2007年05月05日

昭和15年の岩波文庫一般書籍

先日のエントリーでちょっと触れた「我が家で最古の岩波文庫」をしみじみ眺めていたらまた色々な発見があったので、いろいろ書いてみることにする。
15iwanami2.jpg

<基本データ>
(本来漢字の表記は全て旧字体だが、web上では色々面倒なので、便宜上新字を使うことにする)

書名:「孝経・曾子
訳註:武内義雄・坂本良太郎
番号:2352-2353
価格:四十銭=★★
総頁:178ページ

昭和十五年六月二十五日 印刷
昭和十五年七月二日   発行

精興社 印刷
三福  製本


基本レートである「100ページ=20銭」にほぼマッチした価格である。

番号が連番になっているのは、
孝経=2352
曾子=2353
というように、冊数ではなくて収録した原典に一つずつ番号をつけていたからだろうか。
15iwanami1.jpg

表紙・裏表紙はこんな感じ。今に継承されるオーソドックスなデザインだ。
ナヌ?こんな唐草模様見たことない?
そんな人はお手持ちの岩波文庫のカバーを外してみなされ。


本棚に納めると一目瞭然なのだが、微妙に現在の文庫本とはサイズが違う。

15iwanmi7.jpg左の写真を参考にしていただければ分かると思うが、(薄くて汚い方が昔の岩波文庫)天地のサイズが現行の文庫サイズよりも1cmくらい大きい。逆に、幅は数ミリだが小さい。つまり少しだけだが、スリムということだ。

当時の岩波文庫の判型は、「菊半裁」というもので、現在の文庫本と同じサイズになったのは昭和16年だという。この本は、移行の寸前に発行されたということになる。

紙には色々な規格があるが、これは「菊判(全紙で939×636mm)」という紙を元に裁断したサイズで、菊基準のサイズは昔出版業界でメジャーなものだったと言う。
ちなみに「菊」とは、もともと新聞紙に用いられた、輸入紙のサイジング。
新聞の「聞」=「きく」⇒「菊」ということで「菊印」という名前で売り出されたのがはじめらしい。ネーミングした人はいいセンスしてますなー。
ちなみに現在の「文庫判」はA全紙をもとにカットした「A6」と同じで、148×105mmが標準。

さて、表紙をめくってみる。
これが中表紙…なのだが……左上の部分に注目。
15iwanami3.jpg
改めて気付いた。
15iwanami4.jpgタイトルなどを囲む枠線が、「紙が折れた状態の上から」印刷されている。

つまり…これってエラー本だったのね……

微妙に得したような気も。


15iwanami5.jpg
こちらは奥付。
今となっては幻のしおり紐も一緒にスキャンしてみた。この頃は付いていたんだねぇ……
このしおり紐、とても便利なのだが、いまやコストの問題などで、付けている出版社が稀少になってしまった(新潮のはまだあったっけ?)。栞とかリーフレットとかハガキだと、根っころがっての片手読みに不便なんだよなあ。


15iwanami6.jpgさて、奥付中央部にハンコがあるのが不思議に写るかも知れない。
これは「著者検印」といって、著者がハンコを押したりサインした小さな紙が貼り付けられているもの。
「確かに私がこの会社と正式に版権契約を結んで出版した、正規の出版物です!」という意味のお墨付き…なのだが、実際のところ、「出版社から印税を誤魔化されないように」というチェックの意味合いの方が大きかったらしい。
例えば、
「先生の本を5000部刷りました、ハイ5000冊分の印税です」と言っておきながら、実際は8000部を刷って売り抜けて、3000部の印税浮いて出版社ホクホク…
というような事態を防ぐためのものだったそうな。
実際、そういう事が多くあったのかもしれない。

これがタダのハンコであっても、実際に本人や家人、あるいはマネージャー的な人が押した実際の印章。ファンにとってはサイン本に準ずるような存在と言える。
また、ハンコでなくてサインであったり、「519/3000」のように通し番号(今風に言えば「直筆シリアルナンバー」だ!)が書いてあったり、ハンコや紙のデザインが凝ったものだったりする楽しみがあるので、「検印」に特化した古本マニアも少なくないし、古書の価格を査定する際のプレミアともなりうる要素だ。
参考:「奥付の部屋【No.2】」…さまざまな著者検印が紹介されています。

ちなみに戦後〜昭和30年あたりまでには検印制度は終わりを告げ、奥付に「著者との合議により検印廃止」と印刷されるだけになり、今では「検印廃止」の旨を表示することすらほとんどなくなった。
(岩波文庫も、少なくとも昭和30年代の出版のものには、「廃止」の記載自体がなくなっている。)

話はそれるが、確認のため書庫を漁ってみたが、各社文庫やハードカバーなどを見ても、「検印廃止」を表記している出版社はもはや稀少だった。
意外に漫画のほうが律儀で、秋田書店サンデーコミックスやチャンピオンコミックスなどが「検印廃止」をわりと大きく表示している。(チャンピオンREDコミックスにはない)
もっとも律儀なのは小学館。最近刊の「20世紀少年」の奥付にもしっかりと「著者検印廃止」と記載されている。

話をこの岩波文庫に戻そう。
ここで捺印されているのは「坂本」の判。
訳註者の一人・坂本良太郎氏であることがわかる。
海外の作品、しかも孝経のような「超古典」では、当然「筆者のハンコ」など取れないわけだから当然訳や監修を行った人の検印となるわけだ。

15iwanami7.jpg全ページ中3ページだけであったが、余白に万年筆で書き込みがあった。講義や講読のメモと思われる。
達筆すぎて部分的にしか読めないけれども。


巻末に、「岩波文庫最新刊書」のリストがある。
昭和十五年七月現在で「既刊1134冊」という表記も見られる。
今でこそいかめしいイメージの岩波文庫だが、当時は創刊されて数年の、月を追って発展していく若いライブラリーだった。そういう瑞々しい空気が感じられてかなり新鮮。いや、手はやっぱり痒くなったけどもね。

そんなわけで、2ページにわたるリストを転記してみる(旧字体でないのはご容赦)。なにかの間違いで岩波文庫マニアの人がここに迷い込んできた時にちょっとでも楽しめるかもしれない。別に楽しめないかもしれない。(★1個=20銭)

・猟人日記(下) ツルゲーネフ/中山省三郎 ★★
・アンデルセン童話集(四) 大畑末吉 ★★
・弘道館記述義 藤田東湖著/塚本勝義註 ★★
・判断力批判(上) カント/大西克礼 ★★★
・王堂本 曾我物語(下) 穴山孝道校訂 ★★
・愛弟通信 国木田独歩 ★★
・紅楼夢(一) 曹雪芹/松枝茂夫 ★★★
・童話集 隊商 ハウフ/高橋健二 ★★
・緑のハインリヒ(三) ケラー/伊藤武雄 ★★★
・ニュートン 光学 阿部良夫・堀伸夫訳 ★★★★
・後拾遺和歌集 西下経一校訂 ★★★
・小さき者へ 生まれ出づる悩み 有島武郎 ★
・毛詩抄(詩経)(一) 清原宣賢講述/倉石武四郎・小川環樹校訂 ★★★★
・スペインの太子 ドン・カルロス シラー/佐藤通次 ★★★
・ラモーの甥 デイドロ/本田喜代治 ★★
・人間悟性論 ジョン・ロック/加藤宇一郎 ★★
・日本外史(五) 頼山陽/頼成一訳★★
・三人妻 尾崎紅葉 ★★★
・虚栄の市(五) サッカレ/三宅幾三郎 ★★
・ギリシャの踊子 他四編 シュニッツラー/番匠谷栄一 ★
・ベラミ(下) モーパッサン/杉捷夫 ★★
・葉隠(上) 和辻哲郎・古川哲史校訂 ★★
・憲法義解 伊藤博文/宮澤俊義校註 ★★
・南総里見八犬伝(八) 曲亭馬琴/小池藤五郎 ★★★
・元禄快挙録(中) 福本日南 ★★
・平凡 他六編 二葉亭四迷 ★★
・男やもめ 他一編 シュテイフター/加藤一郎 ★★
・ベルタ・ガルラン夫人 シュニッツラー/伊藤武雄 ★★
・真理とは何か シェストフ/須田豊太郎 ★
・人文地理学原理 プラーシュ/飯塚浩二 ★★★
・うた日記 森鴎外 ★★
・息子たちと恋人たち(二) ロレンス/本田顕彰 ★★
・オーベルマン(上) セナンクール/市原豊太 ★★★
・葦と泥 ブラスコ・イパーニエス/高橋正武 ★★★
・大塩中斎 洗心堂箚記 山田準 訳註 ★★★★
・科学の学校 オストワ゛ルト/都築洋次郎 ★★★
・聖教要録・配所残筆 山鹿素行/村岡典嗣 校訂 ★
・漱石小品集 夏目漱石 ★★★
・クリスチナ・ロセッティ詩抄 入江直祐訳 ★★
・魔の山 トオマス・マン/関泰祐・望月市惠 ★★
・三つの物語 フローベール/山田九朗 ★★
・科学談義 ティ・エッチ・ハックスリ/小泉丹 ★★
・古今著聞集(上) 黒坂勝美・丸山次郎校訂 ★★★
・童話集 一房の葡萄 他五編 有島武郎 ★
・虚栄の市(六) サッカレ/三宅幾三郎 ★★
・聖アントワヌの誘惑 フローベール/渡辺一夫 ★★★
・孝経・曾子 武内義雄・坂本良太郎訳註 ★★ 


現在の大定番ラインナップに残っているものもあれば、「えっコレも岩波文庫で出てたの?」というものもあって、けっこう「当時の新刊リスト」って楽しいんである。




先の記事を書いた後に相方に確かめたら、この本はやはり、二人で萬葉堂書店(仙台鈎取店)に行った時に彼が買ったものだった。
授業やゼミの予習に必要不可欠な十三経(儒学の基本必携書物セット。哲学や文学だけでなく、中国史学の論文を読む上でも必要不可欠な文献。内容は『易(経)』・『書(経)』・『詩(経)』・『周礼』・『儀礼』・『礼記』(『大学』・『中庸』を含む)。 * 『春秋左氏伝』・『春秋公羊伝』・『春秋穀梁伝』・『論語』・ ・ 『孝経』・『爾雅』・ 『孟子』。「論語」や「詩経」「左伝」などは廉価な文庫版があったが、手軽なものがない場合は研究室に行かないとみられず、予習がままならない)の対訳本をできるだけ自宅に揃えて、雨の日風の日休みの日くらいは研究室に行かないでも予習ができるように…という野望の元、そういえば随分と古本を買って、生活費にピーピー言っていたものだ。
そんなわけで、同書店で1000円。
「高い!」と思われるだろうが、当時絶版だったし、普通に新刊で買う論文用の参考にする本も高いものだったから、当時の感覚では「こんなもんだよな」と納得したんだった。思い出した。

posted by 大道寺零(管理人) at 02:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 一般書籍
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