2005年09月11日

判断材料雑記

投票日の当日になって見つけたページ。
2005年9月11日 「最高裁判所裁判官 国民審査」に、キチンと参加したいあなたへ

常常、選挙の折に同時に渡される「最高裁裁判官審査」用紙を見ながら、「名前だけ並べられても…」という困惑した思いを捨てられなかった。各裁判官の経歴や、「どんな裁判でどういう判決を出したか」を目にできる資料が、誰でも気楽に見られる範囲で提供されているとは言いがたいからだ。
最高裁判所のサイトでは、「裁判官の紹介」のところで、判決一覧も含めて閲覧できる。これも上のページで始めて知った。)

もう投票を済ませた向きも多いとは思うが、「これから行く」という方は軽くでも目を通されると、これまでよりは有意義な審査投票ができるのでは。

↑のように、裁判所とか有志が努力しているにもかかわらず、鳥栖市長がこんなトンデモでは済まされない発言を。

<京都新聞>「白紙を投票箱に」 裁判官国民審査で鳥栖市長

 佐賀県鳥栖市の牟田秀敏市長が衆院選候補の応援演説で、最高裁裁判官の国民審査について「(国民審査の)白い紙はそのまま投票箱に入れて帰るように。何か書くといろいろ問題になる」と発言していたことが10日、分かった。県選管は「裁判官の信任・不信任を判断する貴重な機会で不適切」との見解を示した。


郵政問題で混乱し解散したという経緯から、これまでになく注目を集めている本選挙は、投票率の上昇が見込めるのではと予想されている(フタを空けたらどうなるかは分からないが)。一方で、政治不信から関心を失う気持ちもよく理解できる。
でもまあ、何かしら意見があるのなら投票には行くべきかと。
「どいつもこいつもダメだ」と思っているのなら白票を投じればいい。「白票が莫大な数に」となったら、それはそれで社会問題として取り上げられ、現実を政治家連中に突きつけることができるだろう。不信は行動で示す事ができる。
短いながら、「朝目新聞」管理人さんのコメントが強く印象に残った。

選挙に行かない=利権の為に必ず投票に行く類の特定の集団を利する行為です。


「不作為=どこにも加担しない、支持しないのだから基本的にイノセント」ではなく、結果として罪悪的になることもある。選挙はその典型例といえるだろう。
posted by 大道寺零(管理人) at 10:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:[基本的に空欄を推奨します。詳細はこちらをご覧ください。]

ホームページアドレス:

(コメント投稿後、表示に反映されるまで時間がかかる場合がございますのでご了承の上、重複投稿にご注意ください。)
コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。