2006年12月04日

給食って教育なのだよ日記

今問題になっている「給食費不払い」をバリバリ助長するような記事。
書く人も書く人だが、載せるサンケイも載せる方だと…

【コラム・断】給食費という高い税金

 給食費の滞納や支払い拒否事例が問題となっている。確かに悪質なケースもあろう。だがマスコミ世論に追従するなら小欄の存在意義はない。先日、住民票の交付料をぼったくりと評した。たかが300円の話と思われた読者もいるだろうが、再び異議を申し立てたい。

 今回も具体例で語ろう。以下は都内A区立Z小学校の実例。学年により多少違うが5年生の場合、給食費が年間5万820円。その他、教材費として1万5000円が、修学旅行などの積立金として1万6500円が徴収される(中学になれば、さらに増える)。

 以上に2500円のPTA会費と520円の引き落とし手数料を合計すると年額8万5000円を超える。これに扶養子弟の人数分が乗じる。わが家の場合、こどもが3人。合計額は勤務先大学の年俸1割を超え、家計を圧迫する。恥ずかしい話だが、長男の修学旅行は断念した。正直、重税感を否めない。少子化は必然であろう。

 給食献立に選択の自由はない。宗教上の禁忌や健康食材に拘(こだわ)る家庭の意向も無視される。なぜ画一的な食事を強制されるのか。刑務所ではあるまいし。いや、刑務所なら食事は無料である。


…色々突っ込むところがありすぎてクラクラしてくるのだけど突っ込んでみる。
今回は長くなるなぁ〜。

まず最初に再確認しておきたいのは、「給食の時間」は、教育活動から分離された単なる「メシの時間」ではなく、「法で定められた義務教育活動の時間」「食べる事を通じた学習の時間」だということ。
学校給食法によれば、以下のような教育目標が定められている。

第二条  学校給食については、義務教育諸学校における教育の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。

一  日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと。
二  学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと。
三  食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること。
四  食糧の生産、配分及び消費について、正しい理解に導くこと。


「学習」であるから、ものすごく味気ない言い方になるけれど、給食は「教材」であり、給食費は「教材費」と考えることができる。潮氏はコラム内において、教材費には特にケチをつけてないわけだが、こう考えればどうなのだろう。もっとも「高ぇよ」と言い出すんだろうけど。

コラム内に出てきた給食費は、小学校高学年のものとしてはまあ相場である。
年間50820円=単純割で月4235円。
祝日、長期休みなども考えて、一月の要給食な日を大雑把に18日程度と考えると、単価は
235.3円
これには勿論公費からの補助が足されて実際の経費となるわけだが、主食、栄養バランスの考えられた副食、牛乳やフルーツ類などが盛り込まれた内容、その上食器洗浄などの手間も含まれる事を思えば、とても「高い」とは思えないのだがどうだろう。
少なくとも、弁当でこの値段で給食に迫るクオリティとボリューム、そして日替わりのバラエティを実現する事は難しい。給食には「温かいものは温かく、冷たいものは冷たく出せる」というアドバンテージもある。

身内に栄養士がいて、小中学校や定時制高校も渡り歩いて献立作成、栄養指導をしている。
単に献立を作るだけが仕事ではない。例えば「給食だより」の製作。このプリントを通じて献立表を知らせるだけではなく、メニューに使った食材のことや、成長に大事な栄養素、それが含まれている食品は何か…など、子供にも分かりやすく、絵や写真を交えて解説する。子供への教育という以上に、保護者へのアドバイスでもあるし、場合によっては、「旬」が分かりづらい現代に生きる保護者への「啓蒙」の意味も発揮する。
また、学校内の掲示物も作るし、ランチルームや教室に出向いて、食物や料理について教える、お昼の放送でメニュー紹介のも大事な仕事。「教育」なのだ。
こういう「学習」の効果は、実際にそのブツを食べながらだからこそ「へぇ〜」と響くという部分が大きい。
給食教育にとって、給食は「教科書」だ。
教科書が人によってバラバラでは授業にならないと考えれば、「原則として同一のものを用いる」ことによる教育効果は否定できない、と考える事もできる。
うちの市の小学校の給食は、センター方式ではなく、いまや貴重になった「自校炊飯」の伝統を守っている(センター給食育ちだったので実に羨ましい)。調理員や環境の管理はもちろん、常に食材の検討をするのも重要な仕事だ。さまざまな業者が製品サンプルを携えて来るので、それを試食して吟味する。たまにはそれが持ち帰りになるので、時々試食のご相伴に預かるのだが…

今の子供たちは幸せだ。
どれも、自分達の時代とは一線を画す美味しさなんだこれが。
献立表作成時のPC操作を、彼女に頼まれて指導する事があるのだが、献立もなまじのファミレス以上ともいえる。シャレたメニューもあれば、地域の伝統料理もある。それでいて各食の栄養バランスは勿論崩れていない。
また、月に数度の割合で、「選択献立」や「バイキングランチ」の日がある。
現実的な話としては、公費補助がある事業なので、残菜があまりにも多かったり、それが続いたりすると問題になってしまう。ので、「できるだけ美味しく」「でも子供の味覚に迎合しすぎず」「さまざまな食材を取り入れて」「足を出さずに」「栄養バランスのいい」献立を作らなければいかん学校栄養士もかなり難儀なお仕事だ。

コラムには「個別の事情が斟酌されない画一的な食事」とあるが、これも正確とは言いがたい。
児童へのアレルギー調査は事前に行われる。
昔は食物アレルギーについては認知度が低かったけれど、何しろ死に至る危険があるので、現在では特にきっちりされる筈だ。
食物アレルギーや持病の子はどうしているのか、と例の栄養士嬢に尋ねたところ、

・事前に渡した献立表を参考にしてもらい、食べられない日をできるだけ事前に申告してもらい、その日は弁当を持ってきてもらうようにしている(恒常的に持ち込み必要であれば勿論それも許可)
・もし「パンだけが×」のような日であれば、主食だけを持ち込みにすることにも対応している
・その他、事情に応じてできるだけ臨機応変に対応する。担任との意思疎通もマメにする


など、かなりマメな応対をしているとのこと。
宗教上の理由についても、申請があれば持ち込み対応(さすがに別メニューは予算上ムリ)など、現場は臨機応変に対応する。
「うちの子には有機無農薬食材しか食べさせない!」っていう場合はどうなのかまだ聞いてないが、多分そうねじ込んでくる保護者にも持ち込み対応が面倒くさくなくて現実的じゃないかと思われる。
本当は(給食に限らず)個別対応は大変なんだけどね…
どう大変かというと、生徒は純粋に「なんであの子だけ特別なの?」「どうして彼だけ僕たちと同じことしてなくてもいいの?」と疑問を抱く。アレルギーなんかであれば容易に説明できるが、誤解されやすい持病・宗教・信仰上の理由などのデリケートなものだと、本人に支障がないように説明するのがねえ。神経使う仕事なんだよなあ。
子供が差別的な感情を抱かなくても、親が過剰反応する場合とかあるし…

小中学校では、担任も一緒の教室で一緒の給食を食べるが、これも「学習指導」としてやってること(勿論給食費は教員も払っている)。
本当はメシの時間くらい開放されて、好きなものを食いたい時もあるだろう。でも大事な仕事なのだ。

一般にはあまり知られてないかもしれないが、校長や教頭は、給食開始の数十分前にその日の給食を食べる。
管理職特権ではない。「検食」という重要な仕事だ。
味やメニュー構成のチェック、「生徒が何を食べているのか知る」という意味合いも大きいが、色や味から安全性をチェックする…つまりは「お毒見」の役割がある。
「検食簿」に感想や気付いた事、またメニューへの要望やアドバイスなどを書いて記録とする。
実際には、人によって協力的かそうでないか別れる仕事らしいが。
もし検食をサボった日に食中毒なんかが出た日には、どえらい責任問題になっちゃうのだ。

これまた長くなるが、給食の教育目標に照らして、具体的な内容や意味を考えてみたい。

一  日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと


所得格差というよりは、「親の良識」レベル格差による食生活の崩壊は、起こっている家ではかなり凄まじい。実感できない方も多いと思うが、その方々はご自分の家庭の常識度が標準をクリアしているということだ。
現在、「朝食を取らない家が多い」「出来合いの弁当やジャンクフードで済ませる親が増えている」ということで、「食育」というキーワードがクローズアップされている。まあ朝から何か野菜もの一品食えれば理想だが、とりあえずはパンやおにぎりなどの炭水化物に水物程度でも、提供しているだけいいんじゃないかと個人的には思う。
「朝食にゼリー一個」「スナック菓子」となるとさすがに「おまwww」と思うが、現実問題、「給食の栄養を当てにして朝食抜き、夕飯はカップラーメン」などという親も少なからず存在する昨今、「朝食うだけでもマシ」って状況ではある。
そんな子供に「ホントはこれが『食事』なんだよ」と知らせるだけでも意味があるんじゃないかと。

また、「給食献立で初めて知る料理」というのもある。
「うちの子はこれが嫌い」と思い込んでいた食材が、給食のメニューで食べられるようになったり、普段母親が作らない系統のメニューを給食で知り、「これ作って」と子供がリクエストし、食卓の幅が広がる事もある。
子供の味覚は白紙のキャンバスで、何を食べさせるかによってその色に染まっていくものだと思う。
「子供だから」と、好みそうなものだけを作った結果、「コドモ舌」に仕立て上げてしまう事もあるのだ。
義母は以前小学校に勤めていたのだが、市街地の学校にいたときのこと。こんな田舎でも(田舎だからこそ、かな)、住んでいる場所によって「マチ」「田舎」の意識がある。古くからの「マチ」場に住んでいる人の多くは「ハイソな消費型の生活」への特別な意識が強い。義母が勤めていた頃は、保護者の中には「シャレた洋食系のメニュー」を家の定番にしていた傾向が強かったようだ。華のない、子供が一見して好みそうにない和食を敬遠する。作らない。当然子供もそう育つ。
納豆が出れば大半の子供が残す。焼き魚や煮魚の時も残菜が増える。
義母が普通に焼き魚の皮を食べていたら、「そんな気持ち悪いの先生よく食べられるね」「皮なんか食べるところじゃないよ」と言われて
愕然としたらしい。
そんなある日、メニューに味噌汁が出た。
豆腐とワカメとかの、何の変哲もない味噌汁である。
ところが一人の生徒が「美味しい!」と狂喜して、残っている味噌汁を全部お代わりして食べるほど気に入った様子だった。話を聞くと、「味噌汁なるものを初めて飲んだ」のだそうだ。これには義母も驚き、今でも食卓の語り草になっている。
子供は、大人が思うほど「コドモ舌」とは限らないものだと、私もこの話を聞いてつくづく思った。

ちなみに、義母の経験によれば、市街地学校の子供は、何だかんだと難癖をつけて献立を残すことが多かった(「古臭い料理は好まない」ことをかっこいいと思っている生徒多し)が、田舎のほうに行くと全般的に食欲旺盛で偏食の度合いも比較的少なく、煮物や納豆なども人気らしい。核家族と他世代家族(必然的にジジババの作る飯を食う機会が多い)の違いも関係しているだろう。

いずれにせよ、いくら栄養に関心の高い親であっても、おのずから「メニューの傾向」は定まってしまうのは仕方がないこと。「親の作らない料理」に触れる機会があるというだけでも、給食には意味があると思う。

また、「食の習慣」を身に付ける意味も大きい。
学校によって異なると思うが、少なくとも「給食当番」は、スモックやエプロンなどの「給食着」を着用し、他にマスクや帽子(あるいは三角巾やバンダナ)もつけて、配膳する前に手洗い・殺菌をする。
机や配膳台を拭く。手を洗う。
つまり、「食物を扱う際には衛生的に」という、当たり前すぎることなのだが、この観念を養うにも給食は効果的だ。
高校に勤めていて驚いたのだが、綿ゴミの散らばる廊下やトイレの前で座り込んで平気で弁当やお菓子を食う生徒が一人や二人ではなかった。それどころか、トイレの中でパンとか食ってるのまでいた。
「衛生・不衛生の概念」が無いとはいわないが、緩いんである。地べたに平気で座り込む連中も同様だと思う。
昔のように、汲み取り便所やドブ川など、「分かりやすい汚い場所」が少なくなってしまったせいかもしれない。(彼らもまた給食で育ってきたわけで、小さい頃にちゃんとしても無意味じゃんと言われればそれまでなのだが…)
まあ一方で、「他人の触ったパンを食べるなんてとんでもない!」「誰が使ったかわからない食器を使うなんて」という潔癖症も増えているわけだが…
「正しい(そしてある程度中庸な)衛生観念」の涵養のために給食教育ができることはまだまだありそうだ。

「全体量と配給人数を把握して、盛り分ける」「全体に行き渡るようにする」という地味な行為も、実は重要だ。
義母のクラスに、高学年にもなってこれが全然出来ない生徒がいたという。
栄養優良すぎて過多なその子の両親は、自営業で多忙だった。
子供に渡すには多すぎるお金を毎日「食費」として渡し、外食やスーパーの惣菜や弁当などを、好きなだけ食べさせていた。他の大人も、子供を不憫がって好きなようにさせていた。
ちょっと方法を誤って子供任せにしてしまった結果、「お金さえ出せば、食べ物は好きなときに好きなだけ取っていいもの」という認識が完全に根づいてしまった。
普通であれば、自分の分をセルフ的に取る場合、汁物などは全体量を見て常識的な量にする(最終的に余ればおかわりをする)、フライやデザートなどは「一人分2本」とか「一人1個」などの定量を取る。わけだが、いくら教えてもその子は、「好物の揚げ物やプリンは3個も4個も取る」「シチューやカレーはお椀から溢れるほどにてんこ盛り」で、指導するのが大変だったとか。前述のような状況+個食が完全に板についたため、「自分が余分にとれば他の人に行き渡らない」と考える事が出来なくなっているのだ。

他にも、スプーンや箸の正しい使い方や、食器の扱い、魚の食べ方、してはならない食べ方やマナー面など、枚挙に暇が無い。

食習慣として、「いただきます」「ごちそうさま」なんて基本的なものもあるが、「金を払っているんだから『いただきます』を言うのはおかしい」と頭の沸いたことを言い出す保護者がいる昨今、これすら素直にできなくなってるのは泣けてくる。
重い缶を運んだり配膳した当番へのねぎらい、給食室のおじさんおばさんへの感謝の気持ちというだけでもいいと思うんだけどねえ。
まあゼニカネの問題にしたいなら、世知辛いけど「給食費出してくれてる自分の親への感謝」でもいいよ。その場合、「補助金の源である税金を払っている大人の皆さん全部への感謝」もするべきだと思うが。書いてるそばから世知辛すぎて溜息出ちゃうけど。

二  学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと。

まあ要するに「同じ釜の飯を食う」ってことだ。
私と同世代↑で、食が細い・好き嫌いが多かった・食べるのが遅かった方は、よく「昼休みに教室に残されて担任とマンツーマン状態で食わせられた」思い出があったりして辛い思い出ばかりという向きもあるかもしれないけれども…
(流石に今はほとんどやらなくなってるそーです)
隣の子の嫌いなものをこっそり食べてやって感謝されたり。
笑わせ屋なヤツに牛乳吹かされたり、牛乳飲むのにタイミング計ったり。
吹いた後の牛乳拭いた雑巾をうっかり放置して大惨事になったり。
今思うと楽しい思い出なんだよなあ。

また、他の人の持ち方を見て自分の変なスプーン・箸の持ち方を直したりとか。
「他人とメシを食う」って、実はけっこうパワーがいることで、大人になっても苦手意識を持つ人もいる。小さいうちに身につけておくと後が楽なんじゃないかね。

まあこれは弁当ではできないってことではないとは思う。
給食の思い出を大人になって「あるあるwww」と語ったり、地域の違いで盛り上がれるのは給食ならではだが。


三  食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること。


これは指導者側の話なのでここではスルー。

四  食糧の生産、配分及び消費について、正しい理解に導くこと。

学校給食の大きな潮流の一つが「地産地消」で、総合学習ともリンクしていて、「うちの町では何がどのように作られているのか」「普段食べている物はどう育てられていてどんな原型なのか」を、農家の協力で現地訪問させてもらったりして成果を挙げているようだ。
便利になりすぎて、大人ですら「旬」や「原型」を把握してない人が増えた現代では、上でも書いたように、保護者への教育という意味も含むことである。

しかしまあ、「刑務所のメシ」と同列に扱うって神経もすごいな。
「刑務所の食事は無料」とあるが、それ全額税金。
犯罪に縁のない一般市民が強制的に払わされているわけで、むしろそっちに重税感を持ってくれと。
ちなみに、女子刑務所では一日400円・男子刑務所では1日500円程度が相場らしい。
クサイ飯の実態 (M'z・style)」によれば、収容者に「嗜好調査(好きなメニュー嫌いなメニューのアンケート)」を実施して内容向上に勤めており、費用対クオリティは悪くないらしい。その費用で労働カロリーを賄えているのはすごいもんだ。

海外では弁当が主流である。欧米では無料給食や、帰宅させ昼食を取らせる学校も少なくない。一部希望者だけが有料の給食を利用する。

↑の部分について。
昼食の時間が大きく確保され(特にシエスタのあるスペインなど)ており、「家に帰ってゆっくり昼食」の習慣が根づいているヨーロッパなどと比較すること自体意味がないと思う。
そもそも、家に帰って食べるとしても誰がメシを作るんだ?
子育て時代は共稼ぎを余儀なくされる家庭が多い。専業主婦は何かと叩かれる世の中。
ばあちゃんに作ってもらう?どこの家も2世帯同居な訳じゃない。
少子化による生徒減少で、どこでも学校の統廃合が進み、学区がバカみたいに広くなっている現状を考えれば、どう考えても現実的な案ではない。
それに、週休二日制によって逆にギツギツになっている日々の時間配分。昼休みも縮小傾向にあるのだが…

「無料給食」費用は刑務所の食事と同様税金に添加され、「強制重税化」になるわけだ。もしそうなった場合、「うちの子供は学校を卒業したのにまだ払わされるのか」って言い出すんじゃないのかこの人。
欧米では、持参のほかには学食カフェテリア形式や購買で軽食を買うのがスタンダードかな。まあ日本の高校もそんな感じだ。
元々日本の学校給食は、「経済的にまともな昼食をとれない子供のため」にスタートしたもので、その役目を終えたといえば終えたとも言える。だから任意給食にするのは、財政的にも学校業務的にも楽にはなる。
しかし再び所得格差が広がった状況、そして所得以上に保護者の良識レベル格差が広がった現状では、平気で昼食(多分朝食も)を抜かせる親、ジャンクフードやスナックを持たせる親が出てくる場面が確実に出てきそうだ。
それが身体発育に重要な小中学校の時期ということを考えると、それってもはや虐待にすら思えるな。
また経済的にきつい家の子が始終空腹だったり、劣等感を感じて弁当隠しながら食ったりとか…って、学校給食が解消したかった状況に戻りそうなんじゃ?


なぜ給食でなく弁当では駄目なのか。関係組合が反対するからか。


この人は結局これを言いたかったんだろうけど、残念ながら、給食廃止→弁当な流れでいち早く猛反対するのは保護者(母親)様ご一行ですから!!
この人んちは3人分だからそうでもないかもしれないが、弁当って高くつくし、入れるものも大体定まってしまって、とても給食のようなバラエティ構成はできない(何しろ汁気の多い物は詰められないという宿命がある)。
どう頑張っても給食のコストパフォーマンスや栄養バランスは実現できない。それは手作り弁当だけでなく、コンビニやら購買でメシを買っても同じことだし、学食で給食なみの出費で抑えようとすればせいぜい麺類やカレーくらいしか食えないだろう。
うちの市でも財政事情により中学の自校炊飯給食が廃止されたのだが、その時も実際に保護者から「手弁当」への反発は猛烈だったと聞く(結局民間センター委託の仕出し弁当になったが、量的に不満が多く出ているとか…)。

それにしてもこの人、帝京大学短大助教授にして、評論家活動・著作活動もしてるわけなんだけど、こんな形で薄給を嘆かれてもなあ。
文章を額面どおりに読むと「大学での年収255万円以下」らしいけど、それにしたって修学旅行くらい行かせてやれよ親父よ。
まあ実際、経済状況が理由で修学旅行を断念せざるを得ない話は最近増えてきているので、不参加をもって批判する気は無いが、1割程度の出費ならどーにかしてやれよと思う。教育費係数がもっと高い家でも、子供の一生に一度の思い出のために頑張ってる親は一杯あるけどな。
言ってみれば、「行かせてやれるのに、自分の持論のために行かせない親」だ。
長男を行かせなかった手前、きっと下の二人も行かせてはもらえないだろう。
職業柄、よく修学旅行のことが話題に上る我が家にあって、修学旅行の無い母校だったばっかりに寂しい思いをしている身としては、鬼親としか思えない。



posted by 大道寺零(管理人) at 18:37 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
実際に給食を食べている頃は、給食にもお金を払っているなんて微塵にも考えていませんでした。。。( ´・ω・`)
私の場合、給食で、学校に生っていたキウイや自分達で育てた野菜が出てくることが多かったので、何だか褒められているように感じたり、自分でも育てることができるんだ!なんて嬉しい気持ちになったことを覚えてます(^ω^ )
給食って、配る当番があったり、皆でいただきますを言わないと食べれないなど決まりがあるけど、どれも大切なことですよね。
私の高校では、まさに「命を考える」的な授業があって、その中には1クラスで学年全員分の昼食を作るなどがあります。
調理の難しさはもちろん、大量の食事を作る大変さを思い知って、「給食のおばさんはなんて偉大だったんだ…!!」なんて思い知らされることもしばしば。。。
今更給食食べたいと思ってしまいました(*´ω`)
Posted by yukiru at 2006年12月04日 20:59
 神戸では給食制度は小学校だけで、中学から弁当持参になるんですが、うちの母親が本当に毎朝怒っていました。作りたくないって。前日の残り物プラスα程度なんですけど、それでも弁当作成作業がなければ彼女は朝起きなくて良いわけです。毎朝こづかれながら弁当をもらうのが心の底から嫌でしたね。
でも、小学校の給食もおいしくなくて嫌でした。当時はまだ米飯がなかったので、ひじきの煮付けとコッペパンとかいう組み合わせが普通でしたし、コストを考えると仕方がないと今はわかりますが、化学調味料の味がわたしはダメで。

 しかし、この記事で給食制度の色々なことがよくわかりました。
 サンケイはああいうカラーの新聞社ですから、こういう変な記事を出すのもさもありなんとも思うのですが、いくらサンケイ支持者でもこの記事は腑に落ちないようですね。どうもこの人は
「ただひたすら文句が言いたくて、文句を言うネタを探し回っているだけ」
のような感じがします。
Posted by Felice at 2006年12月04日 22:47
もし給食がなくなって、毎日お弁当となったら
「スマン、自分で作ってくれ」とか
「スマン、コンビニで買ってくれ」とか
新聞ネタになりそうな親になりますよ、自分。
小学校の給食献立予定表をみると、本当に自分のころには考えられなかった食材で、みているだけで涎が出ちゃいます。
実は我が家の給食費(教材費等その他諸々も)は六年前の失職時にもらった失業保険を手つかずにしておいて、そこから引き落としています。この計算で行くと、中学卒業時までなんとかなりそうです。
それくらい「安い!!」実感があります。てか、それくらい収入ない自分ちでも、なんとかできますから...
修学旅行くらいはなんとかしろよ〜です。
Posted by ido at 2006年12月04日 23:33
安い!一食200円程度とは商売やってる身で考えるとあのメニューで激安!つーか払ってない親に限って自分らはいい車とか乗っていそう・・・子供のメシ代くらいは黙って払いたいものです。うちの娘は給食超ウマイ!とかなり毎日楽しみにしています。払わない人がいるせいで原価かけられなくなってメロンが冷凍みかんになったという話も聞きました。払わない親は自分だけだったらいいけどこっちにも迷惑です。
Posted by manabu1207 at 2006年12月05日 02:18
ウチの家内の親父が小学校の校長やってたんだが、土曜に一緒にメシ食ったときに、給食費払ってないヤツいたかストレートに聞いてみた。
そしたらやっぱりいたと。
そんでその家に徴収に行ったら、絵に描いたような仕事しない酒飲みのぐうたら親父が出てきて、家の中は散らかり放題だったそうな。
あまりにもステレオタイプなダメ親の話だったんでで、オレはホントかよ?とも可笑しくも思った。
結局こちらは支払ってもらえたそうな。
教等〜校長の頃は行きたくないけど行かざるをえなかったって。

そんでウチの妹が学童保育の仕事してるんだが、その月の保育料を1人だけ締め切りを無視して月末ギリギリに支払う親がいると。
んでその親が今月で学童やめさせると言ってきたと。
その理由は一番上の子供の大学進学の費用で、学童の余裕が無いっつー話だったんだが・・・
この学童に行ってる子はウチのセガレと保育園で一緒だったんで、その親のことは少なからず知っているのだが、その親の着ている服とか装飾品とか見てると、オメェらの贅沢を止めれば十分にやれるだろうが!と思ってしまうわけですよ。そんくらいひでぇ、見た目が。まぁ見た目だけかも知れないが。
ちなみにこの親、小学校のPTA副会長なそうで。
Posted by eng at 2006年12月05日 07:06
子供が小学校行ってすぐの4月に
指折り数えましたよ年間給食日数

177日しか給食が出ないのには
ちょっとがっかりしましたよもう
毎日出してほしいと、学童もできればぜひ、と
願うばかりです。
給食はママの福音ですよぅ・・
心無い親ごさんは本当にねえ・・
Posted by napo at 2006年12月05日 09:04
>yukiruさん

ユキちゃんにとっては、給食はまだ比較的新しい記憶だと思います。自分達で作ったものを食べるのは得がたい経験ですよね。私が小学校の時も、5年生でお米を作って餅つき、6年生でサトイモを作って芋煮にして食べました。楽しかったなー。

>1クラスで学年全員分の昼食を作るなどがあります。

面白い企画ですね。
最近は色々機械化されたとはいえ、計量や下ごしらえ、大きな鍋やフライヤーを使って大量調理するのはかなりの重労働。腱鞘炎が職業病の調理員さんは多いらしいですよ;

>Feliceさん

毎朝のことですから、Feliceさんも精神的にキツかったでしょうね…
米飯給食が登場したのは、私が小学生中盤だったので、微妙にズレているかもしれません。
和食風のおかずとパンって合わないんですよね。現在は米飯の日がパンと同じかそれより多いくらいみたいです。
パンも、私の頃はあんまり美味しくなかったな〜。今はマジでうまいです。
最近はキーマカレー&ナンなんてメニューもあったり。この冷凍ナン、うちでも購入しましたけどめちゃうまでした。

>この人は「ただひたすら文句が言いたくて、文句を言うネタを探し回っているだけ」

相方の受け売りで恐縮ですが、「典型的な新自由主義論者(公的サービスを否定し、「とにかく国や自治体は何もしないのが最善」というような持論)」だなあという感じです。
この人は文句を言いながらも給食費は払っているのでタダ食いじゃないわけですけど、タダ食い親に「ホラ私は正しいじゃない!」と妙な勇気を与えるには充分な内容だと思いますね。

>idoさん

家庭事情が多種多様な現代だからこそ、給食は多くの人に恩恵が大きい制度だと思います。
コンビニで300円で昼食買う…ってなるとせいぜいおにぎり(パン・サンドイッチ)+飲物
とか、ミニ弁当くらいのもんですよねー。

>修学旅行くらいはなんとかしろよ〜です。

この人のお子さんが、「親のせいで浮いてる」ような状況じゃなければいいんですけどねぇ…

>manabuさん

給食費は実質食材費ですね(施設管理費・光熱費などは市で負担なので)。でも安いですよねー。

>払わない人がいるせいで原価かけられなくなってメロンが冷凍みかんになったという話も聞きました。

まさに各地で問題になってるのがそれですよね。
ダイレクトにタダ食いされる、「ちゃんと払ってる保護者」は勿論、税金補助をタダ食いされてる全納税者はもっと怒っていいと思うな〜。
既に食券制とか、不払い蓄積給食停止措置に踏み切った自治体もあるようです。

>engさん

>ステレオタイプなダメ親

実際ホントに、笑っちゃうくらいテンプレなダメ親っていますよ。
酒もそうだけど、最近はパチで堕落する農家・自営系の父親多いっぽいわ。っつーか昔問題行動で家庭訪問した家のオヤジさんがまさにソレだったわ。

>自分は贅沢してる親

なんというか、「子供のために自分の生活レベルや趣味・ファッションにかける金を削りたくはない」って人が増えてますね、確実に。
あと、給食費とかを払わない家に限って、子供の携帯代が月○万とか。

>ちなみにこの親、小学校のPTA副会長なそうで。

ああ、それ、間違った特権意識の源になってるかもしれないですね。「PTAの仕事いろいろやってやってるんだからそのぐらいいいだろ」みたいなね。

>napoさん

指折り数えましたか〜w
週休二日・長期休み・行事を考えるとそんなもんかもしれないですねー。
Posted by 大道寺零 at 2006年12月05日 11:11
給食未払いの話になる度、旦那が横で「そういう親の子には食べさせなきゃいい」
と言ってるのを聞いて
(う〜ん・・・極論、そうなんだけど、そうじゃないんだよなぁ〜)と思ってましたが、
>給食も義務教育の一部
>給食は教材
そうか、そうか私の違和感の訳が分りましたよ。
目から鱗ですよ、姉さん!

他人の味を知る、他人と同じ飯(同じ釜の飯って言ってもいいかも)
を食べるって本当に子供にとってカルチャーショックだし大きい経験なんですよね。
昔なら「ばーちゃんの煮物と母ちゃんの煮物は違う。」
「近所の○さん家に遊びに行った時出されたおかずは甘め」
とかそういう経験もあったんでしょうけど、今はそういう経験も少ないし。

何より子供同士で食べるって本当に影響大で、家庭とは違った緊張感と驚きがあると思うんですよ。

いや、何よりコラム書いた人、自分家の子供と話ししてないな。


Posted by あんもないと at 2006年12月05日 12:14
横浜の小学校を訪問する機会があって、先生達といろいろお話ししたのですが、
給食の実情に驚愕しました。

給食費未納者があまりにも多く、かといって未納者の児童に食べさせない訳にもいかず、
献立がご飯、味噌汁、魚(半身)のみでも大幅赤字で大変とのこと。
育ち盛りの子供が修行者のような食事で大丈夫なのかと質問したら、
「学校に来ている間は給食という昼食があるからまだ良いほうなんです。土日祝日、夏休みになると両親共働きにより昼食を食べる機会が無い児童が多いんですよ。」
との返事が。

いろいろ地域格差があるけど、給食に関しては庄内地方は恵まれた環境だなあと実感しました。

私の地区の小学校は早い時期から給食費を口座から引き落として徴収しているらしく給食費問題は心配ないようでしたが、鶴岡では徴収時期が遅いらしく、未納者が増えてきて問題になっているようです。
Posted by YO7 at 2006年12月05日 19:55
>あんもちゃん

>「そういう親の子には食べさせなきゃいい」

実際は私もそれしかないと思うんですよねー。
しかしそういう家の親に限って、それはそれでファビョってくるんだけどさー。
「給食=教材」はあくまで私の解釈なので、一般化できませんけど(実際小学校の頃から弁当という私立とかもありますしね)、教科書は同じ方が学習効果があるとは思うんですよね。

>何より子供同士で食べるって本当に影響大で、家庭とは違った緊張感と驚きがあると思うんですよ。

ですねえ。私も給食食ってみて初めて「自分は早飯食いだ」ということが分かりましたし。
多数の他人と一緒に食卓を囲むのが苦手な性格の子もいると思いますが、実際社会に出ると必要な社交性の一つですからねー。

>いや、何よりコラム書いた人、自分家の子供と話ししてないな。

まったく同感です。自論に子供(多分奥さんも)を従わせてる感じがします。「子供が学校生活で何を楽しみにしてるか」って把握してるんですかね。もっとも小さい頃から仕込まれて、「給食や修学旅行なんてボッタクリの無駄」と思ってるかもしれませんけど、それはそれでまた別レベルの気の毒さだなあと思います。

>YO7さん

>「学校に来ている間は給食という昼食があるからまだ良いほうなんです。土日祝日、夏休みになると両親共働きにより昼食を食べる機会が無い児童が多いんですよ。」

都市部では、不払い問題により給食弁当選択制が増えている一方で、「朝も給食」の検討がなされている学校がありますからね…
空腹で倒れる児童がいたり、飯を食わせてもらえない子を不憫に思って、校長先生がこっそり残ったパンを与えていたりした話を聞きます。
秋田の某容疑者の娘さんもそんな食生活だったらしいですね。最後の食事がカップ焼きソバだったとか…
小中学生が一汁一菜給食はきついだろうなあ…

>給食に関しては庄内地方は恵まれた環境だなあ

自校炊飯の伝統もありますし、米・野菜の地元生産者の方も提供価格の面でサービスしてくれてますしね。ありがたいことです。今後財政的な問題でどう転んでいくか分かりませんが、今のところは充実した内容だと思います。
何しろ鶴岡市が学校給食発祥の地ですからね〜。そういう自負も影響してるのかなと。
でも鶴岡でも未納問題出てきてるんですね。うーむ。
Posted by 大道寺零 at 2006年12月06日 17:14
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