はどうにも大人げないと思えてならない。このケースに対する判断というより、「人工中絶を行う医療機関」を叩くためのスケープゴートだったのでは、とも見える。


調べてみたのだが、現代のカトリックにおける「破門」が、具体的に対象者にどこまでの不利益をもたらすものかというのはよく分からなかった。

かつては、
キリスト教における破門も、原義においては強い呪い(アナテマ)の意を持つ。具体的には領聖や秘跡(機密)に与るなど、信者に与えられている教会内での宗教的権利を無期限に停止することを意味する。また破門された者と交流を持つことは基本的に禁止される。この結果、単に宗教的意味でだけではなく、中世のアジール権など教会が信者に与えた世俗的保護も一切受けられなくなるため、中世から近世にかけて破門は社会からの追放に等しい意味を持った。また破門者は教会の墓地に葬られることができない。破門は教会の決定事項であり、破門を行うものは教会に属する聖職者に限られる。

破門 - Wikipedia

とあり、厳しい「村八分」だったことがうかがわれるが、さまざまな宗教選択肢のある現代ではどの程度なのだろうか。

「秘跡」というとなんだか物凄いもののようだが、平たく言えば「教会が関わる冠婚葬祭儀式」のことで、要するに「今後教会の行事に関わったり、教会を通した冠婚葬祭に参加できない、してもらえない」という感じになるのだろうか。
一個人はともかく、医師・医療機関としては結構厄介(特に葬式関連)かもしれない。

個人的には、形式的にでも告解(いわゆる懺悔)を経たことにしてもうちょっとなんとか計らえなかったのかと思う。


基本的に「人の生命や人生は個人のもの・人間のものではなく神のもの」と考えるカトリックでは、「自分の命を自分の好きにすること」も認められないため、自殺も許されない(長年自殺者の葬儀を取り行わないのが基本だったが、近年変容しつつあるらしい)。神の前で誓いを立て、教会の承認をもらうものだから、結婚すれば離婚はできない(手続きを経て「婚姻を無効にする」ことは可能)など、とにかく制約が多いことで知られている。

また、「砂漠の宗教」から生まれた宗教ということもあり、「産めよ増やせよ」に背く「堕胎・中絶の罪」が教典で規定されており、かつ、段階を問わずに胎児の人格を認めるため、「殺人の罪」とダブルで問われることになる。
中絶どころか、コンドーム等による「避妊」も基本的に認めていない。

現代でもこの点は大いに争われ、特にアメリカ大統領選挙のたびに、「避妊や人工中絶に対しどういうスタンスを取るか」によって支持団体も得票数も大きく違ってくるのは有名だろう。

なお、堕胎の禁止はキリスト教やカトリックに限ったことではなく、イスラム教でも原則禁止されている。(レイプによる「民族浄化」も、このタブーを悪用した最たるもの)


旧約聖書偽典である「エノク書」には、「カスダイエ(アスダイエ)」という天使の名前が登場し、「堕胎をつかさどる」とされる。
しかしこれは、「禁を破って人間の女性と交わった200の堕天使集団(グリゴリ)」の一員であり、当然天界が堕胎を認めたわけではない。
グリゴリたちは、神界から見れば破戒天使だが、「人間に与えてはならない知識」を授けた、いわばプロメテウス的な存在でもあり、その司る内容は明らかな悪徳から、科学技術・自然知識に至るまで多岐にわたっている。

(参考:エノク書の天使:なお、この天使リストの中に、某アニメで馴染みのある名前を見つける方も多いと思う。)


いずれにしても、明らかに「継続すれば産み月を待たずして母体の生命維持が無理」な事例なのだから、大司教の行動には(教義的にはそうなるのだろうけど)大きな疑問を抱いた。

欧米ではカトリックは圧倒的な位置と思いがちだが、実際は、特にヨーロッパでは、イベリア半島ですら基盤が弱まっているらしい。どちらかというと、植民地支配によって布教された中南米の方が現在の支持としては強いのだとか。
ヴァチカンの方でも、これ以上世論、特に中南米の世論を敵に回すのは得策ではないので、前述したように大司教のスタンドプレーを諌める方向で動いているのだろう。

本来精神的土壌の異なる他宗教のことに、異教徒や無神論者があれこれと言うのもナンセンスなのだろうが、何しろことが人(しかも無辜の子供)が生きるか死ぬかという話となれば宗派を越える話題なわけで、つい看過できない気になってしまうのだった。
とりあえず
「堕胎>>>>>強姦」
と声高に断言しちゃうのは(法的に、ではなく教義的に、はそうなんだろうけど)現代社会ではどんなもんか、と言われても仕方がないところだろう。
posted by 大道寺零(管理人) at 16:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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