2007年04月23日

藁にすがるエゴイストの感情論流産とその後

天漢日乗」は、私がほぼ毎日読みに行くBlogの一つだ。
話題は多岐に渡っており、どの記事も読み応えがあって面白い。
サイトマスターが特に力を注いでいる話題のうちに、「周産期医療の現状、それを理解・評価しようとしない行政への批判」「産科不足に拍車をかけるマスコミ報道の誤った方向性」がある。最近は裁判の経過なども詳細に追跡されており、力が入っているなと感じる。
その論旨には同意させられるところが多い。

しかし今日読んだ記事は、不妊治療を受けた(これからも受ける)患者として、その末に双子を妊娠して失った人間として、そして公立病院に緊急搬送されてICUに入った者として、少なからず凹むところの多い内容だった。

<注:>
これから追記部分に書く内容は、上記三点にあてはまる人間の、単なる感情論であり、「批評」の域に達しない「感想」です。基本的に「チラシの裏」ってやつです。
なにかの検索のはずみでこの文章を見てしまった「天漢日乗」ファンの方には不愉快な感想を催させる可能性がありますのでご注意ください。
また、現在不妊治療中、治療経験者の方は恐らく大なり小なり凹む内容(恐らくは引用先ではなく私の地の文によって)を含みますのでそちらもご注意ください。

記事名:「周産期医療崩壊 不妊治療における安易な「双子願望」は誰が煽っているのか」(4/22)(「天漢日乗」より)

記事の大意は、
「『双子は可愛い』というイメージだけで、楽観的に多胎(=複数の受精卵を戻す選択)を選ぶ不妊治療患者がいるようだが、それはあまりにも安易なことである。患者はもっと現実のリスク(母体リスクや子の障碍や未熟児の可能性)を直視すべきだし、医療機関側もリスクを説明した上で治療を行い、受精卵を戻す数をもっと慎重に考えるべきで、妊娠成果の数字を上げたいために多胎を勧めるようなことは言語道断である。」
「安易な多胎妊娠は、限りあるNICUのベッドを塞ぎ、周産期救急医療スタッフの勤務状況を圧迫している」

という内容となっている。

その中で、とても現実的な提案なのだろうけども、治療の当事者としてはキツい部分は以下の引用部分だった。(引用部分の着色や強調は私によるものです)

自分たちのエゴがNICUのベッドを塞ぎ、緊急に治療が必要な他の子ども達は閉め出されてしまう。
 不妊治療による多胎は「親と医師の希望」で「デザインされた妊娠」
なのだから、実に困った話である。

やはり、今後は不妊治療のガイドラインとして
・原則として子宮に戻す受精卵は一個
・高齢の場合は、不妊治療のサイクル回数に上限を設ける

などを設定する必要があるだろう。
 人間は生物であり、機械ではない
のだ。生物は30年40年と生きていれば、生殖能力は衰えるし、生殖細胞自体も老化する。卵子の老化は、生まれてくる子どもにかなり影響があるといわれている。


実際、「子宮に戻す受精卵は一個」というガイドラインは、欧米では多く取り入れられている。特に胚盤胞移植などの場合は着床確率が高いため、国内でもその方向で行っている医療機関が増えているようだ。
(現在、国内のガイドラインは「3個まで」となっている。これは、3個以上戻しても妊娠率の向上は望めず、多胎リスクのみが飛躍的に増すため)
これにはあまり異存はない。いざ治療が進みこの時点に直面すると、一番の悩みどころなので、「ガイドラインでこうなってますよ」と言われれば納得して「じゃあそれで」という気分になれる。

母体年齢が上がると、妊娠率は下がり、流産率(ダウン症などの障碍率も)は上がる。
ここで「サイクル数を規制」と言われるのは、患者側からしたら実に厳しい。
「後がない」「だんだん確率は下がる一方」なのが誰よりも分かっている。(高度治療は体への負担へも高いため、毎月連続で行うというわけには行かない)せめて「可能性が続く限りトライ」ぐらいはさせてほしい。
まあ現実的には、その前に治療費が底を突くだろうけども。

しかし、こんなエゴイスティックな理由で多胎を積極的に選択され、その結果、危険な状態の母子を受け入れ治療することになる産科・小児科の先生や医療スタッフには心から同情する。
国は
 不妊治療を支援する方針
のようだが、二つの助成金を出してほしい。
一つは、不妊カップルに出す助成金だが、
 助成金を出す条件
として、
 両親の不妊症の程度を数値化する判定
を導入してほしい。

 この程度のスコアだったら、二年以内に妊娠する確率が何%で子供が生まれる確率が何%
という目安と
 このスコアだったら、妊娠するまでにかかる医療費
の目安を提示すれば、これから不妊治療を受けようと思っているカップルは、自分たちがどうするか、決められるだろう。本当に不妊治療を支援するつもりなら、国は
 国としての「治療の範囲」
を決めるべきである。


うん、これもキツいね…
不妊カップルは、無言&有音のプレッシャーを常に感じ、あからさまに批判されたり揶揄されたりして、絶えず重い「不具感」を抱えている。年月を重ねれば重ねるほどその重さは増すばかりだ。
そこに持ってきて、自分達のダメさを数値化やランキングされるのか…いやそれは、非常に合理的な話なのだけどこれは辛いわ。

また「治療の範囲」を定められた場合は、「このスコアに達していないので、助成は出せません」となり、または「うちの病院では扱えません」と門前払いを食らったりする可能性があるわけで。
(助成については、現在でも「○年間まで」or「○歳まで」という適用範囲がある。現実的に「○年以上治療してもダメな人には助成金出せません」なわけだから、そういう意味ではスコアリングは、非常に大まかではあるが、既にされている。なお、こうした条件は自治体によって異なる。)
将来的に「○○歳以上の不妊治療をするためには海外に行かなければできない」ような状況まで考えてしまうのは杞憂だろうか。そうでなくとも訴訟リスクがとんでもなく高まった昨今、病院側が「防衛」するのも当然の権利である。
検査内容や治療履歴を元に、スコアリングやランキングをするのは難しいことではないのだが、妊娠・出産は数字では計りきれないものがあって、極端な例だが、「年齢も考えて治療を打ち切ったけど妊娠できた」などということも…そりゃ多くはないがチラホラ聞く話だ。
「ゼロじゃない限り頑張りたい」という願いを打ち砕くような制度にはならないで欲しい(いや、勿論これはマスター氏の一提案でしかないことは承知の上なのだが)。

「人間は生物であって機会ではない」と、上で引用した文章にもあったが、生物だからこそ、「限られた時間の中で可能性に賭けたい」という「気持ち」や「意思」を捨てることは難しい。

前回の治療の際、受精卵を何個戻すかというのは本当に悩みどころだった。
先生や助産士さんと、何度も時間をかけてリスクの話も聞き、卵のグレードや私のホルモン状況、年齢なども考慮して判断した。
結果的に2個とも着床したわけだが、このエントリーで書いたとおり、前期破水により流産・帝王切開で人口死産という結果に終わってしまった。
双子でなく一人であれば無事な結果に終わったのか、それは誰にも分からないことだが、「二人をお腹の中で育て、維持する」ことの困難さは文字通り身に沁みて分かった。
今の心境に比べれば、確かに選択時の私の気持ちは軽かったかもしれないが、それでもできる限りリスクを知る努力はしたつもりだし、クリニック側も決して「いいところだけ話す」ということはなかった。
私の通っていたクリニックは、分娩まで自前で面倒を見てくれる病院(不妊治療を扱う病院には、分娩は行わない所も多い)だったので、出血多量という不測の事態がなければ、最後までクリニックの先生とスタッフに面倒を見ていただく予定であったことも付記しておく。

結果として、私はもう少し後で移る予定だった公立病院に救急搬送され、経過判断・執刀を行ってくださった先生と医療スタッフのスケジュールを乱し、ICUを丸一日占拠し、産婦人科のベッドを2週間占拠した「エゴイスティックな悪の権化」なのかと思ったら実に悲しくなってきたわけだが。
治療を開始したのも「好き好んで」のこと、2個戻しもリスクを承知で自分で選択したことだが、流産や救急搬送されたのは何も好き好んでのことではない。
結果的には、プロセスがどうあれ、「ハイリスク多胎の、他所からの緊急搬送患者」のワンカウントだから、「天漢日乗」の上記記事に対して「私は違います!」と言い切ることは到底出来ない。
私は開腹手術後の回復期間を待ってまた治療を始めるつもりでいるが、医療システムや社会的に見た場合、ハイリスク妊婦や高年齢の不妊治療患者は、「お荷物」「悪」でしかないのだろうな。現実は思った以上に辛い。あの時死んでれば少しは医療行政のお役に立てたのね。

不妊治療は、「医療」の中にあって唯一

・治療しないからといって生命や健康に大きく関わる危険はない
・本人が「治療を始める」という決定意思があってはじめて医療行為がスタートする

という特殊な分野だ。費用と手間をかけたからといって必ず改善や成果が得られるわけではなく、着床しなければまたリセットして1からやり直しなので、「そもそも『治療』ですらないのでは」という感覚は、誰あろう患者が一番強く持っているものだ。なので、こういう論法で批判されるととてもキツい。合理的に反論できる決定的な材料が見当たらないのだ。

自分でもすごくみっともない感情論、してもどうしようもない反論(にもならない駄文)を書き散らしているという自覚はある(だから直接コメントもトラックバックも行わない。単にチキンといえばチキンなだけなんだが。)。
「キツい」「辛い」という以上のレベルの言葉を使えないあたりがもう自分でも情けない。
同時に、後で相方が見たら私以上に悲しく辛い思いをするということも十分分かっているのだが、それでも書かずにはいられなかった。
……まあ、後日を待たずに消すかもしれないけれども。


posted by 大道寺零(管理人) at 04:16 | Comment(3) | TrackBack(0) | 流産とその後
この記事へのコメント
引用先の記事を読んでモヤッとしたモノを抱えていた凍結卵持ちです。
ここに来て、その正体がわかったような気がしました。
私が通っていた病院では治療にかかる前にガイダンスで治療方法の他にいろいろなリスクと治療しない人生もあるという説明を受けました。みんな楽観的ではないと思います。真剣で、でも思い詰めないようバランスをとろうと気を張っています。
いろいろな場面で選択を迫られる機会がありましたが、その結果が、「エゴ」「不正解」であるとクイズの解答のように色分けは出来ないのになぁ。
Posted by ふらここ at 2007年04月23日 16:09
いや、ここに居るようなちゃんと勉強した人たちじゃなくて
本当の意味での不妊でもないのに2ちゃんなんて
だれがみてるかわからないところにまで
「不妊クリニックで双子がほしい」と書き散らすような人たち
が問題になってるんだと思いますよ。
手段があればそれを悪用したくなる無知というか
常識のない人たちもいるわけで、
そういう人たちを制度的に
ふるい落としていかないと、という話です。


三つ子ちゃんのママを知ってますが、
本当に、年より老けてみえてもかまわないようだし、
すべてが普通の3倍かそれ以上大変そうです
(静かな迫力みたいな
やりがいみたいなものも感じますが)。
その意味では医者に同意します。


しかし人の親度キャパシティを計ろうというのも
パンク科の医者の気持ちとしてはわかるけれど
本来神のみのなせる業で、
人が人を見るのは限界ありますからね〜
こりゃわかってなさそうと思ったら、
うまくカドをたたせず「乗車拒否」するやりかたを
コールセンターやタクシーに医者が学びにいくほうが
実際的かもしれないですね。
Posted by naporin at 2007年04月23日 23:43
>>ふらここさん

私の自虐文に付き合わせてしまって申し訳ないです。お乳の出が悪くなってしまわないといいのですが。
毎日赤さんのお世話が大変でしょうね。どうぞふらここさん自身もご自愛くださいませ。

>治療にかかる前にガイダンスで治療方法の他にいろいろなリスクと治療しない人生もあるという説明を受けました。

私のクリニックでも、本当に丁寧に説明していただきました。
いくら気力と体力を持たせて、そして借金してまでも治療を続けようとしても、時期が来れば必ず治療を打ち切らなければいけない時が来ますからね…
一度走り出すと心情的に降りづらいレールではありますが、途中のポイント切り替えは本当に無数ですよね。それぞれに葛藤や思いはあるのですが、統計的にはならして見られるのは当たり前とはいえ、きついものです。昨日のリンク先の新記事内容でまた打ちのめされてしまったし…

>>naporinさん

ご指摘の通り、冒頭に出たようなドリーマーを戒めるのが大意だと分かってはいるのですが、話の内容が自分の身の上に3hitも4hitもコンボで重なってしまうと、どうしても「私は違うもんね」と離して見れないんですよ…
多少平常モードに戻ったつもりでも、まだまだダメなんだなあと思います。つくづく。

>三つ子ちゃんのママ

私の主治医も、基本的に「よほどの状況でない限り3つは基本的に戻さない」「3つ子のリスクは大きく、妊娠の維持そのものが大変」というスタンスでした。
実際、生まれてから本当に大変だろうなあと思います。
反面、もう3つ子となれば、「よしこれからは戦争だ」と生まれた時点で腹をくくってしまうんじゃないかとも思いますね。育児の助力とかも心情的に求めやすいと思います。だっておっぱいの数自体が足りないんですからねぇ…

>こりゃわかってなさそうと思ったら、
うまくカドをたたせず「乗車拒否」するやりかたをコールセンターやタクシーに医者が学びにいくほうが実際的かもしれないですね。

それは本当に思いますね。
特に昨今の、「子供は無事に生まれて当たり前」という誤解から生じる深刻な訴訟の連発に備えがないと、廃業してしまったら患者が困りますからね…
小規模な話ですけど、たまにちょっとクレーマー入ってたり、自分の要望ばかりを通そうとする患者さんがいると、説明にめちゃくちゃ時間がかかってしまって、あとの診察が押し押しになっちゃいますからね…
実は私も、下脱いで内診台に上がってる状態で、そういう患者さんのせいで10分以上待たなければいけないことがあって…(さすがにナースさんが気の毒がって一度下ろしてくれましたが;)「バカヤローたいがいにせえよ;」と思いましたねえ…
私はただの内診検査だったからまあケツが少し冷えたぐらいですみましたけどね…
Posted by 大道寺零 at 2007年04月24日 17:48
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