2006年12月26日

幻魔大戦(無印)3媒体の関係アニメ・動画

久々に「幻魔大戦」について検索していて、いろいろな人のレビューや感想なども読んだのだが、けっこう多くの人が「原作小説が先にあってその後漫画化→映画化」と誤解してるんだなやっぱり。
別にその成立順番を知ったからどうということでもないし、「先だからこっちがえらい」ということでもないんだけど、ふとまとめたくなったのでまとめてみる。

●漫画「幻魔大戦」(以下「漫画版」または「マガジン版」)
原作/平井和正+いずみ・あすか
漫画/石森章太郎

1967年、「少年マガジン」に連載。
秋田書店サンデーコミックス全2巻(なんと今でも買える。秋田さんえらい!)
のちに扶桑社から文庫で出版。

現在に至るまで、さまざまなタイトルの「幻魔大戦」が出版されるが、これがもっとも最初に世に出た「幻魔大戦」である。
原作者としてクレジットされている「いずみ・あすか」は石森章太郎の変名の一つ
平井和正だけでなく、石森独自のアイデアも多く盛り込まれているということを示すのだろう。実際後々も、石森は「幻魔大戦のもう一人の作者」として印税を折半していたという。
当時平井和正は「8マン」をはじめとして、漫画原作者として成功をおさめていたものの、後に「ウルフガイシリーズ」等でブレイクするまでにはまだ時間を必要としていた。そんな時期。

マガジン誌上での連載は打ち切り。思うような人気が得られなかったのが原因らしい。当時としては暗くてハードなストーリーや内面描写が、「早すぎた」のだろうか。
当然物語は未完。
丈が幻魔の地球方面隊司令官シグ(映画ではカフー)と火竜を倒した後、ルナの呼びかけで超能力者が終結、そこに幻魔が「第一の挑戦状」として月を落としてくる…という、地球壊滅を暗示する絶望的なシーンで「第二巻 完」。
私がこれを読んだのは1980年ころだったが、素で「いつか3巻が出るに違いない(当時、雑誌を変えて何度でも009が連載され、単行本も出ていたので同じように考えていた)」と信じて疑わなかった。
このラストページの「ドクロの月」のイメージは圧倒的で、石ノ森作品をリメイクする作家たちが、(幻魔大戦ではないにもかかわらず)なぜか「あのドクロの月の決着をつけてやる、俺が!」と意気込んでしまうのだろうか、作品内に登場させている。
(例:島本和彦「スカルマン」・村枝賢一「仮面ライダーSPIRITS」)
そういう意味でも、「石森DNA」の中で重要な位置を占める作品といえる。
打ち切りといういきさつを考えれば、「大風呂敷を畳めなくなって作品を投げた」という風説も誤解といえよう。しかしこの後小説も漫画も「幻魔」と名の付くものは未完の大行進であり、そういう意味でも「元祖」である。

細部の違い(特にラスト)はあるが、映画版のストーリー構成(ルナと丈の覚醒→ニューヨーク戦→富士山戦)はほぼこの漫画版に準拠している。

*キャラクターの大きな違いは以下のとおり。

●プリンセスルナ→漫画版では「ルーナ」
●ソニー→漫画版では「サンボ」……これは変えざるを得ないだろ…常識的に考えて…
●フロイ→小説、映画共に「形のない思念エネルギー体」だが、漫画版ではかつてのベガの戦友である犬人間
●カフー→漫画版では「シグ」
●四郎→ニューヨーク戦前を最後に出番なし。特にファビョったりもしない普通のお友達。

*漫画版のみに登場し、小説・映画に登場しないキャラ

●ドク=タイガー(似た名前のキャラはちょっとだけ出る)
●トランシルバニアから来たびっくり人間軍団
●すな幻魔
●ナオミとその父親
●フロイの子供たち=101匹わんちゃん(半分死ぬけど)

ちなみに、連載開始前のタイトル案の一つに「魔法大戦」というのがあったらしい。
「魔法大戦」……や、安っぽい……
このタイトルだったら多分、その後30年以上にわたる幻魔サーガはなかったかも(少なくともそれだけ長い間読者の心をつかみ続けることはなかっただろう。タイトル単体の魅力って大事だな。)


できるだけ無印以外の作品には触れないつもりだったが、小説版までの流れを簡潔に示しておく。

●「新幻魔大戦」(1971年)(以下 漫画版「新」)
平井和正+石森章太郎

連載:「SFマガジン」

漫画版「幻魔」のパラレルワールドストーリーとして作られた。江戸時代が舞台。
このパラレルワールドでは、地球は幻魔によって滅亡。その流れを変えるために過去に遡り、幻魔に対抗できる超能力者一族を生み出そうとする物語である。
この作品によれば、東丈のパラレル過去世は由比正雪らしい。(東丈そのものは登場しない。ルナの娘は冒頭に登場)

漫画→平井和正の文による絵物語+漫画
と、少々変わった体裁の変化を遂げている。

当初は歴史を変えて人類が幻魔に勝利する内容にする予定だったそうだが、平井和正が「人類に対して絶望しており、どうしても人類の勝利を描く事が出来なかった」という。で、未完。

●小説「真幻魔大戦」(1978年)(以降「真」

掲載:「SFアドベンチャー」

「幻魔大戦」のもう一人の作者である石森章太郎の承諾を得る形で、独自執筆。
人類が幻魔に勝利するパラレルワールドを描くものとして連載開始。
作家・超常現象研究家となった青年東丈が出てくるが物語途中で失踪、主人公は彼の秘書に引き継がれる。
丈が復帰しないまま未完。
この作品によれば、丈の過去世は役小角だという。

この「真」の物語が漫画版と「新」から繋がるものであるため、漫画版も小説化しておこう…という流れで、ここでようやく「小説版無印幻魔」が登場するのだ。(普通は無印のあとに「真」やら「新」が出るものだから、私もこの流れは調べてみて意外だったことの一つだ。)

(ちなみに同年、小説版の「新」も刊行されている。内容的には漫画版「新」と同一。)


●小説「幻魔大戦」(角川文庫全20巻)(以下「小説版」。なお本文中で示す巻数は角川文庫版のもの。)

1979年、角川書店の「野生時代」に掲載、のちに文庫化。
本来は、漫画版のリメイクというかノベライズ程度の軽い作品にとどめる予定だったという。
「高校生の丈がルナと出会い覚醒→ニューヨーク戦」というところまではほぼ漫画版と同じ路線で、これがだいたい3巻くらいまで。
しかし4巻の途中でルナ達と別れて高校生活に戻り、学校の文芸部を母体に、「GENKEN」という組織を作る。目的は自分のやり方で幻魔の存在を世に知らしめ人類を啓蒙する事だったのだが、丈のカリスマ性が発揮されると共に団体は望まぬ形で肥大し、丈自身も「超能力救世主」として教祖的存在に祭り上げられて新興宗教団体に限りなく近づいてしまう。
そしてやっぱり丈は謎の失踪→未完。

4巻以降のカルト化展開に驚き、置いてけぼりにされる読者が多数(というか私もそうで、10巻で限界だった…)。
一方、「そこからが本当の幻魔大戦」と主張するヒライストも少なくない。
後にオウム真理教がクローズアップされた際、「ハルマゲドン」というタームやGENKENの成立過程などでちょっと注目された。

単純なリメイクの予定がこの路線に変更されたことの背景には、当時の平井和正の状況が大きく影響したといわれている。
平井和正はこの頃、「GLA」という新興宗教団体に傾倒していた。
この教団は元来の教祖が1976年に亡くなり、娘(高橋佳子)が新教祖となっていたのだが、教団そのものよりもこの新教祖に共感していたという表現が正しいらしい。
GLA内部では、新教祖に反発する信者が脱退して新団体を作るなど、対立もあった。
小説版幻魔後半のGENKENの変貌や内紛劇などの発想に影響したとも言われている。GLA自体、創設者が作ったというよりは、彼の思想に共鳴した人たちが慕って集まり作ったという経緯があり、そのへんもGENKENによく似ている。
なお、平井和正はだいぶ前に脱会しており、GLAに関連した事でいまだに「カルト作家」と定義づけるのは妥当ではない。
(ただ、この後も有名な「リアル犬神明君に会えてボク嬉しい」行動やら、霊山信仰にハマってみたり、現在はメガビタミンにハマったりと、トンデモに肌が合いすぎる体質は相変わらずのようである

というわけで、映画版の内容範囲は1〜3巻ということになる。
映画版の人名は基本的に小説版に準拠している。

*小説版と映画版の相違*

●東三千子:死なない。丈の失踪後、丈が関係した団体の一つに関わる事になる。
●江田四郎:死なない。超能力覚醒後の丈に嫉妬し、後に幻魔側につき、GENKENの対抗勢力を作る。

●富士山戦:存在しない。小説版での超能力バトルはニューヨーク戦でひとまず終わり、GENKEN設立編に移る。ゆえにカフー(シグ)も登場せず。


●劇場版アニメ「幻魔大戦」(1983年)(以下「映画版」または「アニメ版」)

小説版がセールス快調で、当時角川が無敵状態だったメディアミックスのネタとして白羽の矢が立った…という経緯らしい。
でも当然小説版のカルト化展開まで一本の映画に収まらないので、結局は漫画版ストーリーを用いる事になる。
一方、人名などは小説版に準拠。
未完にするわけにも行かないので一応のハッピーエンド(?)に。
考えてみれば、「一応完結してる幻魔」という、現時点では唯一無二の存在かも。

一方平井和正はキャラデザインをはじめとしていろいろ不満が大きかったらしく、後に「あれだけのスタッフで作って、なんであんな駄作になるのか」とはっきりぶちまけている。(「ボクの幻魔大戦じゃない」というようなコメントもあったような)
映画版のパンフレットにも原作者コメントを寄せているが、「まだ見てないけど」と、明らかに不興の様子。後に出版社とトラブルを起こしまくる平井和正の態度としては驚くほどおとなしいが。

*漫画版・小説版との違い*

●ベガ
 富士山戦の最後に肉体をエネルギー増幅装置として使用して失い、思念エネルギー体(まんまるちゃん)になる。

●ザメディボール
 周囲の人間を巻き込んで「文字通りのミートボール」に変化しない。
 これをやっちゃうとニューヨーク戦が長くなってしまうし、第一半分廃墟となってる映画版のニューヨークでは巻き込む人間も見当たらなかったが…
 ザメディミートボールは見た目もグロテスクで、漫画版・小説初期きっての壮絶な戦闘シーンだったので是非やって(動かして)欲しかったなあ。

●沢川淳子
 丈の彼女。漫画版には登場せず。映画では小説版を受けて登場。幻魔に食われて死ぬのも準拠。
 小説では女子音大生・育ちはいいのにヤリマンという設定だったが、映画では無難に同じ高校の生徒であり、本心では「丈を好きだが三千子にはかなわない」という思いが重荷になっており素直に接することが出来ないという描写があった。

●丈の弟・卓
 映画版のみ登場せず。丈と三千子は2人兄弟となっていた。

●四郎
 丈の超能力を見せられて、「力で人を支配するのか!」と怒って絶交するが、その後行き倒れた丈を助けて医者に運び込むなどけっこう根はいい奴。しかし担ぎ込んだ医者の正体がザメディで、そのまま食われる。

●カフー
 漫画版では「シグ」。見た目がまんま永井荷風…化ける資料として何を読んだのやら…

●タオ・アサンシ・ヨーギン・サラマンダー
 映画版オリジナルの超能力者。ニューヨーク戦補佐(ヨーギン)や、漫画版のフロイの子供たちに代わり、富士山戦の丈をサポートする(タオ・アサンシ)。最終決戦にも参加。

●ニューヨーク戦
 小説・漫画版ではサメディがザメディミートボールになって猛威を振るうのだが映画版では2次変形しない。
 また、漫画版ではソニーが

ザメディボールに恐れをなしてテレポアウト→
俺をドブネズミ呼ばわりした白んぼ女なんかシラネ」→
でもやっぱりほっとけない」→テレポ戻り→ルナとベガを救出

といいとこ見せる名場面は、

テレポアウト→ヨーギンに諭される→テレポ戻り→ルナを救出

となっていてちと味が薄い。
また、ヨーギンの能力もテレポートがメインのため、ソニーの能力とかぶってしまって一層ソニーの印象を弱くしている。何しろこの場面では、ヨーギンがベガを救出するのだから…

ボールを破壊されて弱ったザメディの心を読むのは、ルナではなくサラマンダー(っていうか彼の出番ここだけといってもいいくらい影が薄いキャラだ)。ここの場面が非常にモッタリしているため、
「弱ってるんだから今倒せよ!」
「っていうかここで問答無用で潰しておけば三千子姉さん死ななくて良かったよね」

というツッコミをせずにはいられない。

●東家戦
漫画版ではザメディがザンビィ(漫画版「ゾンビ」)と合体したのちに三千子に焼き殺されるが、映画版では合体せず(「合体する」と言ってたのに結局しなかったなあ…)。
ザンビィは焼かれるがザメディは生き残る。

●富士山戦
丈の前に水筒をちらつかせて幻魔への投降を促すのは、漫画版ではドク=タイガーだが、映画版にはドクは出ないので、ザメディ(に食われた四郎)がその役。ここでザメディようやく死ぬ。
映画だけ見るとザメディが一番強いように思えるかもしれん…


その後のカフー(シグ)戦は、漫画版では丈がフロイの息子たちのサポートを得ながらも独力で倒すのだが、映画版ではエスパー軍団勢ぞろいでの対戦となる。
(個人的な感想だが、このカフー戦は動画が秀逸だが時間が短く、具体的な強さをあまり感じない。さらにそのカフーに対してエスパー軍団7人総出で当たった上、ベガの肉体を犠牲にしてようやく買った主人公側も…冷静に考えると弱いよな…)

まあこんな感じか。

ちなみに、現在も幻魔大戦のパラレルワールドやら続編やらは色々出ていて(一時期「言霊が降りなくなった」という理由で中断されたが)、もうドロップアウト以降全然読んでいなかったのだが、調べてみると凄いことになってるんだな…
平井和正のファンサイトなどで、各作品の概要は大体つかめるかも。
最近作によれば、東丈の過去世に「アポロン」まで加わってるそうだよ。そうですか。
まあ無印幻魔(小説)も今リニューアルされて出ており手に入りやすいので、興味のある方はご一読どうぞ。

すごくかいつまんで書いたわけだが、多分これだけでも、相方と付き合い始めの頃、「幻魔大戦ってどんな話?」と質問されてものすごく答えに困った私の気持ちに共感していただけるのではないだろうか…



[補足]もう一つの無印幻魔大戦

●漫画「幻魔大戦」(1979年)(以降「リュウ版」)
石森章太郎

連載:「リュウ」
単行本:徳間書店アニメージュコミックス

1〜3巻に「神話前夜の章」というサブタイトルがついている。
何しろマガジン版と同じ無印タイトルなので混乱を招きやすいアイテムの一つ。
「新」の後、平井和正と「今後『幻魔』はそれぞれのアイデアで書こう」と合意の上で、単独名義の漫画作品として発表。

幻魔の侵攻に敗北して滅亡後、はるか未来の地球が舞台。
(よく見るとこの世界の夜空には、星はあるが月がない。砕けた岩のような小惑星が浮いているのは月の残骸だろうか。丈たちの敗北を暗示というか明示しているような。)
地球は幻魔の下部組織である「マ族」が人類を支配する世界で、人々は古代ファンタジーを髣髴とさせる原始的な生活を余儀なくされていた。
マ族の王が人間の女に産ませた双子・ジンとルーフが主人公。
(このオヤジであるところの幻魔について、「マガジン版のシグではないか」という説がある。確かに考え方に似ている部分がある。マガジン版ではシグは結局死んでいないのでありうるかも)
最終巻で父であり敵であるマ王から現代日本(彼らからしてみれば過去)にタイムリープさせられ。「髑髏都市の章」が始まる。
ここであの「ドクロの月」が出てきてオールドファンは大いにキタコレするが、110ページ程度で唐突に未完。
みじかっ。「髑髏都市の章」みじかっ。
最後のページには、高層ビルの窓の照明でやっぱり髑髏の形が…
「やっぱり髑髏で未完なのかよ!」
マガジン版と両方読んでいた読者はみんなそう叫んだ。


●アニメ「幻魔大戦-神話前夜の章-」(2002年)

↑のリュウ版のアニメ化。
AT-Xの「有名作家シリーズ」の一環らしい。
なぜ今になってこの比較的中途半端、しかも未完の作品がアニメに!と驚いた。まだ見てないので内容のコメントはしないが、「アニメの幻魔大戦」がこれで2種類になってしまってやっぱりややこしいかも。

#私…ヒライストでもなんでもないのに、何こんなに一所懸命幻魔大戦のこと調べて書いてるんだろ…orz…ドロップアウト組なのに…


posted by 大道寺零(管理人) at 06:07 | Comment(4) | TrackBack(0) | アニメ・動画
この記事へのコメント
 少年マガジンから、SFマガジンの「連載」を読んでいたあの頃・・・強烈に暗い気持ちになったのを、今でもよーく覚えています。SFマガジンでは「新幻魔」が始まる前に、少年マガジン分のダイジェストを載せてくれていました。傷だらけのセントバーナードやら丈のお姉さんの炎上やら、子犬たちのノヴァ現象巻き込まれやら、ドクロ月やらエグい場面の数珠繋ぎ。「新幻魔」も「ルーナにふさわしい配偶者の家系を作るため」時間旅行するお時さんが頑張るはずが、エロやら拷問シーンやらがどんどんと。いや、あの頃のSFマガジンの連載漫画は凄かった(しみじみ)
 石森先生は、「新幻魔」は単行本にする気はない、と言っておられたようですが・・・まあ、御大がそう思われたのも無理ないかもな、と思っていました。
 私の幻魔体験は、この後の大友キャラのアニメが最後です。大人になってから、ハッピーエンドを観たわけです。感想は「美人じゃない王女はイヤだけど、白石加代子と、美輪明宏でちょっとウレシイ」というとこでしたね〜

 幻魔中退者の感慨でした(う〜)
Posted by ネコトシ at 2006年12月27日 01:57
>ネコトシさん

SFマガジンの連載読んでおられたんですねー。すごいや。
「新幻魔」単行本(マンガのほう)が出たときも、なんか買う気がしなくてスルーしちゃったんですよね。発行当時はまだ年端も行ってなくて、「オトナ系の石森作品」はよくわかんなかった、というかレジに持ってくのが恥ずかしいというか。今思うとあの頃秋田マンガ文庫で出てた大人系買っておけばよかったー。

そんな私も幻魔中退者なので、新や真については検索情報を頼りにまとめました。

関係ないけど、続編に「真・〜〜」というタイトルをつけたのって「幻魔」が最初かしら?
Posted by 大道寺零 at 2006年12月27日 09:51
話が大幅に外れて申し訳ないのですが、小学生の頃にTV放送された劇場版幻魔大戦を観て、美術のとか社会の教科書に載っている、顔の絵や写真を半分に破ってずらし、「絶対零度!」という遊びをやりまくって先生に怒られたことがあります。
当時、週間少年ジャンプで連載されていたブラックエンジェルズでも、誰かが「絶対零度!」とか言って顔をずらしていたような記憶がかすかにありますが、よく覚えていません。
Posted by HAGI at 2006年12月28日 00:11
>>HAGIさん

>当時、週間少年ジャンプで連載されていたブラックエンジェルズでも、誰かが「絶対零度!」とか言って顔をずらしていたような記憶がかすかにありますが、よく覚えていません。

調べてみると後のほうの話かな?
最初のほうは見てたんですけどね、ブラックエンジェルズ…
「絶対零度」VS「絶対炎度」の戦いとかあったらしいんですけど、前者はともかく後者が激しく意味不明ですね、言葉として。
どなたかご記憶のある方、フォローコメントいただけると嬉しいです。
Posted by 大道寺零 at 2006年12月28日 12:07
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