2007年06月18日

利用された修学旅行(2)日記

前回の記事について、「(親子ともども)洗脳されている」というコメントをいただいたのだが、私も本当にそう思う。
まともな感覚の大人(親も含めて)であれば、
「納得の行かない結果ではあるが、特例として発給が可能と判断されたことは大きな一歩だし、問題提起も出来た。
 沢山の人からの応援の署名をいただいた志を無にしないためにも、一生に一度の修学旅行には行ってらっしゃい」

と言うのではないだろうか。
そして、
「望まない姓を記載されたパスポートを携帯して出入国する」という数少ない貴重なテストケースとして、
「どのような場面で不都合や不愉快な思いをさせられる場面があったのか」
ということを後日聞き取って発表し、それを今後の運動の貴重な論拠の一つとして活用する
のがクレバーなやり方だと思うのだが。

それをしないのは、「修学旅行までに法改正を迫ることが目的」であり、「完全勝利でなければ『団体にとって』意味がない」からだ。
K.Sの胸のうちまでは知りようが無いが、もし少しでも
「修学旅行にいけるならこのパスポートでもいいや、一回きりだし」
という気持ちがあるが言うわけにはいかない…というような心情があるのならば、「真に不利益をもたらしているのはどっちだろう?」と考えてしまう。
まあチラシを見る限りでは、彼女自身も立派な「活動家」になっちゃってるようだが…

で、とにかく彼女を支援する「団体」がどうにも胡散臭く、また、DVと非嫡出子・戸籍問題とパスポートの件を一緒くたにして一気に法改正を迫るやり方には賛同のしようがないものを感じる。

特にひどかったのが、支援団体LEMON+のブログ
時々戸籍が気にかかるKai?
である。

やはりここ数日は意見や質問、反論が多かったのだが、コメントを大量削除。今日の昼頃?にお定まりの「一方的にコメンターを批判・自己弁護した上でコメント機能閉鎖」となった。
別に炎上と呼べるようなコメント数でもなく、荒らしや「2chから来ました」のようなものもなかった。

法改正を求める市民団体がWebを通じてなすべきことは何だろうか。
目的はそれぞれ異なるだろうが、多くの団体は、
「現在賛同してくれる人だけでは数が足りない」
「もっと多くの人に賛同して欲しい」
「現在の問題点をより多くの人に知って欲しい」
という願いを持ちながら活動していることと思う。
ことに民法772条については、「別に廃止する必要はない」と思っている人も多いのだから、「周知・啓蒙」が何より大事だろう。

今も昔も(それこそ聖書や論語・ブッダの問答集を見るまでもなく)、啓蒙にもっとも効果的なのは「対話」「問答」である。
自らの持論に反対する者、無関心な者から寄せられた疑問や意見に、理路整然と、説得力のある言葉で答えるのは、主張を伝え、後にその問答を見聞きした第三者に対しても「なるほどなあ」と納得させるのに効果抜群だ。口語的な問答文は誰にでも読みやすいというメリットもある。
掲示板やブログのコメント欄は、その議論の様子を誰にでも分かるように見せ、なおかつ記事ごとに整理して残すことが出来る格好のツールのはずだ。
逆に、返す言葉が無く思考停止的な罵倒で返したり、都合の悪い質問を無視したり、記録から削除したりすれば、その持論は偏っている・論理に瑕疵がある・議論上敗北したと判断されても仕方がない。その際に反論相手を罵倒したり、自分たちを正当化する勝利発言を出すなどの行為はさらにイメージを損ねることだ。

これは、コメントを全削除・受け付け停止・閲覧停止状態にした後に書かれたエントリー。

(以下の引用は、「時々戸籍が気にかかるKai?」より )

とかく噂というものは…」より

 ありとあらゆるプライバシーを満載にして、それを原則公開にするっていう戸籍は、「詮索奨励」制度のようなもので、そんなものがあるから、いつまでもつまらない噂が飛び交うのか、噂や詮索を容認する人が多いから、戸籍が気にならないのか。
 相乗効果かな。
 人の庭で遊んで、散らかして、のぞこうとして、適当なことをしゃべって時間をつぶす人たちが多いので、しばらく鍵をしめましょうね。


出ました「人の庭」。
都合の悪いコメントを排除したり、批判を無視してなかったことにする連中が必ず使う表現。
サイトやブログを「自分の家」「自分の庭」と表現し、「私の家に入ってきて勝手なことをしないで!」と言う。
Web上のスペースは公共の場であり、そこに情報を載せるだけでなく掲示板やブログを作るということは、「どなたでもウェルカム」という看板をつけていると同じだということを理解していないお定まりの思考ソース。
大体、自分で契約したサーバースペースでもなく、レンタルブログでこんなことを言うこと自体がちゃんちゃらおかしいのであって、「ここは私の庭」じゃなくて「exciteさんの所有するサーバーだよ」と言ってやりたくなる。

また、ブログ主は、反論を全て
「詮索や誹謗中傷が目的のくだらないもの」
としたいようだが、比較的多くコメントの付いていた記事のスクリーンショット(サイズでかくてすみません)を見れば、決してそうでもないと思う(これでもコメントは随分と削除された後である)。

「蛍狩り」エントリーについていたコメント内容


このコメントにある疑問や反論は私も非常に興味のあるところであり、かつ、772条の法改正を求める団体の人間ならば、個別レスは無理であっても返答する価値のあるものばかりだと思うのだが。
言葉遣いもさほど問題のあるものは見当たらず、それなりに敬語などが使われている。
それに対する管理者のコメントがこれだ。

Commented by fuyukikai at 2007-06-18 12:25

別の各所で何を言うかは別にして、このサイトを利用して他人を詮索するのは、お断りですじゃ。何も確認してくれなくてよろしい。ここでごじゃごじゃ言っててもしょうがないでしょが。困った人たちや〜。自分の庭でやってくれ〜


対応といい言葉遣いといい、無礼なのは果たしてどっちだろう???

「ここでごじゃごじゃ言っててもしょうがないでしょが。」

この問題に対してどのような反論が出ているのかを掲載し、それにしっかり反駁するのがこのブログの仕事では?
この記事の本文中に

めぐり合ったことのない異質性は、排除することなく理解していきたいものです。


とあるのだが、さんざんコメントや反論・感想を排除しておいて何を抜かすのかと…笑うところですか???

自分たちに賛同してくれる人のコメントしかいらない、もしくはタダの連絡用というのであれば、ブログにする必要などないと思うがなー。
(それにしてもこの人の文章は読みづらくて意味が取りにくい…)

また、コメントが増えてきて削除したあたりで消去した記事もあった。以下引用(太字、着色はこちらで行ったもの)。

 クミちゃん…。東京の記者会見で、(感極まり状態で)思ったことをほとんど伝えられなかったことに、悔いが残っていたらしく、6月14日(木)に、記者会見に来てくれたマスコミ関係者に対し「報道関係の皆様へ」という手書きの文章を送りました。送る話は、木曜日に聞き、その内容は金曜日に知る事が出来ました。
 内容は、これまでの支えや、外務省への働きかけへの感謝の気持ち。右上ヘボン式ローマ字名に××(前夫)の名が記されることと、申請用紙書き直しの指示が悲しかったこと。「君の言う名前で作るのは違法で偽造パスポートになるよ。」と言われたことが、自分の16年間の人生が何だったのか、私の名前が偽造なのかと、いろんな言葉が頭の中を駆け巡り立ち直れなかったこと。行きたくなかった裁判所にも行き、全ての書類は準備したことなどが記されています。
 でも、申請書の書き直しに応じることができない、妥協はしたくない、と、したためてありました。そして、外務省旅券課課長に、次には泣く子を作らないでください、と言ったこと。
 最後にたくさんの人に署名を頂いたことに対するお礼。それをはげみに「772条の改正と戦って行きたいと思います!!」との言葉。ここまでの道を開いてくださった方々、最後まで私のわがままに付き合って下さった支援団体の皆様、署名活動に協力してくれた友人達にも感謝します。そして、報道の皆様にも、ご協力とご支援頂き誠に感謝しています。本当に、ありがとうございました。と、結ばれています。
 このような文章を、16歳の女の子が一人で考えて書き、そして、そのときその場にいた人々に伝え切れなかった思いとして、伝えようとする行為を、私はまずは、尊重したかった。
 それは、彼女の思いであるのだから。
 でも、支援の立場はまた、少し違うかもしれない。最後まであきらめずに、行かせてあげたいと思ったり、772条の改正を待たずとも行ける方法がないものかと考えたり…。
 おまけに、支援団体ときたら(って、わたしらのことやん)直前まで、署名のコピー、要望書作成、日程確定の流動的な中、記者への投げ込みをどうするこうする。と、まさに前日までてんやわんやで。地元の滋賀の記者の方々に周知することが出来ていませんでした。(本当にバタバタです。やみくものせいいっぱいとも言えます。)ごめんなさい。
 で、結局行かないのですか?の問い合わせが、地元の記者たちから本人たちにあり、15日(金)読売新聞に「母の前夫姓 旅券拒否−無戸籍高、修学旅行拒否」の記事が載り、関西テレビの夕方ニュースにも個別取材で報道がされました。それもまた、クミちゃんの率直な思いだったと思います。
 さあ、これからどうするか?
 支援者の一人としても、一人の大人としても、重い課題。でももちろん、自分たちの課題。考えていく意義がものすごく、大きくて深い課題として。
by fuyukikai | 2007-06-17 01:57 | Comments(5)


読んだ感想

・感謝するのは、「マスコミ」「支援者」「署名してくれた人」にだけで、発給への手続きを模索する時間と手間が随分と余分にかかった外務省やら法務省の職員に対しては一切ないのですな。躾のよろしいことで。


>外務省旅券課課長に、次には泣く子を作らないでください

どう見てもお門違い。自分の母親や、これから子を持つ女性達に語りかけるならまだ分かるが。


>「772条の改正と戦って行きたいと思います!!」

あまりにクオリティの高い国語力に突っ込むのもかわいそうだと思うが、この文だけを見ると、クミちゃんは
「772条を死守するために戦う」
ようにしか読めない。

それとなく大人がリライトしてやればいいのに。

また、このエントリーには、部分的にしか語られていない「外務省が発給可能な旅券の具体的内容」が掲載されているという点で貴重だと思う。
つまり、

右上ヘボン式ローマ字名に××(前夫)の名が記されること

の部分。

Webニュースや各種記事などの情報を総合すると、今回外務省が「こういう形であれば発給できるよ」と示したのは、次のような旅券のようだ。(注:実際に発給されてはいない)
(参考:旅券の画面構成

ブログの中でローマ字名が「右上」と書かれているのは「写真右上」の意か?

・ヘボン式ローマ字名には前夫の姓が記載されるが、現在住民票などで使用している通名の姓をカッコ書きで併記する
右下の自署サインは通名でよい

(あとで引用するエントリーでも分かる)

この二箇所以外に「姓名」に関わる表記はない(あとは国籍や生年月日などのデータ)のだから、これは相当の譲歩、逆に言えば「ヘボン式ローマ字部分の一部にしか前夫の姓が出てこない」とも考えられるのだが…
入出国の際にこのせいで支障が出ることはない(だいたい、修学旅行などではかなりの便宜が図られるので、全員分を精査されるということはまずない)。
むしろ、「性同一性障害で性転換手術を受けたり、見た目の性別が記載された性別と明らかに違う人」のほうがよっぽど面倒くさい思いをしてると思うよ。

772条にからめとられた外務省」より

大臣接見室で本人、両親3人と会いました。書名(原文ママ)欄に加え、通称を括弧書で書いてもよい。しかし、ローマ字の本人欄(正式の)は、あくまでも母の前夫の名前。冒頭の言葉「722条を変えるのはむずかしいからね。」と先制攻撃。「ここまでがんばったんだから(ここまでしてやったんだから)もういいでしょ。」「今の名前で作ったら、偽造パスポートになってしまう。」などの暴言をはかれ、


外務省が出来る範囲で大譲歩して発給するというパスポートを「偽造パスポートなんか要りません!」と表現するほうがよっぽど暴言だろ…

「行きたくなかったとは、言わせない。行けなくなったのです!」より

それにしても、なぜ、外務省は、772条にいきなり、そんなにまで目が向いて、まるで772条をかたくなに守ることを、自分たちのお仕事のように思いこんでしまったのでしょう?


そもそも外務省と772条は直接の関係がない。現行法の範囲内で、邦人の貴重な身分証明書となる旅券を正確に発給する義務があるから。
本来は今回の特例もかなり旅券発給的には危険なことで、旅券の厳密性が失われ、世界でも有数の信頼を持つ日本のパスポートが「日本のパスポートなんて誰でも取れるから」となってしまっては、渡航する邦人全体の不利益になるわけで。
K.Sとその支持者達は「風穴」のつもりでも、全体の利益から見れば「いずれ決壊につながるダムの穴」になりうるから。
…じゃないかな?

今回の省令改正を受けて、外務省が戸籍の添付がなく旅券申請した人々に対し、補正請求してきた項目は、10項目にも及び、その内、○母子関係を認定するにあたり参考となる書類  ○申請者および父母の身分関係等に関する履歴書(申請者および父母の身分関係等を時系列で記載したもの 注:父母の婚姻、父と母の接触状況、子の出生、出生届の不受理、居住地の履歴、外国人との婚姻、認知、その他申請者の外国国籍の取得につながりうる身分行為等を時系列で出来るだけ詳細に記載したもの)は、外務省が要求し、精査するものではなく、明らかに法務省が所轄する分野の書類です。


逆に言えば、一枚でそれだけの書類の示す情報を含み、公に承認する威力を持つのが戸籍ということだ。この文章を見て、「戸籍って実は凄いんだな」と再認識したのは私だけではあるまい。

また、これは、省令により新たに条件付けられた「親子関係を確定させるための審判または裁判手続きを行っていることを疎明する文書」というのは、審判手続きに対する不安や、恐れにより、長く審判をためらってきた人々(母)に対して、旅券とひき換えに、行為を「強要」するものです(ほとんど強迫と言ってもさしつかえない)。むしろ、法務省が戸籍の記載のない人々やその親に対して、「すべき行為」として進言するべきこと(しかし、あえて行ってこなかったこと)を、外務省が無理矢理にでも行わせようとするということは、私にはどうしても腑に落ちない、越権行為に思われます


弁護士などの代理人を立てれば、顔をあわせることなく済ませることが出来る審判。
それ以前に、「人の母となる」上で「知らなかったではすまされない」親の義務なのだが。

普通の、常識的なものの見方をすれば、未だ公的な文書のどこにも一切その名前がなく、実際の暮らしでも、住民票でも、学生証でも記載されているその名前が、ただ一つ旅券だけ別の名前であると言うことは、他の事案で証明書類の提出をする場合などにも、おおいなる混乱をもたらすでしょう。何よりもその名前で人格をもって生きているその人が、自覚する名前が、その人の名前でしょう。


その混乱をもたらさないために設けられているのが現行法なわけで。
どうもこの人たちの言い分を聞いていると、「なすべき手続きをやらない連中がこんな風にゴネる根拠になるなら、いっそ住民票交付しないほうがいいんじゃないか?」とすら思えてくる。
また、「自分が『この名前こそ自分の名前!』と思う」ものが正式に通用する名前になるというのなら、芸能人や作家は芸名でパスポートや戸籍を取れるということになってしまうのだが…
極端な例で言えば、「私はWeb上ではこのハンドルネームがアイデンティティであり、一番自分らしくいられる名前なんです!何十人もの人が私をこの名前で呼んでくれて認識されています!」と言ってハンドルネームで戸籍を作ったり住民登録できてしまう。

法務省の管轄で(地方法務局で)クミちゃんの国籍の確認をして、その証明書類を外務省に持って行ったらよいのでは?


「国籍の確認をして」って、その確たる根拠が今のところ母親の怠慢のせいで希薄だから困ってるわけで。
今できる範囲で確たる根拠を示すものは、「親子関係不存在の訴えを起こしていないので、とりあえず前夫の子と推定される」という法的な事実しかないわけで……パスポートの記載がそうなるのも至極当然なわけで…

はじめから、行くつもりがなかったのだろう、などという邪推は、本当に心外で、うちひしがれている本人には、何よりも傷つく言葉ではないでしょうか。


この支援者のサイトやブログを見るまでは、「彼女らは、修学旅行は二の次にして体のいい人質のようなものとしている」とまでは思わなかったんだけどね
自分たちの文章や主張が更なる批判(772条の改正に同調的な人にまで)を呼んでいることがわからないんだろうか?



ブログではなく、「LEMON+C」のサイト内の文章。

戸籍のない子にパスポート…外務省が本気になりかけてる

とにかく、事態は動いている。それはよいことだ。
外務省令…。親の努力を要件にせずに、子どもの人権からつくってくれよ〜〜


……( ゚Д゚)…………
いや……あの……
努力は要るだろ………


とにかくこの問題周辺の団体をざっと見て感じたことは

・事実婚を認めろ
・嫡出記載
・戸籍
・DV
・旅券

等の問題を一緒くたにした上で、「自分たちの考え方を通さない国と法律が悪い!さっさと変えろ!」という要求がなされているということだ。
それぞれに重大な法律なのだから、現状を見て合うように変更していくのは必要なこともあろうと思うが、連鎖させて「これもアレも!」「これだけじゃ片手落ち!」と要求するのはあまりにも性急すぎると思う。

また、772条にしても、

・夫の子を妊娠しているのに離婚、さらに養育義務を踏み倒されて途方にくれる女性とその子供を保護する
・「誰が父親か分からない」子供を作らないため

の、母子を保護するために作られた法律であり、「前夫の子と推定する」のは、罰でもなんでもないのだが、履き違えている活動家がかなり多い。

既に決定している通り

・早産の場合は300日規定の除外とする

のは評価すべき改良点だと思う。

また、DV防止法との両輪で、

・非嫡出認定や親子関係不存在の調停の際、原則的にできるだけ顔をあわせたり現住所を知らせないですむシステムを作る(でも現状でも本当は代理人を立てれば問題なく出来るし、住民票等を見られないように申請することも可能なのだが)
・DV被害者の安全な避難先を確保すると共に、接近禁止命令をもっと厳しくする

ことは良いことだし、親子関係不存在の訴えにDNA鑑定を用いてもっとスムーズになるのもいい。
300日カウント期限を、離婚成立ではなく、離婚調停の開始日に変更するのも実情には合っていると思う(深刻なDVからの逃亡を余儀なくされる場合もあることを考えれば)。

ただな〜。
ここからは本当に私の個人的な考え(というか感覚)になるのだけど、どうして離婚が成立するまでの間に避妊くらいできないのかと……
まあ恋愛することはイカンとまでは言えないし、大人同士だからそういう関係にもなってしまうだろうけど、避妊はしようよと。
子供ができたらその法的な取り扱いが果てしなくややこしくなってしまう(前夫がすんなり手続きに乗ってくれるならまだいいが)と分かっているのだから…

K.Sの母親もそうだけど、DV被害者の場合、
「相談に乗ってくれたor力になってくれた男性と懇ろになる」
のが、もはや規定の流れになってしまっているかのように語られるが、それで妊娠までしてしまうのはどうなんだろう。
私は女もだらしないし、男も女性の弱みに付け込んでいるようにしか見えない。
むしろ、こういうイメージが世間に根付くことで、本当にDVに悩んでいる人や、邪な思いでなく援助している友人などが変な目で見られることが増えて、被害者自身のためにならないんじゃないかと思うのだが。
本当に被害者のことを考えて援助するなら、先々精神的にも手間としても非常に疲れる調停が必要になる「前夫の子と推定される子供」を作るのは待てると思うのだけど。

個人的な考えとしては、身勝手で常識の範囲では図れない行動をする人間が増えた現状の社会で772条を撤廃することは、むしろ女性と子供にとって不利益・危険が大きいのではないかと思っている。とかく「時代遅れ」と言われる法だけど、部分的な改変は是としても、全面撤廃するのには反対だ。
この法が「時代遅れ」というのなら、無計画な結婚や離婚、離婚成立前の不貞行為は「時代の先端」「進んでいるということ」なのか?と思うのだが、おかしいだろうか?
posted by 大道寺零(管理人) at 17:52 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
母親の怠慢が原因でコトが大きくなってるだけのような気がするんですがなんででしょうねぇ・・・?
てか16年間放置ってどうよ?親権の移動とかもそうだけど、基本的なことをやってないでグダグダいっちゃあかんでしょ。

なんかやり方がどっかの活動家そっくりで胸がむかむかしますな。
薬害エイズの時は運動の中心人物が結果的に活動家になったという話を聞きましたが、似たようなことにならなければいいんですけどね・・・(内容の端々に既に兆候があるから無理かな?)

どちらかというと、名前一つじゃ自分自身は何も変わらないということを知っていただきたいと思います。俺も苗字結構変わったけど、俺自身が変化したわけじゃなかったですからねw
Posted by しろ at 2007年06月19日 08:55
>>しろさん

>母親の怠慢が原因でコトが大きくなってるだけのような

同感です。確かに離婚前後は実際きつい状況だったかもしれないし、心身ともに疲弊したのではないかと思います。
しかし、同様の境遇で出産した母親のほとんどは現にもろもろの法的手続きをして、現状に合致した姓や籍を入手しているわけです。

彼女の場合、母親を苦しめて安全を脅かした男の姓で呼ばれるのはイヤだという心情は理解できますが、状況が一段落ついたころに母親が動いていれば、彼女がそのような辛さを受ける物心が付く前に全てを完了できていたのですから…

パスポート以外にこの子が将来突き当たると考えられる問題は、「法律的な婚姻ができない」ということです。
ただしこの支援団体は法律婚を「女性差別の制度」として、事実婚を推進してもいるようなので無問題かもしれませんが。

この件とは直接関係ありませんが、一つお願いしたいことがあります。
前回でもしろさんのコメントの「従軍慰安婦」に関する話題の引き合いがありました。薬害エイズもそうですが、大きく意見や感想の別れる問題について断定的な論調で比喩や引き合いに出すのはできればお控え願えれば助かります。(直接それに関係のあるエントリーへのコメントであればご意見として承るのは問題ないのですが)

K.Sが半ば「活動家」と化しているように感じる、という点については同意見です。(ただし、私は「活動家」全般にネガティブな感想を持ってはおりません。要は、要求の主張にあたって瑕疵のない論理であるか、また活動の具体的方法が法に触れないことであれば個々に評価できると思っています。)

>名前一つじゃ自分自身は何も変わらないということ

離婚・再婚の増えた現在の日本において、在学中、あるいは学期中に姓を変えざるを得ない生徒はいまや沢山います。
例えば彼女の通う学校にも、
「両親が離婚、親権が母親に」
「その後母親が再婚して現夫の姓に」
というような生徒がいるのではないでしょうか。
離婚や再婚に内心賛成ではなかった場合、「十数年使ってきた姓から気に染まない姓になり、結婚するまでその姓で過ごさなければならない」境遇の生徒がこの子の主張を聞いたらどう感じるのでしょうね…
大事なのは
「一時的に姓がどう表記されたり変わっても、自分は自分」
と自信を持つこと、また周囲がそう認めることだと思います。そして誰よりも親や支援する大人たちがそう言って自信を与えてやるべき…のはずなんですけどもね〜。
Posted by 大道寺零 at 2007年06月19日 12:52
扱いの難しい内容のものを例として出してしまい、配慮がなくて申し訳ありませんでした。
わざわざ自国を貶め、利己的な意見を通すという内容が引っかかっていたので記述したのですが、まずい内容を書いてしまいましたね。

以後気をつけます。
Posted by しろ at 2007年06月19日 14:02
>>しろさん

こちらこそきつい言い方になってしまってすみませんでした。いつも独断的なことばかり書いている身で申し上げるのも心苦しく迷ったのですが、ご理解いただけて大変嬉しく思っております。
今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by 大道寺零 at 2007年06月20日 12:11
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