2007年03月31日

「ヶ」とは何か日記

昨晩、きたかZさんより質問のメールあり。
そういえば自分の中で明確にまとめたことがなかったので面白そうだと思い、調べて答えてみる。

ご質問
ビジネス文章の書き方みたいな本をパラパラみていて・・・、「1ヶ月」の「ヶ」や、「2ケ3ケ」の「ケ」は、使ってはいけない。
ただし「霞ヶ浦」のような固有名詞の場合は別。・・・
と、かかれていて納得できませんでした。そんなこと聞いたことがなかったというか。
これがまだ「使わないほうがいい」だったらまだわかるんですが、「使ってはいけない」とまで否定していたもので・・・。


以下は、実際にきたかさんにお答えした内容を編集したものです。

●「ヶ」とは何か

「1ヶ月」の「ヶ」は、「カタカナの『け』と外見はほとんど同じだが、実はまったく異なる文字である。
数につける「ヶ」は、「个」を筆記体として崩し形から生まれた略字・異体字であり、扱いとしては、カタカナというよりは漢字に近いだろう。

「个」の読みは「か」「こ」で、現代中国語ピンイン表記では「ge」=「ガ」に近い音。
この文字は「箇」を本字とする略字で、漢代以降使われている、歴史の古い文字だ。ゆえに意味としては「箇」や「個」と同じ。
現代中国語の簡体字として正式に使われる文字で、数を表す際に万能に用いられる。

例:三个人=「三人」
  両个車=「二台の車」
  那个山=「あの山」

字の成り立ちとしては、「箇」のたけかんむり部分「竹」を二つに分解し、その1つ(つまり1本の竹)を描いた象形文字である。
つまり、成り立ちをたどると、「ヶ」とは、「箇」の略字のそのまた略字ということになる。

この「个」という文字と同じ意味で「ヶ」を用い、「か」(後ろに単語が付かない場合は「こ」)と読んで使う慣習が定着し、今に至るものと思われる。

ちなみに、「ヶ」をキーボードから入力する場合は「LKE」で可能。これはこれで誤解を深めそうではあるが、簡単に入力できるのは何だかんだ言ってありがたい

(「ヶ」の起源としては、「箇」の「たけかんむり」の一部分を使って「ケ」と略したという説もある。いずれにせよ「个」自体が「箇」の略字であるから、流れ的にはそうとも言えるか。)

●参考:カタカナ「ケ」の由来

カタカナの「ケ」は、漢字「」に由来している。
(成り立ちの変化は、「学習アニメの館」の「カタカナの由来」ページのGIFアニメで、これ以上なく分かりやすく示されている。)

というわけで、元になる文字も異なる、全く別の文字ということがお分かりいただけるだろう。

余談になるが、
・「ヶ」の元になった「个」
・「ケ」の元になった「介」

この二つもよく似た文字である。
よく「一介の●●」という言い方をするが、これ実は、もともと「一个」という用法をすべきところを、字を間違って「一介」と書いてしまったものが定着してしまった熟語なのだ。
その因縁が、まさか日本の文字「ケとヶの外見的類似」にまで波及するとは、最初に間違った人も思っていなかっただろう。

以上のように、成り立ちや意味が全く違うけれども、外見は非常に似ている二つの文字。
で、実際混同されたり、さらには「1ヶ」を「いっけ」と読む人も現れて混乱をきたしていることも、「ヶ」の使用が推奨されていない理由のようだ。


●「ヵ」について

同じように「1ヵ月」と表記する「ヵ(小さい「ヵ」)」の用法は、「ケ」が「か」と発音する際に、音に引きずられて混同して使われ、定着したものとされている。
こちらは普通のカタカナであって、何かの異体字や略字ではない。

違いとしては、「三ヶ日(さんがにち)」のように「が」と発音する場合は基本的に使わないという点が挙げられる。
(この場合は「三が日」とは書くが、あまり「三ヵ日」とは書かない)

こちらも「LKA」で入力できる。
小さな「ヵ」でなく、「カ」を用いる場合もある。



●略字、異体字の使用

略字・異体字は基本的に当用漢字表には入っていないし、義務教育でも扱わない。公式文書に使うことは非推奨で、本字もしくはかな書きを使うのがフォーマルな用法とされているようだ。
そして、ビジネス文書では、固有名詞以外の略字の仕様はタブーとされている。(異体字以外にも、宛名などで「株式会社」を「(株)」と書くこともマナー違反とされている)

結局「ヶ」は「慣習的な略字・異体字」ということで、ビジネス文書のようなフォーマルな場では「か」や「箇」を使うのが望ましいとされているようで、きたかさんの読んだ本の著書もこの立場からの意見なのだろう。

一昔前はよく職場や学校で見かけた略字に、学生運動や組合活動などで使われたり(通称「ゲバ文字」とも呼ばれる)、年取った人(だいたい60代前後↑)がよく使っていたものがある。

例えば、
●「耳ム」「耳云」(カッコ内文字を組み合わせて一つの文字として見てください)
 で「職」の略字
●「木又」=「権」
●「\||/」=「業」
●「斗」=「闘」
●「第」=「弟」に似た略字
↓コレ
ガス人間第1号
など。もっともこれはTRONなどでコード化されていて比較的使われる方の略字だ。

参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%A5%E5%AD%97
   の下に一覧画像あります。

こういう文字は、メモや板書なら許容範囲だが、正式な文書や宛名には使うべきではないとされている。
例えば、仕事の文書で、「第1回」というときに略字の方を使ったら、「『第』に書き直して」と言われるし、「職員旅行の案内」を「耳云員旅行」と書いたらやっぱりリテイクさせられるだろう。
それと似た感覚で、「フォーマルな場に出す文書では使わないようにする」ということなのだろう。

ここからは私論なので話半分で聞いていただきたい。

実家の父が長いこと組合専従の仕事、それも小器用なので看板だの印刷物の製作に駆り出されることが多かったため、小さい頃からこの手の略字・ゲバ文字を見ていた私にはなじみが深く、今でもメモや講義ノートなどで重宝している。画数少なくて楽なのだ。特に、板書しないで高速口述筆記しなければならない先生の講義では助かった。同様の理由で、中国語の簡体字も多用していた。
ノートを貸し借りする連中もたいてい中国学関連だったので特に支障はなかったというのも大きい。

私が学生・就職間もない頃はまだ目にする機会もあったのだが、現在、職場や学校などでこうした略字を使う人はめっきり減り、若い人が見ることもほぼ無くなっただろう。
私の父もはや古稀を迎える年だし、あの手の略字を多用していた方は大体現役を退いている。
加えて、既に10年前には、一部の「絶対手書き」のものを除いて、ビジネス文書は今や「デジタル作成されてプリントアウトされる」のが当たり前という状況が完成し、「手書きの対外文書」にお目にかかるほうが稀な時代である。
略字のほとんどは、PC上では変換されないので、あえて使おうと思っても入出力できない。

「略字多様世代の退出」+「PC上で変換が困難」という二つの時代的な理由によって、「略字」は今や社会から駆逐されつつある。
これはビジネス文書的には非常にスマートな状況と言えるだろう。

しかしそうした略字の中でも、「ヶ」の用法は一般的なものだけに、未だに生活の中で根付いている。
で、実際、一般的な日本語変換ソフトでは、「いっかげつ」「1かげつ」と入力すれば、変換候補の中に「一ヶ月」が出てくるので、変換は容易だ。
(ただし、IME2002では、「いっこ」と入力した場合、変換候補に「1ヶ」は出てこない。あくまで後ろに名詞が付く場合に限られているようだ。)

つまり、「略字がほぼ駆逐された」現状にあって、「ヶ」だけは「容易にPCで入出力ができる略字」というわけだ。
「使うことは望ましくないのだが、簡単に出せてしまうからつい使ってしまいがち」ということで、その筆者は「出ちゃうけどダメ」と強調したのかもしれない。


●固有名詞内での用法

地名や人名に用いられる「ヶ」は、「〜〜の」という意味を持つ「が」の代わりとして使われ、読みも原則的に「が」である。(「三ヶ日(みっかび)」のように「か」の場合もある)

例:霞ヶ浦・緑ヶ丘・…

これは固有名詞なので、勝手に文字を変えてはかえって礼を欠くこととなる。
住所などであれば正しい行政区分名に基づき、そのまま使う、人名ならば言わずもがなということなのだろう。
(正式な町名が「緑が丘」なのに勝手に「緑ヶ丘」と書けばNGだし、逆に「関ヶ原さん」の名札を「関が原」と書いたらリテイクとなるのは当然のことだ)

ただし地名によっては、
行政区分名=「霞が関」
駅名=「霞ケ関」
というように、表記に揺れが生じていることも珍しくない。
固有名詞の場合は、小さい「ヶ」と大きい「ケ」が混在する場合があるのでさらに注意が必要となる。

例:
関●丁目*-** 霞関商事
JR霞関駅より徒歩5分


「ヶ」はカタカナではなく、さりとて漢和辞典にも載らず、公式文書では使うなとまで言われる、なんか随分不憫な日陰の文字なのかもしれない。
そう思うと、かえってBlogとかでは使ってやりたくなったりも…



posted by 大道寺零(管理人) at 14:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
職業柄、手書きの発注書をFAXで流すことが頻繁であるため、「そんなにお固い書面でもないし一日に何度も書くため」という理由で、略字は多用してるほうかもしれません。

ここでいつも手を焼くのは「略字ができるほど日常的に多用されるわけではないが、画数の多い漢字を含む作品名称」ですな。
「夜明け前より瑠璃色な」とか「涼宮ハルヒの憂鬱」とか。
JANコードや固有の品番を併記すれば商品の混同は防げるので、途中までしか商品名を書かなかったりも。
特にハルヒなんか、今の人気商品だから書く頻度もしょっちゅうで、いちいち「憂鬱」とまで書いてられませんな。

PCによるデジタル文書化が進むと略字もだんだん使われなくなるのでしょうが、てっとりばやいFAXと手書き発注書に頼る小売業の世界では、案外ずっと生き延びていくのかもしれません。

ちなみに、手書き注文書を多用するエロゲー仕入れ担当という立場のため、覚えても何の得にもならないエロ熟語ばかりが書けるようになって困ります。
Posted by 鳥酋長 at 2007年03月31日 19:31
あーそっか、発注とか伝票関連ではいまだに手書きが生きてますよね〜。

>涼宮ハルヒ

最後の部分を書かないとどれだかわからなくなりそうですが、コードありますから大丈夫ですね…

まあ「略字使うな」といわれても、新字体漢字の多くが、実際は略字なんですよね…

(例:學⇒学 など)

>覚えても何の得にもならないエロ熟語

いやいやいやいや、この先どうなるかわかりませんよぉ?
もっとも、熟語の方向性によりますけどね…
Posted by 大道寺零 at 2007年04月02日 08:27
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