2006年12月10日

そばアレルギー裁判日記

先日、しゅてるんさんのmixi日記にコメントを差し挟ませていただいた。
「食物アレルギー」がその話題だった。
そばアレルギーのことに触れるとき、ちょっと情報を整理してから書こうと思い立ち、過去の有名な判例について検索してみた。

北海道の小学校で、給食に出たそばを食べてそばアレルギーの生徒が亡くなった、有名な事件である。
それ以前に食物アレルギーのことが知られていなかったわけではないが、ややもすると「偏食」とか「ワガママ」「親の過保護」という誤った認識を受ける事が多かった食物アレルギーが、時に命に関わる重大なものだということを全国民に知らしめ、その後の食品業界や教育現場に大きな変革をもたらした。勿論、人が一人死なないとなかなか前に進めなかったのは大変不幸な事だ。

さてこの事件、けっこう都市伝説的に事実が歪曲されている節がある。
この事件を思い出すときに、「首根っこつかんでソバを食わせている鬼教師」の絵が浮ぶ人もいるかもしれない。
少なからぬ人が、
「教師が生徒に『給食を残すな』とそばを無理強いして食べさせた」
「学校がアレルギーに無知、または認識が不十分なために食べるように指導した結果」
というイメージを持っている
ようだ。

私もどちらかというとそういうニュアンスで把握した気になっていた。
(当時の報道がそういう方向にミスリードする雰囲気だったかもしれない)

しかし検索して容易に知れた。
確かに学校側の責任は重いけれど、事実はそういうものではなかった。
一言で言えば、「食わせた」のではなく、「食っちゃった」事件だったのだ。


「学校給食ニュース」より"学校給食の重さ〜ひとつの死をめぐって"

 被告の教職員は、死亡した児童(Aくん)が5、6年生のときの担任です。3、4年生の頃の担任から、Aくんは、ぜんそくがひどいという指示を受けています。また、児童調査票というのがあり、親が「給食で注意すること、そば汁」「小児ぜんそくがありますので、ご迷惑をおかけすることがあるかと思います」と書いていました。さらに、家庭訪問に際して、Aくんの母親からぜんそくは「発作をおさえる薬を持っているので、その薬を吸引して休んでいれば大丈夫」という説明を受けていました。また、「そばを食べるとぐあいが悪くなる」という説明も聞いていましたが、対応については、聞いていませんでした。
 母親に対しては、給食でそばが予定されているときは「おにぎりやパンを持参させるように」という要請は行ってありました
 ぜんそくの発作は、5年生の時もあり、発作がひどいときには、Aくんを保健室につれていき、養護教員がみたり、学校職員がつきそって帰宅させたことや、担任がつきそったこともあったといいます。
 事前の「給食だより」にはそばが出ることが書いてありました。事故当日、母親もそばが出ることは知っていましたが、それまでもおにぎりやパンを持たせることはなく、その日も持たせていません。給食がはじまり、Aくんは担任に「給食のそばを食べていいか」と尋ねています。担任は、「うちから食べていいという連絡がきていないから食べないように」と注意します。
 しかし、Aくんはそばの3分の1ほどを食べ、「口の回りが少し赤くなっている」と担任に申し出ました。担任が調べたところ、特に異常はなく、Aくんに「そばを食べたらどうなるか」をたずねました。Aくんは、「顔じゅうにぶつぶつができて、2、3日は治らない。病院に行って注射しなければならない」と答えます。
 そのため、担任は母親に電話し、状況を説明しました。母親からの「帰してほしい」との返答に、ひとりで帰してもよいと判断し、養護教員にみせず、帰宅させました。その途中で倒れて吐き、それを呼吸で吸い込んで気管につまり、Aくんは死亡しました。


痛ましい話ではあるが、「思っていたイメージと違う!」と感じられた方もいるのではないだろうか。
少なくとも、一部で誤解されているように、「強要」したわけではない。
しかも、大事をとって「食べないように」と指導したにも関わらず、生徒が「食べちゃった」のである。このことは検索してみて初めて知った事だった。
半日きっちり活動した育ち盛りの小学生のこと、副食だけでは我慢できなかったのかもしれない。

両親は、子供の死は「給食を食べて気分が悪くなったのに学校が適切な処置を怠ったため」だとし、安全義務違反を主張し、札幌市を相手取って裁判を起こす。
請求した損害賠償額は3950万円だった。


確かに、学校側や市側が、もっと食物アレルギーの危険性を熟知していれば、きつく叱ってでも食べさせなかっただろうし、食べたあとにすぐ吐かせたりもしていただろう。「代替食が絶対必要」と、もっと強く要請してもいただろう。
また養護教諭に見せなかった、帰り道に付き添わなかったという事実も、責められてしかるべき材料といえる。

しかしどう考えても、学校から要請があったにも関わらず、一度も代替食を持たせなかった親の側にも重大な責任がある。せめて市販のパン一個、おにぎり一個なり、いや、タッパーに白飯を詰めて持たせるだけでもこの悲劇は防げた筈なのだ。
また、「食物アレルギーの危険性を理解していない」のは両親も同じことだ。
死に直結する危険な疾患だと自覚していれば、代替食も持たせただろう。「絶対に食べるな」と日頃厳重に注意する事も出来ただろう。
また、異変を連絡された時に迎えに行くなり、養護教諭や校医に対応してもらうように依頼するなりしたはずだ。
学校への申し送りにあたっても、「これだけは絶対にさせないで」「強いショック症状をきたしたり、命に危険のあることだ」とより具体的に重大さを伝えることが可能だったと思われる。
あるいは主治医から両親への伝え方が充分でなかったのかもしれない。

原告側の主張にはこうある。

「そばアレルギーは食事性抗原に原因するアレルギーであり、生体にそばアレルギー抗体が生産されているところに同抗体が再び侵入してくると抗原・抗体反応が起き、アレルギー反応が惹起されて、アレルギー疾患が発症するものである。
(中略)同抗原の除去療法は、それを含んだ食事を食べないようにすることが重要であり、そば枕も使用してはならないといわれている。アレルギー性疾患には気管支ぜんそく等が上げられる。
(中略)ぜんそく発作が重くなれば呼吸困難、意識喪失、そして窒息死に至る。しかも、これらの現象は短時間に生起しやすい。ぜんそく発作は時とところを選ばない。患者が発作に見舞われた場合、救急医療が間に合うかが生死を分けることもある。アレルギー性ぜんそく患者は人口の2パーセントに上り、そばアレルギー患者はその1.46パーセントの割合を占めるとの報告もある。」

「そばアレルギーは昭和17(1942)年にわが国に紹介されて以来すでに47年余りを経過しており、ぜんそくの診断、治療に携わる医師にとっては周知の疾患であり、一般向け書物でも昭和39年当時そばがアレルギーの原因として紹介されており、また、昭和55(1980)年1月17日付けの朝日新聞には、給食でそばを食べた児童のぜんそく発作の記事(堺市の養護教諭の経験談)が報道され、昭和62年1月23日付けの同新聞でも具体的な症例を上げてそばアレルギーでアナフィラキシー・ショックを起こす等の危険性を示唆する記事が報道されている。」


しかし両親自身がこの医学的事実をきちんと把握していたのかどうか。
把握できていたなら、なぜ代替食を持たせなかったのか、食べさせて皮膚に異変が出た時点で緊急性を自覚した行動をとらなかったのか。
正直、強い疑問が残るところである。

まあとにかく両親は市を相手取った。
で、一審判決は以下のとおり。

畑瀬信行裁判官は、「札幌市教委には、そばアレルギー症の情報を校長や担当職員に知らせ、事故を未然に防ぐ義務があるのに怠った。担任教諭も哲夫君の訴えを受けた際、養護教諭にみせ、さらに帰宅の際に教師を付き添わせるなどの措置が必要だった」などと管理・責任体制に問題があったと指摘。一方、「母親は事前に渡されるメニューで、この日にそばが出ることを知りながら、代替食を持たせず、当日帰宅する際も迎えに行かなかった」として過失相殺を認める判断をした。

学校事故・災害の裁判 判例」より
(同事件判例の詳細はこちら


とまあ、一応は両親側の過失も認めて相殺という結論に達している。
(一審での結果的な賠償請求額は、相殺の結果1564万円の支払い命令となった)

この結論はある程度妥当なものかなと思う。
結果として記憶に残ったイメージは多分に報道の影響かもしれない。
多くの場合、実際は「原告にも責任の一部がある」と認められた過失相殺の結果なのにそのことは触れず、あるいは最小限だけにとどめて、「親が勝訴」「市に○○○○万円支払命令」というところだけが報じられがちだ。大抵市とか学校が一方的に悪かった、という感じでアナウンスされる。この前の千葉市動物公園のベンチから子供が転げて死亡した事件なんかも、TVとかではそんな感じだったなあ。

なおこの件は、市側の控訴を経て、一審判決の翌年、以下の内容(800万円)で和解に至っている。

・担任教諭の義務違反は前提としない。
・市は哲夫くんの死亡について哀悼の意を表す。
・市が両親に和解金800万円を支払う。
・両親はそのほかの請求を放棄する。


大事な事は、責任のたらいまわしではなく、「親も学校も本人も」食物アレルギーの危険さと対応策、「絶対にダメ」なことをしっかり把握することだろう。

特にそばアレルギーは症状の激しさ、深刻さから、本当に洒落にならないものだ。
以前知人(教員)が生徒を宿泊研修に引率した際、そばアレルギーを持つ生徒の一人が、鼻やノドの息苦しい症状を訴えた。しかし食事にソバはおろか、そば粉を含む食品は何も含まれていなかった。
で、部屋を調べてみたところ、枕の詰め物にそば殻が含まれていたのが真相だった(このことは上記引用部にも書いてあるが)。そのくらい微妙な接触、経口摂取でなくとも症状が出るセンシティブなものだという。

現在ではほとんどなくなったらしいが、ほんの数年前まで、テーブル胡椒(粉)の増量剤(または味を日本人好みにまろやかにするためとも)としてそば粉・そば殻が添加されることがあり、それが原因でアレルギー症状に見舞われた方もいるとか…同アレルギーの方にとっては怖い話だよなあ。

参考:食物アレルギーによるアナフィラキシー学校対応マニュアル 小・中学校編(from 日本小児アレルギー学会)
(マニュアル本体はPDF。Googleキャッシュ機能によるHTML版はこちら。)

学校関係者向けのマニュアルパンフレットだが、現在どういうガイドラインに基づいて対応がなされているのか・対応をどのように要請すればよいかがわかる(診断書・除去食依頼書の参考書式も付属)ので、お子さんを持つ方は一度は目を通す価値があるかも。
また、お子さんにアレルギーがなくとも、子ども会の行事や、家に遊びに来たアレルギーの子に接する時にも通じるものがある。
食物アレルギーは子供だけのものではない。また、成人してから発症することも少なくはない。職場や会合などでアレルギーもちの人に対応する場合、またショック症状が出た緊急の場合にどう対処すればいいか、大人にも学ぶ点が多々あるので、何かと勉強になると思う。


posted by 大道寺零(管理人) at 22:06 | Comment(8) | TrackBack(1) | 日記
この記事へのコメント
そういう状況だったんですか・・・どうも、親の方にも「ちゃんと子供のこと、守ってやらにゃあいかんやろ」と憤りを感じてしまいます。
 私の先輩は、和食を外食して帰途、ショック症状を起こして救急搬送されました。医療従事者で即時型アレルギーの怖さはよく分かっているのですが、「どうも、調理場でそばを扱った後の調理台をよく洗わずに使っていたらしい」とのことです。アレルギー性ショックは回を重ねるごとにシビアになりますから、次は益々危ない。

 入院患者さんの家族などで、普段、手厚い看病をしているとも見えないのに、一旦変調が起こると血相変えて「病院の責任」を言い立てる人たちがいます。普段熱心に患者さんをお世話なさる家族の方々の方が、冷静に事態を受け止めています。病院スタッフである我々は、できるだけのことはしているつもりなのですが、起きてしまう事態もあるのです(自己弁護に聞こえてしまいそうなのですが)このケースは、アレルギー体質である私には双方、他人事とは思えません。
 特に、子供さんなど、自衛の知恵がまだ不十分な方は、周囲が可能な限り、協力して守らなければ。
Posted by ネコトシ at 2006年12月11日 01:51
>ネコトシさん

>親の方にも「ちゃんと子供のこと、守ってやらにゃあいかんやろ」と憤りを感じてしまいます。

そうなんですよね…おにぎり一つで守れる命だったのに。
子供の命と健康は、数千万で買い戻せるものじゃないって、分かってる筈なんですけどね…

>「どうも、調理場でそばを扱った後の調理台をよく洗わずに使っていたらしい」

アレルギーの人の中には、「1週間前にソバ打ちイベントを行った会場に行ったら発作が起きた」人もいるそうなので…和食のお店全般が鬼門だとおっしゃる方も少なくないようです。
また、高級手打ちうどんを打つ時、打ち粉として更科系そば粉を使うことが多いそうなので、それが原因で…というケースも多いようですね。本当に大変だなあと思います。

一方、ごく一部ではありますが、検索していて、そばアレルギーの方のサイトで、そば食文化や職人・製造者、そば好きな人までも罵倒するような文章を見ました。「その人にとっては危険な毒物」であることは良く分かるのですが、一番大事な「相互理解」を妨げてるなあ…と複雑な気分になりました;

>普段熱心に患者さんをお世話なさる家族の方々の方が、冷静に事態を受け止めています。

非常に良く分かります。学校現場にも同じようなシチュエーションが多々ある気がします。
多分、日頃から患者さんと真剣に接している方は、先生はじめ医療スタッフの人がケアしている様子をよく見て、またよく話して、「このケアはどういう目的があるのか」とか、「○○をして××をしないのはこういう理由」というような適切な情報を仕入れているのだと思います。ですから的外れなクレームや責任押し付けなどに至ることが少ないのではないでしょうか。
Posted by 大道寺零 at 2006年12月13日 18:29
そばアレルギーです
私の場合は、親はそば好きで私のアレルギーには
無関心、喘息は日常でそばを食べておかしくなっても、何時もの事と一人で苦しみました、友達の家でクッキーお食べ・・・・(そばぼうろ)ヒット、ラーメン屋でこしょうでヒット・・・肉まん食べえる?(おやき)でヒット、冷麺美味しいよ(韓国冷麺)ヒット、でも誰も責めることは出来ません・・・・・海外ではマックが主食です(涙)特効薬開発を望みます。
Posted by 自己責任 at 2009年06月03日 23:20
>>自己責任さん

こんにちは、コメントありがとうございます。
親御さんがアレルギーへの理解がなかったのですか、それは大変でしたね…というか、こういう言い方は失礼極まりないのですが、今まで命の深刻な危険にさらされずにまだ良かった、と思います。
自分の力だけで完全に排除することは本当に難しく、大変だろうなと思います。
そして実際に、やはり胡椒でもヒットしてしまうんですね…
食物アレルギーの中でも特にソバは症状が苛烈ですから、少しでも軽減できる医療手段が開発されることをお祈りするほかはありません。
Posted by 大道寺零 at 2009年06月05日 17:23
はじめまして。先日、千葉県松戸市内の学校給食で牛乳アレルギーによる事故が起きました。幸い大事には至らなかったのですが、その話を妻と話し合ってる時にこのそば事件のことを知り、調べてみました。

私も当初は教師の強要があったと思いましたがこちらのブログを読んで自分の短絡さに恥じ入りました。また報道の怖さも改めて認識しました。

貴重な情報をありがとうございました。
Posted by ピエール at 2011年10月08日 04:35
はじめまして
 子供が同級生で、事件後学校側から警察のような尋問を受けました。A君が回りの子に「お蕎麦美味しいの?」と聞き、「少し食べてみようかな・・・」。所が学校側はクラスの子が強要したかを疑った口調だったらしい。PTAの噂で、母親が代用食を何時も持たせていないと聞いていました。担任もクラスも問題なかったのに何故訴訟を起こしたのだろうと感じました。
 しかしこの事件が、全国のアレルギーを持っている方の待遇改善が早々あり、この訴訟に感謝している方と何人も会いましたよ。
Posted by 小野麗子 at 2012年02月23日 10:52
>大事をとって「食べないように」と指導したにも関わらず、生徒が「食べちゃった」のである
本当にそう指導したかどうかわからないですよね?
教師が自分の立場をよくするためにそう嘘をついたのかもしれませんし
Posted by ok at 2012年04月21日 20:17
数日前、東京で、類似死亡事例があったことが報道されました。
本件以降、給食現場での配慮が行き届くようになったのは良かったのですが、今回の事例は、報道によると、「アレルギー体質の児童が『除去食』を食べ尽くした上、『通常食』に手を出してしまい死に至った、『自傷・自殺行為』」らしいのですが…
仮に「自傷・自殺行為」だったとしても、気の毒極まりありません。
オレは大阪府在住で、大阪では大半が中学校から弁当持参となりますが、大阪府知事→大阪市長の橋下徹は、「中学でも給食を」と言っているらしいです。
選挙運動も杜撰だった「日本維新(『二本異心』?)」の、大阪市長橋下徹や、「お名前だけは立派」で貫禄に乏しい大阪府知事松井イチローに、きめ細やかな給食運営を指揮出来るか、はなはだ不安です。
Posted by 中年ニート at 2012年12月24日 11:22
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Tracked: 2010-03-02 00:10