この「おせっかいお説教」が実際功を奏するか、思いつめている人間がそれをクリックするものか、逆効果ではないかということは色々考え付くけれども、まあ「社会的な取り組み」というアピールとしては悪くないとは思う。
で、いくつかの入力例で試してみると、
「死にたい」同様「自殺したい」では同様のリンクが出現するものの、「自殺」「自殺 方法」などでは出現せず、通常の検索となる。
また、
・死ぬには/自殺するには/自殺とは
・「楽 自殺」「楽な自殺」「楽に自殺」
などでも同様に出現しなかった。
実際に検索を行う際に、「○○"したい"」というような助動詞や助詞は用いないことが多い(有効検索結果が減るため)ので、「死にたい」「自殺したい」だけしか対応していないのは意味がなさそうに思えるのだが…
しかしわざわざ検索窓に「死にたい」と入力するときの人間の心理を考えれば相当に情動的にもなっているだろうし、また、「死にたい」「自殺したい」と入力すること自体が感情の吐露となって少しは気が済んでしまう場合もあるかもしれない。
ところで、通常に「自殺」で検索した場合、あるいはGoogleなどでは上位にWikiPediaの「自殺」項目が表示される。
こちらはよく用いられる自殺の手段、そして実際行った場合の苦痛や死に様の醜さ、さらに死に至る確実性・死に切れなかった場合に残る悲惨な障害例・飛び込み自殺後に遺族に請求される可能性のある損害賠償などについて淡々と説明されている。この感情を交えない記述の方が、自殺抑止力としてはよっぽど効果的かと思う(自殺を考える人の多くは、「できるだけ汚くない死に方」「発見者や家族に後始末の迷惑をかけない死に方」を望むのが普通なので)のだ。
どうせなら工口サイトにでも飛ぶようにしてやれば・・・
などと書くと怒られるかな。
>どうせなら工口サイトにでも飛ぶようにしてやれば・・・
Seesaaのコメ自主規制でご迷惑をかけます;
しかしそっち系のサイトに飛んでしまうと、他の要因ならば確かに効果的かもしれませんが、失恋がらみ、それも二股かけられてフラれた…なんて場合には激しく逆効果かもしれないですな…