2006年12月05日

葬式で驚いた日記

遡った話になるが、10月下旬に同居の義祖母が急逝した。
享年92歳だった。
前日ショートステイに行き、夕方帰宅。
高血圧が持病の祖母が、その日は血圧がかなり低かったという事がチェックされている。しかし昼食は補助なしで全部平らげたという。食欲はその前2,3日ほども旺盛で比較的良く食べていた。帰宅時顔色が悪く、その後ぐったりした様子になってきたので義父がかかりつけの医師に電話。すぐ看護士さんにきてもらい、肺炎の疑いがあるかも?ということで入院となった。
次の日、原因不明の貧血が起こっているということを知らされ、大きな病院に運んで精密検査入院してもらうかどうか…を家族で相談していたら、その深夜、入院中のクリニックから電話。徒歩で5分もかからない距離。急いで家族を起こして走ったが、駆けつけた時には既にバイタルグラフは平らだった。

死亡確認後、体をキレイにしてもらい、できるだけ早く家に帰す算段をしてもらう。真夜中なのに手を尽くしてくれて、主治医と看護士さんには頭が下がりっぱなしだ。
このかかりつけ医は、前日時間外にも関わらずすぐきてくれて入院措置をとってくれたし、普段も今時珍しく往診してくれる良心的なお医者さんで、大いに助かっている。

10年以上前になるが、母方の祖母が自宅で亡くなった時は不憫だった。
息絶えたのは未明。比較的近所のホームドクターに連絡をしたのだが、医師会のレジャーで近場の温泉に行っており、朝食の後に出かけると事務が返答。待ち続けて、途中何度も電話したが、到着予定の時間は遅くなるばかりで、昼も1時を回ってからようやくやって来た。
医師の正式な死亡診断と手続きがないと、遺体を動かす事すら出来ないのでやきもきしたものだ。
今回はそのようなことがなく、迅速に家に連れ帰ることが出来たのは何よりだったと思う。

明後日に通夜、次の日に本葬となった。
葬儀の形式や手順は、地域や宗派によって大きく異なる。
酒田の葬式は、一般的に見て盛大、長時間の部類に入ると思う。
私が実家で経験した葬式とは色々違っているとは感じていたので、「次に何かあったら仕切らなければならない長男の嫁」としては、この機会に色々勉強して覚えておかなければ(それに、他の葬式に行く時に恥をかかないようにという意味もあるし)と、少し気合を入れて打ち合わせにも積極的に同席した。
我が家では以前に義理祖父の葬式を出しているのだが、その時の参列者リストや大まかなマニュアルを義母が把握していたため、色々とスムーズに進んだ。正直なかなかの仕切りで、私の中での義母の評価が高まった数日だった。

通夜や葬儀はすべて、契約している互助会業者のセレモニーホールで行った。
通夜の夜は、私と相方・私の実家の両親・東京から来た叔母夫婦と従兄弟がホールに宿泊。想像以上にいたれりつくせりの施設で感動した。
風呂場に液晶テレビまで付いているとは思わなかったなー。

さて、本題の「驚いた事」なのだが。
本葬でお経をあげに来た和尚さんは、菩提寺の方+2人の3人ユニット。
このうち一人の方の読経が、どこからどう聞いてもホーミー。音声参考
もうホントにホーミーなの。
あの独特の揺らぎが、数日ろくすっぽ寝てない体にじかに作用して、睡魔との戦いは実に激しかった。っていうか正直数分負けた。

もう一つは、地域に「念仏講」というものがある。
奥さん(年いってる人が多いが)方が集まって作る、寺付きのサークルみたいなもんなのだが、月1回ほど練習の集まりをし、地域で葬式があるときには出かけていって念仏をしてくるのだというが、今ひとつイメージできなかった。
しかしこれが大変なものだったのだ。
まず通夜前、出棺の時。
庭に念仏講メンバーが揃い、独特の鈴を鳴らしながら念仏(お経というより、それらしい歌詞の歌。ご詠歌に近いか)を歌って、棺を送り出してくれる。
そしてその夜、通夜にも来て同様の念仏を歌ってくれる。
のだが!
これが長いんだ!!
1曲自体はそうでもないんだが、歌本をめくりながら、何曲も歌うのだ。
もうフルアルバム。
実に50分近くの時間。


待って待ってちょっと待って。
私、もうちょっと年とったらゆくゆくはコレやるんか〜〜〜。

こんな組織があるって全然聞いてないぞ相方よ。
結婚前とは言わないが、せめて同居検討した時に教えろよ。重要な情報じゃないかよ。
そんなことを思いながらの50分。

ちなみにこの方々、次の日、本葬の後の火葬の際、棺を釜に入れる際にも来てくれて送りの念仏。
一つの葬儀があると3回出動しなきゃならんのか…
た、大変だ…

ちなみにこの火葬場、夏に子供たちを火葬したのと同じ場所。
焼く場所が3つあるのだが、多分子供たちが入ったのと同じところのようだ。
あの時は私はベッドの上だったから、ようやく来れたことになる。
不謹慎だが、祖母を送りながら、別の感傷に浸っていた自分がいる。

焼けるのを待つ間、喫煙組はベランダでふかしながら雑談していたのだが、叔父がかがみこんで何かを持っている。
聞けば、いきなりガラス窓に小鳥が激突してきて即死した模様。
だ、誰が殉死しろと…


火葬終了後、バスでセレモニーホールに戻り、後七日法要+施餓鬼法要。
施餓鬼法要では、見慣れない五色の幡が吊り下げられ、お膳や色々な食べ物がずらりと並べられる。
それに加えて、係員が金魚鉢のようなものを持って来た。
「ようなもの」じゃなくてマジ金魚鉢だった。
中にはしっかり生金魚が泳いでいた。


金魚ーーーー???
金魚を何するの????


隣に座っていた義弟と小声で異句同音。
「の、飲むの??」
「人間ポンプ??」


結局お坊さんがパフォーマンスを見せる事もなく、供物の一つとして扱われる。

あまりに驚いたので、法要後の食事会で伯母に尋ねたところ、
「本当は生きた魚なら何でもいいの。昔はドジョウなんかも使ったのよ」
とのこと。

調べてみたら、やっぱり驚愕するのは普通の反応らしく、以前河北新報でも記事になったりしていたらしい

全体的に見て、他の地域よりもお経が長いと思った。
何かにつけてフルバージョンだなという印象。お寺で正座だったら耐えられなかったかもしれん。
でも、義父の納得いくような形で、立派に送ってあげることが出来たと思う。
今は四十九日も終え、家の中も落ち着いている。
祖父がなくなってから10年。寂しい中よく頑張ったなあと感じる。
祖母の入浴やら下の世話やら選択やらというヘビーなところは義父義母任せで、私はせいぜい夕食の用意や配膳くらいしか役に立てなかったが、家族で協力しながら、やれることはやったと思っている。

92歳は世間的に見れば充分に長生きだ。
つい「92歳だし、大往生」と言いたくなるところだが、自分の親に置き換えてみれば『私が死んだ後も元気に生きて欲しい』と思うのだから、義父の気持ちを考えれば、「92歳まで頑張ったんだから…」という言葉は控えるようにしている。


posted by 大道寺零(管理人) at 12:19 | Comment(13) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
おばあさま、お亡くなりになられていたのですね。ご愁傷様でした。
亡くなられたあとの、一連のことなどは、私の父が亡くなったときのことを思い出しました。いろいろやらなくては、いけないことがあり、悲しむどころではないというのが、初めて実感できました。うちの場合も、葬儀社の方のおかげで、本当にいろいろ助かったなと思いましたし、あと、最近のお寺って、明朗会計なのねーと、びっくりしましたし、正直助かりましたねえ。

大道寺さんの、書かれた最後のところ、じーんときました。みなさんのやさしさに見守られて、おばあさんも、本当にしあわせなご生涯だったと思います。
Posted by okapi at 2006年12月05日 13:18
念仏講ね。
ウチの実家の方でも八日念仏といって、の祖母もいまだに月の8日になると出かけていきますな。
ウチの母もメンバーに加わる歳にはなってるんだけど、膝が悪くて長時間の正座ができなくなったんで、祖母で参加すんのは終わりかな?とも思いますわ。
譜面みたいの見ると不思議で面白いんだよね、アレ。

最近は念仏講付きの葬儀に参加したことが無いなぁ。10数年前に同級生の葬儀んときが最後だな。
長時間の葬儀は苦痛っていえば苦痛なんだけど、悲しみを誘う演出としての念仏講は、優秀なのかも知れないなぁとも思ったり。
Posted by eng at 2006年12月05日 17:11
酒田の葬式は鶴岡と比べて、外に飾る花輪の本数が多いですね。
うちの地域だと花輪はみんなに分けられないから、生花か果物等の盛かごのほうが多いようです。

>本葬でお経をあげに来た和尚さんは、菩提寺の方+2人の3人ユニット。
この人数は菩提寺の和尚様との交渉や家の事情などで人数が変動するみたいです。
うちの爺さんの葬儀は菩提寺+3人でしたが、弟の葬儀のときは菩提寺+1人でした。
和尚様に支払うお金だけで結構な金額になるので、和尚様の人数を減らして出費を抑えたいという親父の気持ちがよくわかりました。
神道だと神主が一人来て菩提寺の和尚様1人に支払う金額の1/3で済むので、いろいろ思うことがあったりします。

念仏講だか御詠歌だか忘れましたが、親戚に行ったときは参列者に本を配布して全員念仏を唱えるハメに。
南ァ無阿弥陀〜仏、南無阿弥〜陀ァ仏、南無阿弥陀〜。
練習すらしたことないのに、急なことで驚きました。

金魚やドジョウはうちの地域でも使います。うちの場合はお椀にいれてました。
Posted by YO7 at 2006年12月05日 20:40
>okapiさん

ありがとうございます。うちの場合、喪主がアサッテの方向にチャカチャカしててドッシリしててくれないものですから、義母と相方と私で頑張ったつもりです。書いた以外にも、初めて知る風習が多くて「へぇ〜」の連続でした。
とはいえ大体が葬儀屋さんまかせで助かりまくりでしたが、それなりにやること色々あって、でも葬儀ってそれで気がまぎれていいのかもしれないですね。

義理の両親ならともかく、祖父祖母となるとどこか遠い存在で、純粋に死を悲しむというよりは、どうしても夏の事ばかり思い出してしまって切なかったです(まことに不謹慎ですが)。
基本的に、義父の満足できる形で送れてよかったなと思いますね。

>engさん

>譜面みたいの見ると不思議で面白いんだよね、アレ。

邦楽系の譜面って、独特のルールがあって面白いですよね。そのうち自分がそれを覚えて歌う身になると思うと、正直自信ないわけですが。
念仏講も、田舎のほうが残ってて地域差あるみたいですね。

>長時間の葬儀は苦痛っていえば苦痛なんだけど、悲しみを誘う演出としての念仏講は、優秀なのかも知れないなぁとも思ったり。

長時間とはいえ、こっちは椅子に座っているのでいいのですが、念仏講の人たちは持参の薄縁に座りっぱなしなので大変だと思いましたねえ…
念仏の人たちが持っている鈴の音がキレイで冴え冴えとしながらもすごく切ない響きなんですよね。歌詞も平易でストレートに死者を送る内容だし、特にひねくりまわさない謡い方が余計にぐっときますね…
焼き場で念仏流れた時は、さすがにこみ上げてくるものがありました。

>YO7さん

>酒田の葬式は鶴岡と比べて、外に飾る花輪の本数が多いですね。

男性の場合、お勤めしてた方だとそうですね(特にお仕事現役で亡くなった方とか)。
祖母の場合は外に勤めていたわけでもないので、今回は花輪はせずに、親族から夫婦単位で生花をたくさんいただきました。缶詰盛り籠も2,3ありました。
最後の会食後にセレモニーホールのスタッフの方から分けてもらって、参列者の方々にお持ちいただきました。

お経を上げる人とコストの関係は仰るとおりですね。
戒名代などを含めて、あちらから明朗請求なのでけっこう助かりました。

>金魚やドジョウ

調べてみると、放生会なんかで川に放したりすることもあるようですねー。
いやホントびっくりしましたよ。
Posted by 大道寺零 at 2006年12月06日 17:45
お経とホーミーの謎と、インド仏教の謎、日本の神話の謎、モンゴルのフーミンの謎 神と紙と髪と上と守の謎

5年の歳月をかけて調べた内容が上記の事でした。
2009/4/ 現在 37歳 
私が高校の時にお経とホーミーは同じ位置にあると直感はしていました。
32歳の時にホーミーができることに気がつきました。
脳がしびれタバコが止めれたのには驚きです。
Posted by 謎の超音波男 at 2009年06月28日 02:40
>>謎の超音波男さん

ナイトスクープにご出演なさったご本人でいらっしゃいますか。驚きました。コメントありがとうございます。
ホーミー和尚さんにお会いしたのは本葬儀の時のみ(菩提寺ではなく応援でいらっしゃった方だったので)なのですが、法事のたびにもう一度あのホーミーお経を聞きたいなあ…と思ってしまいます。
Posted by 大道寺零 at 2009年06月29日 14:39
本人です。
驚かんでください(笑)

俺を呼んでくれたら、世界最強の咽笛を披露してあげるよ!








Posted by 謎の超音波男 at 2009年07月04日 11:40
ホーミーの事を調べる事になり、超音波が出ていたので探偵ナイトスクープにでたりと、
自分なりに調査をしているうちに、上記でもの述べている

お経とホーミーの謎と、インド仏教の謎、日本の神話の謎、モンゴルのフーミンの謎 が解明されてきました。

簡単な話、モンゴル国では6000千年前にさかのぼると、宇宙の守護神とフーミン(ホーミー) と呼ばれていたようです。
さらに、モンゴル国では フーミン(喉笛)ができる者の仲にオルツェの血筋がフーミンが最強であるとされています。
さらに調べることに、インド仏教と思いきや 実はネパールが仏教の故郷であることをつきとめ、神戸にあるインド料理店をまわりながら、ネパール人を探すことにしたら、ネパール人に遭遇し、阪急の豊中の駅のインド料理店のネパール人この人はたまたま仏教徒だったので、二人に仏教のことについて聞いてみた、
実は、俺のホームページの内容のプロフィールの 高音と中間と低音のホーミーと紹介しているが、
いずれも超音波が世界中 右に出るものはいないくらいの超音波をだす。160KHZ以上
Posted by 謎の超音波男 at 2009年07月04日 11:41
さらに、日本の牛頭天皇の出身を調べると、なんとモンゴル国らしく、
私の直感では 牛頭天皇はモンゴルのオルツェの血筋である可能性が高まってきた。

インド仏教の謎は、ネパール人たちに聞いてみたらすぐ謎が解けた!
アショカ王がインド統一の時にたいりれょう虐殺をしたため、罪の償いをするために
ネパールにあった仏教をアジアに広めたとされている。

牛頭天皇の謎は、藤原の鎌足の息子が島根県にある出雲大社を三重県の伊勢神宮に移した。
この話は、「日本古代正史」によって 詳しく書かれている。

実は、ホーミーでなくモンゴル国ではフーミンと言うのが正しい。
フーミンと、仏教と、牛頭天皇の共通点をしらべたら なんと「宇宙の守護神」が共通点にでてきた。
さらに調べてみると、神と紙と髪と上と守 の漢字には共通点があっる事に気がついた。

さて、神について説明をするが、
上記の内容は、勿論 ホームページに公開をしていくつもりだが、
八百万(やおろず)の神の真実〜 
この話は、人類が60億人いるならばすべてが神の一部であるといった考え方である。
心理学者 カール・グスタフ・ユング の集合無意識と同じ話であるし、
PMAプログラムの中にも無限の叡智の話がでてくる。
勿論、漢字では 精神とか神通力など使われる。 仏教用語では ブッチやブッソなど使われる。
Posted by 謎の超音波男 at 2009年07月04日 11:42
さて、髪について説明するが、
ギネスブック保持者の中に髪の毛の世界一長い人がいる。
昔テレビで見たのょを思い出してみると、
その人が言うには、髪を切ると体調がわるくなるばかりではく、
神へのアクセスができなくなる とか言っていたような気がする。
髪の毛は実は、アンテナの役割をはたすようだ。
ちなみに、仏教では邪念が入らないようにするためにスキンヘッドにするらしい。

さて、紙について説明だが、
世界が誇る成功哲学のNO1のPMAプログラムの中にも、
モナハンは、ゴールデンゴールデックスをノートに書き込むといっています。
モナハンは、ドミノピザの社長だったかな?
ゴールデンゴールデックスは直訳すると光のファイル
ノートはペーパーで日本語では 紙です

さて、上について説明をするが、
ようするに、凡人でないと言う意味もあるみたい。

さて、守について説明するが、
かなり面白い発見になりました。

話は坊さんのボーについてだけどネパールの仏教徒は
喉笛(ホーミー)の事をなんと 「ボー」と言っています。

確かに、トバ人民共和国のカルグラの発声方法は、
「ボー」とも 「ゴー」 とも 聞こえる!
上記でも説明をしているが、仏教の故郷がネパールとして、
インド統一のアショカ王の話が本当だとすると、
本来、「ボー」 又は 「ゴー」ができる人を 坊さんと呼ばなければいけいのになぜか? 
中国と日本では 、「ボー」 又は 「ゴー」ができない人でも
坊さんと呼んでいるのはネパール人からするとおかしいらしいです!
Posted by 謎の超音波男 at 2009年07月04日 11:44
ここで、やっと 「守」の本題に入りますが、
守護神しゅごしん のゴー は、実は
トバ人民共和国のカルグラの発声方法 を意味しているらしく、
「ボー」とも「ゴー」とも聞こえる。

この五年間で神戸と大阪にある 
ネパールの料理店や
インド料理店や、
タイの料理店や、
ベトナムの料理店や、
カンボジアの料理店や、
スリランカの料理店や、
インドネシア料理店など、
喉笛のことについて直撃インタビューを試みて、
ベトナム料理店に勤めていたベトナムの人が、
私の喉笛を聞いて 「ゴー」と言っていたのを思い出しました。

大きな謎が解けた瞬間になりました。

まとめですが、坊さんの坊や厨房の房 女房の房 防御の防などは、
守るなどの意味が含まれている気がしてなりません。
勿論、守護神 のゴー は 防ぐ などの意味合いがせります。

となると、3000年の時を越えて今の日本の仏教は、
カルグラが実際のできなくても、坊さんと呼ばれるようになったのだから、
きちんと伝わっていない事になります。
Posted by 謎の超音波男 at 2009年07月04日 11:44
漢字の事でもかなり面白い事に気がつきました。
実は「気」と「木」には共通点があるのです。
人間には、電気が微量ですが流れていて、
「木」からも蓄えることができると、空手の本で読んだのを思い出しました。

漢字に興味をもち、日本の漢字のルーツを調べたら、
中国の間の時代 レッドクリッフの映画の時代 1800年前くらいに、
漢字が完成されたようです。

そして、その漢字のもとは何かと調べてみると
中国のにウルグイ語が存在していたらしく、
漢字はそのウルグイ語からきているらしく、
ウルグイ語の原型は なんとサンスクリット語らしいのです。

この事実が本当だとすると、上記で話した「神と紙と髪と上と守」の謎が、
サンスクリット語で解明されているのでは? と思い立ち、
今からでもネパールに行ってサンスクリット語の研究をしたいと思っています。
その為にも、資金調達をしなくてはならないし、
もし、サンスクリット語の 「神と紙と髪と上と守」
の意味合いが、上記で述べた通り共通点があるなら、
3000年の時を越えて、言葉は代わったものの
意味合いはぜんぜん変わっていないことになる。
この発見は、凄いのか? 凄くないのか?
また、探偵ナイトスクープに誰か応募してくれたらいいと思います。
http://www.asahi.co.jp/knight-scoop/cyousa.html
とりあえず、イギリスのギネスブックに私の超音波と脳波を登録をしに行かないといけないので、
どうしたらいいかと考えていたら、ゴールデンゴールデックスによれば、
合同会社佐野総合研究所を立ち上げ、スポンサーからお金を集め、
イギリスに行ってギネスブックに登録したり、
ネパールに行って サンスクリット語と
中国に行ってウルグイ語の研究をして、
漢字の研究もしてきたらいいと回答をもらったので、
これから、上記の内容の事は佐野総合研究所が研究する大きなテーマにしていきたいと思っております。

http://hidekisano.web.fc2.com/
hidekisano@softbank.ne.jp
Posted by 謎の超音波男 at 2009年07月04日 11:45
ホームページ更新いたしました。遊びにきてください
Posted by 謎の超音波男 at 2010年11月12日 04:47
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