2007年10月10日

私が永井豪に「枯木感」を持つ理由(1)漫画

「永井豪ってあんなに凄かったのに、もう漫画家として枯渇してしまったのだろうか?」
という思いを強くしたのはいつ頃からだっただろうか。
少なくとも90年代に入ったあたりには、私の中での永井豪は
「版権管理とメディアミックスプロデュース能力には優れているけれど、かつての独創性と勢いを失ってしまった、枯れつつある作家」
という認識になっていた。

さらに90年代中盤には、松本零士や水島新司など、かつてこよなく愛した漫画家たちが「正直蛇足でしかない続編・スピンオフ作品で自らの名作を陵辱し、"老害"の代表として認識される」という有難くない状況に対面することとなった。これまたとても寂しいことではあったが、一方で、

「永井豪の"枯れ方"と、両御大のような"老害"とは何かが違う」

とも感じていた。

「老害」な人達は、「もう頼むからやめてください」と周囲が懇願したくなるほどの、はた迷惑な「勢い」「明後日のベクトルだけども意欲」だけには満ち満ちている。
「生み出されてもそんなもん見たくない」ものであるとしても、今まで出していなかったものを生み出したりもしている。
ものすごく不謹慎な例えだが、言ってみれば「徘徊・多動化するタイプのボケ老人」に近い。

永井豪に「老害」という枕をつけるのが憚られるのは、単純に彼らよりも若く、現代日本に置いて「老」と呼ぶほどでもない(永井豪は今年で62歳、松本らは70代であり、「一つ下の世代」という認識である。)という年齢のこともあるが、両ご老体に見られる新しい試みへの意欲が見られず、活動が「過去の名作の縮小再生産」に留まっているという印象が強い…つまり「『老害』ほどの勢いすらない」からだと思っている。

それがこれから私の言う、(あくまで私が感じるところの)「枯木感」である。
老害作家の印象を
導管と師管の区別ももはや関係なくボケちゃってるけども、とにかく水分やら養分やらはゴウゴウとやたら活発に行き交っている(そしてしばしば伸ばさなくていい方向に枝を伸ばしたり、カラスも食わないような実をならしたりする)」
とすれば、枯木作家は
「もはやその生命力がなく、残ってる水気でとりあえず生きて立ってはいる」
というイメージとでも言うべきか。

私が強く感じる「縮小再生産」の原因の一つは、

「過去の名作を全く別の新作の中に持ち込もうとする」
「隙あらば過去作品とリンクさせたがる」


悪癖にあるのでは?と考えている(これは松本零士にも顕著な傾向なのだが…)。

誤解のないように書いておくが、「スター・システム」の1つである「異作品リンク」は、決して悪いものではない。
世界観や背景設定などに無理がない程度の共通項がある、もしくはそのリンクに説得力を与える要因があれば、むしろファンにとっては「夢の競演」たりうる。

水島新司作品であれば、多少の年代の相違はあっても「高校野球」という不動のバックボーンがあるので、
「山田・里中のバッテリーは中西球道を打ち取れるのか」
「巨人学園対明訓高校はどんな試合でどっちが勝つか?」
「岩田鉄五郎はピッチャー里中にどんな評価を下すか?」
という夢想はかつて誰もが一回は行い、友人と盛り上がった話題の一つだった。
で、実際それを作品にしてみたのが「大甲子園」であり、夢想の遠心力が付きすぎちゃったのが「ドカベンプロ野球編」。
「大甲子園」にも賛否両論あるものの、まだ「高校野球」「架空チーム同士の対戦」という入れ物があるおかげでお祭り的な楽しさ・実在の団体選手とリンクしすぎないという節度があり、当時はおおむね好意的に受け入れられた(というか私も好きだ)。

松本作品においても、
「銀河鉄道が運行する宇宙空間にハーロックやエメラルダスがいる」
というのはさほど違和感がない
(劇場版でのハーロック・エメラルダスの登場の仕方や使い方はむしろ秀逸といっていいだろう)のだが、これが
「ヤマトの世界にまほろばだの銀河鉄道だのが関わってくる」
レベルになるともう「イヤ本当にカンベンしてください」
ということになってくる。

要は「やり過ぎない」「何事も匙加減」ということなのだろうけど、永井豪の行うリンク・再生産はもっとスケールが小さくて、
「関わりのない作品で過去作品をやろうとする」。
そこが「枯れた発想だ」と思う。


最もそれを感じたのが「マジンサーガ」だ。
この作品はその名の通り「マジンガーZ」をベースに全面的に再構築を加えたリメイク作品で、そもそもかなりの意気込みで放たれたもの。
「マジンガーZ」は間違いなく永井豪の代表作に挙げられる作品なのだが、そもそもはアニメ企画が先行しているので、連載された漫画は「アニメありきのコミカライズ」であって、「原作」という位置にはない。当時永井豪自身の超多忙も手伝って、多分読んだ人は何かしら感じたのではと思うのだけど、正直なところ、絵的にもストーリー的にもあまり「入魂のクオリティの作品」とは言い難い部分がある。この無念さは永井豪本人が一番強く持っていたらしく、「自分が真に代表作と胸を張れる"漫画版マジンガー"として新たな物語を作る」という鼻息のもとに書かれた意欲作なのだ。
ヤングジャンプ・ベアーズクラブと掲載誌を変えたのち、書き下ろしとして発表されたものの現在は未完となっている(既刊6巻)。
久々にスケール感と迫力のある作品だったため、「90年代の作品の中ではまあまあ」という評価があるけれど、私は「マジンサーガ」ほど「悪癖」が出ちゃってる作品はないんじゃないか?と思っている。


「マジンサーガ」は、「主人公・兜甲児がマジンガーZで敵と戦う物語」という骨子こそ共通しているものの、時代・マジンガーZの設定、そして兜甲児のキャラクターも大きく異なっている。

「マジンガーZ」の兜甲児は誰もがご存知、威勢が良くてちょっと単純バカな「愛すべきチョイワル少年」なのだが、「マジンサーガ」の甲児は大きく違っており、「内気ないじめられっ子大学生」として第1話が始まる。
「気弱な青少年が強大な力を手に入れる」というフォーマットの予感に、読者の誰もが
「不動明じゃねーかよ!」
「またぞろデビルマンか!」

と突っ込まずにはいられなかった。

(注:「またぞろ」というのは、「漫画ゴラク版バイオレンスジャック」において、永井キャラ総出演の長い長い物語が紡がれた挙句に、「この話は結局デビルマンだったんですよ」というオチだったため。)

で、甲児は大学の教授の娘・島さやかと両思いになるのだが、さやかは不良学生達に陵辱され、その輪姦場面に出くわした甲児は怒りと憤りに身を任せて「Z」の鎧によってマジンガーZに転身、怒りの魔神と化して地球を壊滅寸前に至らしめる…というなんとも凄い序盤なんだけども(何しろ1巻のサブタイトルが「地球壊滅編」だからなぁ…)。

これってデビルマンっていう前にモロ『凄ノ王』じゃねーか!

と、やっぱり誰もが突っ込んだわけだ。


(以下、「凄ノ王」の説明となりますので、作品概要をご承知の方は次の水平線まで読み飛ばしてください)

1979〜1980年に「週刊少年マガジン」に連載された作品。この作品で講談社漫画賞を受賞しているので、「代表作」としてプロフィール等に掲載されることが多い。
連載時、物語が佳境のところで「未完」として連載終了した。
作者自身は、物語の放棄や製作の行き詰まりではなく、「未完で終えるという構想を持っていた」と語り、当時の編集部もそれに同意した上での連載であったというが、読者にはショックな幕切れだった。

参考:永井豪[「凄ノ王」を語る(「超完全完結版 凄ノ王」第1巻 著者あとがき)

 こうして始めた「凄ノ王」であったが、私の中にはひとつの計画があった。それは「ストーリーを最大限にスケールアップできたところで、未完のままで終わらせたい」ということであった。なぜなら、それこそが「神々の物語」にふさわしいと思ったからだ。人間である作者、私がコントロールできないスケールになってこそ、真の意味での“神話”が成り立つと考えたからだ。「作者が完結できない物語を創りたい!」ということが、連載開始時に意図した私の計画であった。
 それ故、編集部から「好きなものを描いて下さい」というありがたい言葉を頂きながらも、最大の敵、八岐大蛇の出現とともに連載を終了させたのであった。


(「神州纐纈城」原作小説が面白く、かつ未完のまま著者が故人となったことに触れてのち)

で、ふと気がついた。「未完って面白い!」。物語の結末が読者に委ねられたということではないか?
読者各人が、好みの結末を作って悦に入れば良いのだ。

よしっ!『凄ノ王』の終わり方もこれでいこう!」。そう思いつき、いくつかの戦いを直前で未完にしてしまった。ノッって読んでいた読者は悶絶するに違いない。たちの悪い作者はほくそ笑んでいたのだが、『凄ノ王』の場合はそれではすまなかった。」

(石川賢「神州纐纈城」1 巻末解説より)

その後断続的に続編や外伝・スピンオフ作品などが描かれ(これは読者からの要望が強かったためとされているが)、また復刊の際に大幅な加筆・書き下ろしも加えられているので、版によって内容が大きく変わる作品としても知られている。
一応決定版として「凄ノ王 超完全完結版」(角川書店)という形でまとめられたものの、名前ほどに「完全完結」とは呼びがたい内容という評価が多い。
また、実兄である永井泰宇が小説版「凄ノ王伝説」の執筆を担当。後半はほぼ独自展開となりつつも一応の物語の完結に至っている。

<物語序盤の展開>
平凡な主人公・朱紗真悟は、中学時代からの片思いの相手である美少女・雪代小百合に誘われて超能力クラブに入部。小百合から告白されて「実は両思いだった」ことを知り、裏山で至福の一瞬を過ごす。
しかし不良学生・青沼のグループが小百合に邪な目をつけており、その場で彼女は連れ去られて凄惨な輪姦を受け、真悟は叩きのめされて彼女を救えなかっただけでなく、陵辱を受けた小百合の姿を見せ付けられて精神的にも打ちのめされる。
事件後小百合は行方をくらまし、失意と憤りの中で真悟の超能力は急速に覚醒していき、穏やかだった性格も変わっていく。青沼らを倒して高校を牛耳り、物語は暴力集団「不死団」や超能力者グループとの戦いへと発展していく。
その後、黒幕のもとで再開した小百合は、弱みを握られて奴隷として扱われており、その姿に真悟の怒りが爆発し、抑制を失ったまま超能力の魔王・「凄ノ王」に姿を換え、一時は街を壊滅させるほど暴虐の限りを尽くす。
その後凄ノ王は真悟と分離した独自の存在となり、物語は日本神話をモチーフにしたメガスケールな戦いへと発展していった。

数々のエロチックな描写を代名詞としながらも、性行為そのものの場面を(少年誌では)描かなかった永井豪が、「週刊マガジン」というメジャーな少年誌でほぼ連載1回分に渡り展開した凄惨なヒロインのレイプシーンが大きな反響を呼び、話題となった。

「恋人が陵辱⇒制御できない怒りの中で魔王的存在に転身、破壊の限りを尽くす」という流れが両作品間で酷似している。


『凄ノ王』自体は魅力のない物語ではないが、故意の未完、しかしその後ファンの要請とはいえ、ハンパな続編や書下ろしが続き、反が変わるごとに内容も変わるそのしみったれた売り方が好きではなかった。
「凄ノ王」はずっと「代表作」と呼ばれながらも、実際に読んだことのある人間・あるいは「最後どうなったのかは知らない」という読者が多いのも、(「アニメ化されてない」というのも大きいかもしれないが)こうした作品形態のため、またこの作品を好きなファンもまた「結末がこういう状態だからイマイチ他人には勧めづらい」と語る事情が大きく影響しているのではないだろうか。
作者が未完で幕を閉じるつもりだったらそれを貫けばよかったし、後から補完してなんとか形を付けたのならそれでもいい。
しかしそうやって決着をつけた筈の物語を、別の物語世界に持ち込んでもう一回やるのはカンベンして欲しい。
そう思った。

「マジンガーZで『凄ノ王』やるなよ」
「『凄ノ王』をやるなら、『新』でも『真』でも枕を付けて、あくまで『凄ノ王』としてリメイクすりゃいいのに。それなりに需要はあるだろう」

私の感想はこれが全てだった。
『マジンサーガ』に興味を持って読む人間のほとんどは、『今の永井豪がリファインしたマジンガーZ』を見たいのであって、『兜甲児に器を替えた凄ノ王』を読みたいわけじゃない。そういう失望があった。

「マジンサーガ」は結局未完のまま(事実上放置されて)今に至るのだが、構想としては「最終的にデビルマンの作品世界ともリンクする」という作者談話もあり、またも読者に強い「またかよ感」を与えたのだった。
(なお、「ゴラク版バイオレンスジャック」も「凄ノ王」とリンクする構想があったらしい。私はしなくてまだ良かったと思うのだが…)
まあそう言われてみると、「マジンサーガ」のデューク・フリードの立ち位置はまさに(そのモロなホモ臭さ含めて)飛鳥了なんだな〜という納得の仕方が出来るわけなのだけど。

漫画史上最高のラストシーンと謳われる「デビルマン」を何度も何度も呼び出してその度に蛇足が増えていくのもゲンナリだが、本来未完で構想どおりだったはずの「凄ノ王」をマジンガーでやろうとするのもなんとも未練がましいというか…
例えて言うなら(って今回例え話ばっかりで申し訳ない)、
「自分の娘にこっそり昔の彼女とか憧れのマドンナの名前を付ける」
ようなしみったれ感
というか…
「永井豪ってもうそんなことしかできなくなってるのか…」
と、とにかくひどくガッカリさせられたのだった。

その他に私が「永井豪枯渇感」を覚えるのはもう一つの要因がある。
「新作とはいえ明らかに過去の作品の焼き直し、しかもどれもスケールダウンしまくっている」
という劣化再生産作品が80年代以降続いたことなのだが、これについてはpart2で。


【補注1】
「ガンダム」の影響が言及されがちな「エヴァンゲリオン」だが、実は各所のギミック・設定においてむしろ「マジンサーガ」「マジンガーZ」との相似が指摘されている。「マジンサーガ」が先発作品だが、無論パクリとか「インスパイヤ」というわけではない。
具体的には、
・ロボットに搭乗する際、コクピットが液体に満たされる
・神経接続のエントリープラグ(さやかは凄い場所にプラグをエントリーするのだが…)
・EVAに「母親が融け込んでいる」のに対して、マジンガーの中には甲児の父が融合している
・デューク・フリードと渚カヲルのポジションが似ている(風呂場でドッキリな場面含め)
など。詳しくは両作品名で検索するといろいろ検証ページなどがHITするはず。

【補注2】
「神州纐纈城」あとがきでの、「『纐纈城』の未完から『凄ノ王』未完を思いついた」というのはちょっと後付け臭くも思えるが、同稿では、
「デビルマンなど少年マガジン掲載の作品では石川賢に一切作画を手伝ってもらっていない」
と「したり顔のマンガ評論家」を引き合いに出して断言している部分が貴重で興味深い。
これは「BSマンガ夜話」で、いしかわじゅんが「『デビルマン』のいい部分は石川賢の作画」「永井豪は自分で絵を描いてない」と発言したことに対する反論の一つ。


posted by 大道寺零(管理人) at 21:06 | Comment(5) | TrackBack(3) | 漫画
この記事へのコメント
 私は「凄ノ王」は、風呂敷のたためていない作品だなあ、と思っていたのですが、まさか、マジンガーZとくっつけるとは・・・まだ62歳なのに、永井豪・・・哀しいものがあります。小学生から中学生の頃、デビルマンと「あばしり一家」を同時に読みながらビックリしていた私の世代には辛いことです。あのモノスゴサはどこへ・・・
 「魔王ダンテ」の「書き直し」も面白くなかったですしねぇ。期待したんですが。

 「BSマンが夜話」で、ビデオレターでいしかわじゅんに反撥していた永井豪氏、色ツヤは良かったのにね。
Posted by ネコトシ at 2007年10月11日 00:27
ずっと面白い漫画を描き続けると言うのは、奇跡に近いものですね。
『凄ノ王』は、私の中では「未完で良いじゃないッスか!」と言う位置です。
実は私、「マジンサーガ」読んでないんですよ。石川賢ファンサイトやっといて、お前…。
何となく…手が出せなくて…。

「BSマンガ夜話」は、これがあったので石川賢作品は永遠に取り上げなさそうですね。
見たいんだけどなあ。今となっては、この番組の発言がアヤフヤなのはみんな、解ってますし(笑)。
Posted by カゼ at 2007年10月11日 01:19
>>ネコトシさん

>「凄ノ王」は、風呂敷のたためていない作品だなあ

私も当時は作者と編集部の意向(未完の心積もり)を知らなかったので、「えぇぇ〜〜〜;」とビックリしました…
しかしこの作品の始末に終えないところは、「全然畳まれてないけどなんか凄い風呂敷だな〜」とつい目を奪われてしまう魔力がちょっとあるってとこかと思うのです。ゆえにこんなみみっちい形で続いちゃったんでしょうけどもね…

永井豪と同年代、同程度のキャリアの漫画家で、80年代にここまであからさまに失速した人って実はあんまりいない(しかも売れなくて作品の発表自体なくなったのではなく、永井豪の場合ネームバリューは不動でコンスタントに発表・連載の場に恵まれているのにもかかわらず)んですよね。その点すごく不思議なんです。

> 「BSマンガ夜話」で、ビデオレターでいしかわじゅんに反撥していた永井豪氏

私はその回見てなかったんですが、なんと「ドラえもん」の回だったんですねー…リアルタイム視聴者はいきなりの展開にさぞビビったんじゃないでしょうか。
「永井豪は自分で描いてない」「デビルマンは石川賢だろ」と言ってたのは、いしかわじゅんだけでなく夏目房之介も一緒になってノリノリだったんですけども、ビデオレターでは
『漫画家が自分で絵を描かなくなったら終わり。いしかわさんは漫画家なのにどうしてそこがわからないのか』
と言われてたそうで、一応夏目房之介も漫画家してたんだけど眼中に入れてもらってないのね…と思ってしまった私です。
永井豪はいつ見ても顔色とかツヤは良くて健康そうですね。失礼な言い方ですが「長生きだけはしそうだなあ」と思って見ております。

>>カゼさん

>『凄ノ王』は、私の中では「未完で良いじゃないッスか!」と言う位置です。

同感です。むしろ「未完だからこそ『凄ノ王』じゃん!」とでも言いましょうか。
カゼさんもそうだと思うのですが、石森とか松本とか永井豪とか石川賢あたりのファンを続けて作品を多く読んでいると、異様に「未完耐性」が着いちゃって、気づけば世間様一般と大きく感覚がズレちゃってたりするジャンキー状態なので、それゆえなのかもしれませんが…
確かに永井豪が意図した「未完ゆえのメガスケール感」だけは残ったかもしれないですね。それさえも作者の手でだんだんすぼまっちゃった感じですけどね。

>実は私、「マジンサーガ」読んでないんですよ。石川賢ファンサイトやっといて、お前…。

正直、ゲッターとは大きく違い、賢先生が関わっている訳ではないので無理に読む必要はないと思います。私も概要をざっと見しましたけど作品自体好きじゃないので買っていません。サイズもかさばるし。何かとてつもなくトンデモな書き下ろしでも追加されて文庫化されたら考えるかもしれませんけども。
EVAを見た後でオマージュ元ネタ探しとして読む分にはそこそこ楽しめるかも?また、「凄ノ王」「デビルマン」とリンクしていると分かって読めば色々気づく点もあるかと思います。
(EVAがマジンサーガを間に挟んで結果的にデビルマンのオマージュも行っていたと考えれば、劇場版EVAの浜辺のラストシーンの解釈(⇒デビルマンのラストシーン)が意外にスッキリ行くような気がしてます)
まあなんというか、「『Zマジンガー』よりは1000万倍マシだけど…」という超ネガティブな言い方でしか推薦できない作品ですね、私にとっては。

>BSマンガ夜話

永井豪のビデオレターの前の回で、賢先生が「私はデビルマンには関わってないです」というFAX出したんですよね。石川先生の名誉は傷ついていないので、できれば魔獣戦線なりゲッターなり取り上げてほしくもあるのですが、ダイナミックプロ側が承諾しないかもしれないですね…

いしかわじゅんは、「009」の回でもしつこく「ブラッドベリのパクリだパクリだ」と繰り返して石森プロからクレーム入れられてましたけど、正直剽窃というレベルとは言えないと思うんだけどなあ。
(↓のページが詳しいです。一応参考までに。
 http://www.geocities.jp/wodisan56/genryuu/mangekyou.html

マンガ夜話は、「はみだしっ子」や「エロイカ」の時の内容があまりにひどかったのを知って、話半分に見るようになりました。いしかわじゅんらは、「作者や信者的ファンが"評論"を理解せずに悪口と解釈してキレる」と言ってますけど、明らかにろくすっぽ読んでない回や誤った読み込み・解釈のもとにトンチンカンな批判を行っておいて言うことではないですね。
特に少女漫画、それも比較的古めの絵柄の作品・作者に対してはダメな内容の回が多いと思います。「わかってない、読み込んでないなら最初から扱うな」という感じです。
かといって、「出演者全員大好きな作品」だとかえってつまらなくなっちゃう(「居酒屋でたまたま隣り合ったマンガ好きのおっさんの作品談義を聞かされてる」ノリになる)のも妙な番組なんですよねえ。
意外に「話半分」の心得がなく、出演陣のそれっぽい毀誉褒貶を真に受けてしまう視聴者はいるみたいで、回によっては「違うんだ、そーゆー作品じゃないのに!」と大空に遠く叫びたくなることもしばしばです。
そういえば久々に11月にマンガ夜話やるらしいっすよ。
Posted by 大道寺零 at 2007年10月11日 10:56
おじゃまいたします。
TBをさせて頂きました。
もしご迷惑でしたら、お手数ですが削除ください。

この項を含め、(3)まで読ませて頂きました。
まったく、うなずく事ばかりでした。
豪先生の奥様については初耳でした。
また(2)にあげられている作品年譜ですが、こうして提示されると辛いですね。本当に、迫力があったのは'70年代まで。短すぎる・・・。

絵柄の変化についても言及されていて、興味深いものがありました。白土三平、本宮ひろ志などがそうだと聞いていたのですが、自身ではもうペンは握っていないのでは? と思っていたのですが、そうではなさそうですね。
内容はもとより絵柄も含めて、短すぎる黄金期の迫力は、もう二度と望めないのでしょう・・・。
Posted by naware at 2008年10月14日 23:42
>>nawaveさん

はじめまして、コメントありがとうございます(言いたい放題書いたエントリなので、たまにレスポンスがあると「怒られるんじゃないか」と思う私は小心者でございます)。
nawaveさんの記事、大変興味深く読ませていただきました。「凄ノ王」に抱いた大きな期待についても、ものすごく共感できます。「手天童子」はよかったですね。あれは珍しくちゃんと、しかもハッピーエンドで終わりましたし…
まだ年も若く、お身体も健康なようで、それも含めてまだ「老害」の域までは決して行っていないと思うので、過去の名作の力に頼らない新しい傑作を貪欲に発表して欲しいという気持ちはあります。
数年前から石川賢作品にはまっておりまして、最後まで絵柄や画材を躊躇なく変えたりして試行錯誤をやめず、パワフルな作品を送り出し続けて「現役の生木」でありつづけた姿を見ているだけに、つい唯一無二の盟友である永井豪の「枯山水状態」が気になってしまうのですよね;
Posted by 大道寺零 at 2008年10月17日 13:59
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