2006年10月29日

中絶に含まれるもの流産とその後

「人工妊娠中絶」という言葉を聞いて、どのような印象を抱かれるでしょうか。
恐らく、ポジティブなイメージを浮かべる人はまずいないでしょう。
「無責任」「快楽のみに走った結果」「避妊放棄(失敗)」「責任も取れない状況でありながら無分別な行動」などの言葉も同時に浮んでくることと思います。

確かに、そうした無責任行動の結果としての中絶が、若年層を中心に増えているのも事実です。
しかし、「人工妊娠中絶」の数の中に、実質的に「流産」「死産」という、「待ち望んだにも関わらず赤ちゃんを失ってしまった」ケースが含まれていることをご存知の方は、案外少ないのではないでしょうか。

では、どのようなケースが含まれるのか。
それにはまず、「流産」と「死産」の違いからお話しなければなりません。

「流産」と「死産」の線引きは明確です。
「妊娠22週」がボーダーになっており、それ以前の妊娠中断が「流産」、22週に到達してからの中断が「死産」と呼ばれます。
この「22週」は、胎児の肺形成がなんとか形になる時期で、医学の進歩により、「NICU(新生児集中治療室)でのケアが適切になされれば、生存できる可能性がある(あくまで「可能性がある」であって、実際には生存できないことも多くあります)」と見なされているため、現在のボーダーラインとされているのです。

私の場合、21週1日目の処置で、第1子(永二)はおなかの中で既に死亡していたので「自然死産」と呼ばれますが、第2子(ふたば)は、帝王切開手術をするまでは生存していました。
以前も書いたように、母体(私)の大量出血が止まらず、感染の度合いも懸念されていたため、やむなく帝王切開で第2子を摘出・止血等の処置をしたわけです。
このように、「妊娠の継続が、母体の生命や健康に深刻な影響を与える」と判断され、「妊娠の継続を中断させる=生きている胎児を事実上見捨てる」場合、22週以降であれば「人工死産」と言いますが、それ未満は「人工中絶」のカテゴリ内でカウントされてしまうのです(「人工流産」という呼び方もされることがあるようですが、統計上はあくまで「中絶」の1ケースとして数えられます)。

術後入院中、この事実を知った時には非常にショックでした。私のこの体験が、「ゴムなしでやっちゃったらデキちゃって〜、彼氏のお金でおろした〜」とあっけらかんと語るバカ女子高生のソレと同列に数えられるのです。
「自分のために胎児を殺した」ということ自体は同じなのです。
統計上の事とはいえ、そうでなくても自責の念に打ちひしがれた人間にとって、言葉にできないほどの絶望でした。
(羊水検査などで事前に胎児の障害を知り、中絶する場合もこれに含まれる(16週未満のうちに判断するのが原則)のですが、それはそれで非常にデリケートな問題なのでここでは語りません)

私と同じように前期破水で子供を失った人たちの多くが、同じことにショックを覚え、「自分が生きるために愛しい子供の命を奪ってしまった」ことに、ぬぐえない自責の念を持って日々を生きています。
繰り返しますが、人工死産との違いはただ「週数」だけです。
(勿論、週数の問題で「中絶」にカウントされなかった「人工死産」の方たちの苦しみもまったく同質のものですし、むしろ、「医学上何とかなる」とされている時期だけに無念さもひとしおの事でしょう。妊娠出産と言うものはとにかくケースバイケースで、「●●週だからもう大丈夫」とは言い切れないものです。)
入院中は、同じような苦しみを抱える方々が集うサイト「泣いて笑って」を見ながら、コラムを読んでは泣き、BBSを読んでは目を腫らす日々でした。というか、今でも泣けます。
僻み、というか嫉妬根性は未だに健在で、このサイトの管理人さんも人工流産の後、お子さんを無事に出産なさっているのですが、
「その後産めたのだからいいじゃない」
と思ってしまったり、また「2人目を人工流産」という書き込みを読んでは
「一人いるのだからマシじゃない」
と思ってしまう自分が情けないです。でも思ってしまうんですね…
子供を失う辛さが分かっている人間の筈なのに、ちっちゃい。実にちっちゃいです。

できれば統計上も、「できちゃった中絶」と「望んで妊娠した人工流産」を分けて欲しいと思うのですが、どちらも同じ「母体保護法」を根拠にしているので難しいのかもしれません…
「中絶が増えた」というニュースや記事に触れて、眉をひそめるのは当然とは思いますが、実はその中に私のような人間が含まれていることを知っていただければ…実際社会生活でなんの役に立つでもないですが、人工流産を経験した身としては救われる気がいたします。

永二とふたばが逝ってから、2ヶ月と1週間が過ぎました。
正直、長いのか短いのかよく分かりません。
胎盤の病理検査によって、帝王切開の寸前まで生きていたふたばの胎盤も、破水によるダメージが大きく、生存可能時期まで持たせることはできなかっただろうと主治医に聞きました。それでもなお、「もしかしたら」という気持ち、自責の念が弱まる事はありません。
あの時がもう1週間遅く訪れ、「私が死ねばふたばが助かる」という状況であったなら、迷わずその道を選んだことでしょう。
しかしあの時既に「私が死んでも子供が助かる可能性はない」状態でした。
後に残される相方や、逆縁になってしまう両親の悲しみを思えば、仕方がなかったのだろうか?と少しだけ思えるようになったような気がします。

先日、ごく近い身内で不幸があり、実家の両親も葬儀にかけつけてくれたのですが、通夜のお経や念仏(近所の念仏講の方たちが歌ってくれる)を聞いて、母が
『あの時手術が間に合わなかったら、この念仏がお前のために唱えられていたんだ』と思ったら泣けてきて」
と言うものだから、火葬後のお骨拾いでも
「あー、私もこんな風に焼けていたんだな〜」
「『肉は付いていたけど骨は意外に細いねえ』とか言われてたかもしれない」
とか、色々思ってしまいました。

市営の火葬場は、ふたばと永二を送ったのと同じ場所です。
当時腹切りたてで、チューブだらけでICUにいた私は当然、初めて足を運ぶので、色々感慨にふけりながら、会葬の方々にお茶を出したり話をしたりしていました。
posted by 大道寺零(管理人) at 01:00 | Comment(13) | TrackBack(0) | 流産とその後
この記事へのコメント
おっとと人口じゃなくて人工ですよ!
って検索避けでしょうか?

市営の火葬場でお茶だしをされて、
精神的に大変でしたね。
うまく表現しづらいですが、
私は大道寺さんが
今この記事を書いてくれて
本当に嬉しいです。

大好きな司書さんのいるまんが図書館が
ひとつなくなるようなことに
ならなくてよかった。
お子さんには冷たいようですが、
私は本当に心から、ウェブに
生還してくれてよかったと思っています。
Posted by naporin at 2006年10月29日 10:13
>naporinさん

>おっとと人口じゃなくて人工ですよ!

素でやっちゃってましたorzアウアウアー
直しましたわ…(本文の「人工流産」を「人口流産」と誤記したままアップしてました;)
「人工死産」はズバッと出るのに「人工流産」は出ませんでした。やっぱり一般的な言葉じゃないんですよね;

温かいお言葉ありがとうございます。
こうしたエントリーを書くのも、「あんたが生きてて良かった」と誰かに言って欲しいという意図が我ながらあるような気がして、「ものすごくあざといことをしている」ような意識が少なからずあります。お恥ずかしい。
また、そういうあざといことまでしないと生への意欲を持続できないのもまた私の現実のようです。
ですが、そう言っていただけて本当にうれしく思います。
Posted by 大道寺零 at 2006年10月29日 11:24
出産は、世間的な認識と異なり、今も昔も大変な危険を伴う作業であると、某医師から聞いたことがあります。
まさに「生還」だと思います。ネットに戻られたときは悲しい経緯に涙しましたが、大道寺さん自身がご無事だったことに、本当にほっとしました。ご両親と旦那様の安堵は如何ばかりだったでしょう。あちらの岸では玄機卿のご助力もあったのかもしれないと、ちらりと思ったり。

大道寺さんが、御自身がこちらに留まって本当に良かったと思える日が、いつか来ますように。
またいずれ帝都方面でお会いしましょうね。

お大事に。
Posted by いしのいぬ at 2006年10月29日 17:47
私は出産時にどちらが死ぬかわからない状態でしたが、私が死んで子どもが助かった場合、子どもには“お母さんの命の犠牲にして産まれてきた”という辛いレッテルが一生ついて回るのかと思うと切なくなります。
大道寺さんが今抱えてる罪悪感をお子さんにそっくり背負わせる事を考えれば、大道寺さんがそれを一生抱えていくのもお子さんの為ではないでしょうか?
母は医者から「どちらの命を優先しますか?」と聞かれた時、「娘!」と即座に思ったと言っていました。
だからきっと大道寺さんが助かったのは大きな意味があると思います。
Posted by 文月奈緒子 at 2006年10月29日 21:52
>いぬ師匠

>出産は、世間的な認識と異なり、今も昔も大変な危険を伴う作業であると、某医師から聞いたことがあります。

「棺桶に片足入れてお産する」という川柳は真実だとつくづく思いました…
お産は常に危険を伴うし、何が起きるのも待ったなしですからね…現場の医師先生や看護士さんには本当に頭が下がります。
医学が進歩したからと思いがちですが、それでもフォローしきれないことがたくさんあります。加齢による妊娠率の低下・流産率の増加などはどうにもできませんしね…
訴訟リスクを回避するために産科が減っている現状を見ると、本当に「今の医学なら妊娠したら無事に生まれて当たり前」と思い込んでいる人が多いこと、その結果乱訴に近い状況になっていることが元凶だと思いますね…
「母子共に無事に生まれてくるのは奇跡だから、命を大切に」と考えて子供たちにも教えれば、殺伐とした事件も少しは減るんじゃないかと思うんですけどね。

>あちらの岸では玄機卿のご助力もあったのかもしれないと、ちらりと思ったり。

彼女に会いに行くのが伸びてしまったのは少し複雑な心境ですが、卿のご実家に焼香しにあがらせていただいた時、ご両親の癒えぬ悲しみを目の当たりにして、逆縁の辛さをひしひしと感じたのを思い出します。

今年はまだ無理ですが、いずれ関東方面に遊びにいけたら…と思っております。その時にはどうぞよろしく。

>文月さん

文月さんも、極限の経験をされたのですよね。娘さんも文月さんもご無事で本当に何よりです。娘さんもさらに美しく成長なされた事でしょう。

>私が死んで子どもが助かった場合、子どもには“お母さんの命の犠牲にして産まれてきた”という辛いレッテルが一生ついて回るのかと思うと切なくなります。
大道寺さんが今抱えてる罪悪感をお子さんにそっくり背負わせる事を考えれば、大道寺さんがそれを一生抱えていくのもお子さんの為ではないでしょうか?

そういう考え方もできるのですね…
病院で、「悲しみを癒すとか忘れるとかではなく、ずっと抱えて生きていこう」と相方と約束しましたが、そういう抱え方もあるのかなと思いました。ありがとうございます。
Posted by 大道寺零 at 2006年10月31日 00:57
はじめまして。
検索していて、こちらに偶然たどり着きました。
泣いて笑っての管理人をしています、おかよと申します。
時々、「人工死産」というキーワードで検索するのです。同じような想いをした方が、どこかで何かを綴っていらっしゃらないか・・・と、思いながら。

私が足跡を残すことで、逆に大道寺零さんを苦しめてしまうことになるかもしれない。そう思ったのですが・・・やはり、そのまま立ち去ることができずにいます。

お体はいかがですか。
Posted by おかよ at 2007年01月09日 16:09
>>おかよ様

ご訪問いただきまして有難うございます。とても嬉しいです。
入院中、そして退院後、何度「泣いて笑って」を読ませていただいたかしれません。
それはとても不思議な感覚でした。
体験が生々しすぎて、「救われる」というのでもなく、ただ「私だけではないんだ」という気持ち、そして「みなさん同じようなポイントで苦しく悲しく思ってる、この苦しみは自然な事なんだ」と思いました。
そしてこの悲しみを肯定してくれるとともに、何よりも人工死産で生きて赤ちゃんに会えなかった私たちを「お母さん」と認めてくださることにただただ涙が出ました。

体の方はもう日常生活に影響ないほどになりましたが、気持ちの方は、本来の予定日を過ぎて年が明けてからというもの、「本当なら今ごろ授乳やおむつの世話に明け暮れてたんだ…」「あの時、○○さえしなければ…」と、とても辛くて暗い気持ちがぶり返し、何も行動できなくなってしまう日が増えてしまいました。
何の根拠もなく、年が明ければ気持ちに一段落つけれるような気がしていたのですが、まったく甘かったです。めちゃくちゃ揺り返してます。

私のブログも、時折「切迫流産」「死産」といったキーワードで検索して訪れる方がいらっしゃるようです。
もしかしたらその方も、流産前の私と同じ不安を持って検索しているのかもしれない…と思うと、何かこうせつなくなります。

足跡を残してくださってとても嬉しく思います。ありがとうございました。
Posted by 大道寺零 at 2007年01月15日 00:40
大道寺零様

1度に二人の可愛いお子さんを失われたのです。
体の傷は創であり、いつかは、治っていってくれるものです。それでも帝王切開の創は、お子さんたちが確かに「生きた」証でもありますね。

私のサイトでは、妊娠12週以降では「人工死産」と呼ばせていただいています。それはその週数を過ぎると、胎盤も完成する頃で出産という形をとらなければならないからです。死産届けや火葬などの手続きも必要なので「12週」を境に流産か死産かという呼び方を変えています。

待ち望んだ赤ちゃんを、まさか同意書にサインをしてその鼓動を止めてしまうという、あまりにも辛い選択は、元々赤ちゃん側になんらかの病気や障害がある場合と、大道寺零様や私のように母体側に原因がある場合と、大きく分けて2種類があるように思います。
私の身体さえしっかりしていれば・・・。
体調管理をしっかりしていれば・・・。と、自責の念に駆られます。それは重く苦しく、息ができないほどまでになることもあります。

私の命を救うためだったのなら、なぜ、我が子はわざわざこの為に我がお腹に生まれ、生き、そして逝ってしまったのか。
そう思うのは・・・どんなに年月が過ぎても思うことです。

赤ちゃんたちの命の日(命日)と、出産予定日は1年365日の中で特別な意味を持つ数字であり日付になってしまいますよね。
揺り返し 激しく心が乱れても、波はまた穏やかさを取り戻す日もありましょう。
そしてまた、何かをきっかけに、全く突然に嵐が再びやってくる日も・・・。

大道寺零様のべビちゃんたちは、本当に親孝行さんなんですね。お二人だったからこそ、お母様をお守りしたのだと思います。
選ばれたお母さん。
ずっとお子様たちは、そばに遠くにいて、見守っていらっしゃることでしょう。

どうぞお心のままに あるがままに
今後を生き抜かれますよう。

お話しさせていただき、ありがとうございました。長々と申し訳ありません。それでは、また・・・^^
Posted by おかよ at 2007年01月16日 14:30
>>おかよ様

再びのコメント、ありがとうございます。
何から何までわかっていただけて、それだけで目頭が熱くなってまいります。

>それでも帝王切開の創は、お子さんたちが確かに「生きた」証でもありますね。

そうですね。
ホチキスみたいな坩がバシバシ刺さっていた時は凄まじい外見でしたが、抜坩して退院し、いまでも凹み(というか周囲の肉の盛り上がり)はありますが、思いのほか目立たなくなってるような気がします。
この創は消えたりせず一生自己主張しててほしいように思います(しかしそれでは次回の妊娠(があるかどうか望みは薄いのですが)の時に困りますけど…)。もし「綺麗に消してあげる」と言われたとしても絶対拒否しますね。

>待ち望んだ赤ちゃんを、まさか同意書にサインをしてその鼓動を止めてしまうという、あまりにも辛い選択

あれほど苦しい署名は、きっとこれから先もないと思います。実際ゴネて説得されましたし、心底、自分の体が犠牲になってどうにかなるものなら…と思いました。

>赤ちゃんたちの命の日(命日)と、出産予定日は1年365日の中で特別な意味を持つ数字であり日付になってしまいますよね。

そうですね。たとえ自分の誕生日や結婚記念日を忘れても、この日だけは絶対に忘れることはないでしょう。
端から見れば、まさに文字通り「死んだ子の年を数える」虚しい行為なのでしょうが、そうする以外に息子と娘を愛することができない気がします。

>揺り返し 激しく心が乱れても、波はまた穏やかさを取り戻す日もありましょう。
そしてまた、何かをきっかけに、全く突然に嵐が再びやってくる日も・・・。

毎日がその不定期ローテーションだと実感しています。ニュートラルに過ごせた日があるかと思えば、次の日にはそのことを責める気持ちが湧いてきたり。

いつか心がもう少し落ち着いたら、おかよ様のサイトやmixiコミュにもお邪魔させていただく日が来るかもしれません。
気にかけていただいた上に暖かいお言葉、本当に有難うございました。
Posted by 大道寺零 at 2007年01月16日 17:50
大道寺零様

はじめまして。
柳沢大臣の記事が検索にひっかかり、お邪魔しました。
年齢が同じ(70年の5月生まれです)ということ、男女の双子を後期流産されている(私は昨年10月に21週で、でした)ということで、色々読ませていただきました(生児はいません)。
ついでに言えば、第一子が女児であれば「双葉」という名も候補にあげていました。

私の場合は、18週にお腹の張りが強かったのですが、直ったと(私が勝手に)思ったとたん19週で破水してしまいました。
人工死産を勧められたのですが、なかなか踏み切れないまま21週にて、破水しなかったほうの子もあわせて自然分娩となりました。

大道寺さんのコメントにある「悲しみを癒すとか忘れるとかではなく、ずっと抱えて生きていこう」という言葉に共感を覚えます。
百か日も過ぎたというのに、つまらぬことで号泣する日もあります。
こんなことでは天国のあの子達に顔向けもできやしない、と情けなくもなります。

読み逃げ?も恐縮ですし、こんな人もいますということで、コメントを残していきます。
Posted by ふぅ&たぁママ at 2007年02月04日 17:12
>>ふぅ&たぁママさん

ようこそいらっしゃいました&コメントありがとうございました。
色々共通点が多く、とても驚きました(私も予定通りに生まれていれば5月生まれだったり…)

>お腹の張り

初めての妊娠なので、どこからが「張り」なのかがよく分からず、「とりあえず安静にしていればいいだろう」と様子見しているうちに大事に至ってしまったようでした。早く病院に相談しなかったのは今でも一番の後悔です。

>百か日も過ぎたというのに、つまらぬことで号泣する日もあります。

とてもよく分かります。
精神状態に不定期で大きい波があることを強く自覚しています。
先日も、辛い思いがこみ上げてきて一晩中眠れず、ただひたすら泣いてしまいました。
日常の中で楽しさを覚えたり、悲しみをしばし離れた状態になることもありますが、後からそうしたこと自体が、「あの子達に申し訳ない」と感じて倍辛くなったりもします。うまくいえないのですが、「辛さ」「悲しさ」の反対側に感情がふれたことに対して罪悪感を感じるというか…
そういう感じ方自体がよくないことだと思いつつ、要するに何をしても自己嫌悪と申しますか。
結局は「年を越したから」とか「もう●ヶ月も過ぎたのだから」というのは(自分には)何の意味もないことだと思っています。それだけ大きなものを喪失したことには変わりないのですし…

あれから、「テレビCMにはなんでこんなに小さい子が出てくるんだろう」と思っています。紙おむつのCMなどはもちろん、赤ちゃんや小さい子供が出てくるとどうもいけません。民放をあまり見なくなった自分がいます。

昨年10月では、いろいろご記憶も鮮明でまだお辛い時期でしょうに、コメントを残していただけて本当にありがとうございました。
よろしかったらそちらの天国の双子さんに、うちの子たちとたまに遊んでいただけますようお伝えくださいませ。
Posted by 大道寺零 at 2007年02月04日 22:07
こんにちは。
私は予定通りに生まれていれば6月生まれでした。
頂いたコメント、このような内容なのに不覚にも笑ってしまいました。

私は笑ったり楽しんだりすることは、あの子達に対しても良い事だ、と思い込もうとしています。自分達のせいで(本当は私のせいだけど)、母親が悲しむのを見るのは辛いだろうと考えるようにしています。
だけど、もし万一次に子どもを授かることができたときに、どういう風に考えればよいのか、自分の中で納得がいっていません。
あの子達抜きで「幸せ」になることに罪悪感を覚える感じです。
はて「幸せ」とは何ぞや?と改めて考えてしまいますが。

ベビーカーの乳幼児も、最初は辛かったのですが、最近はそれほどではありません。
不妊治療中のときは、妬ましくさえ思えたのですが、近頃は「うちの子達の方がかわいい」と思います。
ところが、双子にでくわすと、そういう訳にはいきません。
ホロホロと涙がこぼれるのにはビックリですが、そうそう二人用のベビーカーには遭遇しないので助かっています。

文章にすることで、多少は気も紛れるかと、ブログを始めてみました。
あの子達のことは、まだ十分には書ききれていませんが、もしよろしければお暇なときに覗いてやってください。
(とはいえ、今月から再び不妊治療を再開しますので、もしかしたらあまり目にしたくない内容があるかも知れません・・・。)
Posted by ふぅ&たぁママ at 2007年02月07日 20:29
>ふぅ&たぁママさん

レスコメント&URLを教えていただきましてありがとうございます。ちょくちょく寄らせていただきたいと思います。
治療再開ですか。それだけ体の回復が順調であったということは何よりですね。私も早く再チャレンジしたいのですが、帝王切開してしまったために夏まで具体的に動くことができず歯がゆい思いをしております。
私の場合は急変でアレヨアレヨのうちに何もかもが進んでしまい、これはこれできつかったのですが、ふぅ&たぁママさんのように、辛い予後を聞かされて判断をしなければならないという場面もまた大変だったことと思います。

>不妊治療中のときは、妬ましくさえ思えたのですが、近頃は「うちの子達の方がかわいい」と思います。

とてもよく分かります。これは同じ経験がある人でないと分からないことだと思いますが、流産や死産でも十分に(だからこそ、と言うべきでしょうか)親バカにはなれるものなのですよね。
私も、小さい子を見ると「うちの子(が同じ年になっていたなら)は、もっともっと賢そうで可愛いんだぜ!」と感じています。二人とも私と夫にそっくりだったので容易に子供姿を想像できるというのもあるかもしれません。

その一方で、「本来は今年は『ひな飾りと五月人形でじいちゃんばあちゃん大変だよ』となってたはずなのに…」と、ひな人形や鯉のぼりのCMにヘコんだりします…

>双子用のベビーカー

私たちも「高いけど、それ単体ですでに可愛いねえ」と妊婦雑誌を眺めていた頃を思い出してしまいます。
今まで街で遭遇したことはないですが、遭ったら私もヤバいかもしれないです…
Posted by 大道寺零 at 2007年02月08日 00:02
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