<話の概要>
(非常にかいつまんだご紹介・部分的な引用となるので、興味を持たれた方は是非リンク先のご両人の原文に当たってみてください。)
1:Feliceさんのサイトのご常連「木公」さんという方が、ご自身のブログ[alm-ore] AL-Mail ユーザー俺の独り言
内で、現在の医療と血液事業についての文章を書く。
要旨は、とある医療現場で起こった一件に触れ、そこから医療現場での血液不足について考えるというもので、
・血液が不足しており、現在の献血システムではまかないきれないというのであれば、血液を買い上げる制度にすればよい
・輸血は保険適用外とし、その収入を売血の財源とすればよい
・医療に市場原理を適用することで解決する問題があるのならそうすべき
というもの。
・ 医療市場の是
ついでに言っておくと、輸血には保険を利かないようにしておけばいいんじゃないかな。金持ちほどたくさん血を買えるけど、貧乏人は買えないの。
ちょっとかわいそうな気もするけれど、金持ちが血液を買ったお金が献血の代償として焼肉を食う貧乏人に流れていけば、所得の再配分がなされると思うし。
ていうかさ、政府なのか日本赤十字社なのかは知らないけれど、患者への血の輸血価格は、血の購入価格の数倍にしておけばいいんじゃね?
中間でじゃぶじゃぶ設けたお金は、貧乏人の保健事業に使って、貧乏人が病院にかかる可能性を低くしてあげればいいんじゃね?
ビバ、富の再配分。
若干言いすぎな気もしないではないが、医療に関しても市場メカニズムを使うことによって多少なりとも改善される余地はあるはずだ。なぜそうしないのか。
受け入れ先の病院が見つからず、救急車がたらいまわしになり患者が酷い目にあうって話も最近はよく聞くけれど、これも市場経済にしてしまえばいいんじゃない?
病院に患者の病状を連絡する時に、一緒に「患者は前金で○○万円まで支払うといっています。完治報酬として△△万円支払うそうです!」って言わせてみるってどうよ?
2:それに対するFeliceさんの感想と反論
・かつて日本でも、木公さんの主張する「貧乏人が血を売る」売血制度は存在していた。それがもたらしたのは、不衛生な状況下で集められた不健康な血液による感染症、特に肝炎の輸血者への被害だった。(当時、採血機器の使い捨てという習慣はなく、加えて食い詰めた売血者の中には不衛生な注射針でヒロポンなどの薬物を使う者、アルコール中毒者なども多く、チェック体制が整っていなかった。)結局、ライシャワーが駐日時に血液感染したことで大きく問題視され、売血は禁止され、献血体制にと移って来た。そういう経緯があるのに時代を逆行してどうするのか
・救急医療のお世話になる時には、意識レベルが低い状況もザラである。「輸血は●万円分までの範囲で…」などと話を出来る状況とも限らないし、身内に連絡が取れない場合、また連絡を取るのに時間がかかった場合、その間に死ぬかもしれない。独身世帯はどうなる?
・血液や血液製剤の不足は、国民全体の知的レベルを上げ、教育や理解周知を図ることで解決すべきではないか
私もFeliceさんの考えに全面的に賛成だ。持論は後に述べる。
3.木公さんの再反論
[alm-ore] 医療市場の是2: Felice さんに反論されたから、再反論
今回の再反論で一番重要なメッセージは
「血液供給の量を増やすという問題と、供給された血液の質を高める(汚染された血液を排除する)というのは、別次元の問題なので、分離して対策を考えるべき。一緒くたにして議論することは簡単だけど、問題解決を先送りにする。なお僕自身は、前者の問題がより緊急を要すると思っている。」
ということ。
私はFeliceさんのBBSで、一読者として自分の考えを投稿し、このエントリーもその延長というか、単に長くなりそうなのでFeliceさんの板を汚すよりは、自分の記事として書いてリンクのみ残そうかという趣向で書いている。
自分の意見はいくつかあるのだが、まずは論点ごとに分けて書いていきたい。
「いかにして血液を確保すべきか」ということが本論であることは承知の上で次のエントリーに回し、まずは木公さんの「輸血を保険外にせよ」という案がなんとも暴論に感じられたのでそちらについての反論を書いてみる。
●健康保険診療の原義
診療の際に「保険がきく・きかない」の分かれ目はどこにあるか…という根本的なところから。
これについては、「現在保険外とされる医療行為」の例を挙げれば分かりやすいかもしれない。
・容色をレベルアップしたいという理由での一般的な美容整形・歯列矯正・一部の素材の義歯など
これらは「やらなければ命や健康状態に関わるという要医療状態」「病気・ケガ」に対するものではないという観点から保険適用外とされている項目だ。
・普通分娩
も、「妊娠・出産は病気ではない」ということで保険がきかない(ただし出産後に一時金がおりるので実質の費用は法外なことにはならない)。
しかし母体に異常があった場合の処置や帝王切開を伴う出産には保険が適用される。これは母子の生命に関わる状態とみなされるためだ。
また、高度不妊治療の各種医療行為や注射も保険適用外のものが多い。これも、「不妊は病気ではない」「子供が出来ないからといって死ぬわけではない」とみなされているからであり、さらにもう一つの要因である
・日本で認可の下りていない薬を使う
フェイズも含まれることがあるからだ。
では、輸血を受けるという状況を考えてみよう。
ケガであれ病気の急変であれ、いずれも緊急を要する大変危険な、優先度の高い「要医療状態」であることは疑いがない。
この状況で、医療行為の成否を左右することも多い輸血という行為を健康保険内で行えないのであれば、一体なんのために健康保険料を納めるというのだろうか?
そもそも論の大元の一つは「必要としている人に不足なく血液を供給する方法の模索」であったはずが、肝心の「要輸血な患者やそれを扱う医療スタッフを萎縮させる」結果になるのは、単なるアイディアとしてもかなり本末転倒なのではないだろうか。
また、「限度額を申告する」という案もあったが、Feliceさんが指摘したとおり、そもそも輸血を受けなければならない状況においては、意識レベルが低かったり、気絶していたり、失血が酷かったり、患者は例外なく危険な状態にある。
仮に、臓器移植意思表示カードのように、「輸血同意カード」を持ち歩き、そこに希望限度額を記入しておくような制度ができたとしても、交通事故や災害などの場合にそれを探している間に容態はどんどん悪化していく。
また、意識がない場合は、身内などに連絡が取れるまでの間のロスタイムもあるし、独身世帯の場合はどうするかという判断。
加えて、患者が成人ならばいざ知らず、子供や未成年に「いくらまで輸血に出せるかな?」と尋ねて答えられるものなのか、という問題もある。
そもそも輸血用の血液製剤と一口に言っても、状況によって投与する製剤が違えば当然薬価も違ってくるので、適切な限度額など素人に示せるはずもない。
私は一昨年死産の際に大量出血が止まらずに緊急搬送され、搬送先でしばらく様子を見てから術前・術中・術後にかけてかなりの量の輸血を受けた。ゆえに(法改正がない限り)、いくら「あの時の恩恵を還元したい」と願っても、二度と献血は出来ない。せいぜい日赤やJRCなどの募金活動にささやかに参加するくらいしか出来ないのだ。
現在は、輸血の前には必ず説明を受けて同意書にサインしなければならない。私もそうしたわけだが、これが本人の意識がない、身内への連絡も間に合わない場合には、事後同意となる。限度額申告制になった場合にはその緊急的処置が難しくなるのではないだろうか。
また、その時には「いくらかかってもいいですから」と殊勝なことを言っておいて後から「輸血が多すぎたのでは…過誤医療だ」と訴えるロクデナシクレーマーも出てきそうなので新たな法整備も必要になり、医療側の訴訟リスクも増えることになる。
私の場合、前前日あたりから既に予断を許さない状況だったため、相方と実家の母が泊り込んでいてくれて、救急車にも同乗してもらっていたため色々助かったのだが、これは単に恵まれた偶然だ。
その時は何より大事なおなかの中の子供の命がかかっていたので、お金などいくらかかってもいいという気持ちだったし、まだ会話やサインなども出来る状態ではあったものの、それでも人間、血圧が40/60などという状態になると意識はかなりキツくなってくるものだ。
ちょっと個人的な話になってしまったが、要するに「輸血を必要とする状況下で患者と有効なコンセンサスを取り付けるのが難しいことが多いのでは」ということだ。
●血液製剤の薬価
「血液製剤の代価を吊り上げてそれを売血の財源に」という案なわけだが、それでは実際の「血の値段」はいかほどなのか。
これについては、「血液製剤の薬価」(非日赤系献血総合サイト 『けんけつ・どっと・こむ』)に具体的な情報が掲載されている。
製剤によって価格は大きく異なるが、保険適用後であっても決して安くない値段である。まして要輸血の状況では、1パックで足りるということのほうが少ないのだ。
無償で集めた血液(木公さんの記述では「少なくとも、献血してジュース1本なんていう現在の価格だったら、不足するのも当たり前じゃないか。」とあるが、飲み物が配られるのはあくまで水分補給の意味合い、また何がしかのグッズなどをもらえるのは記念品や謝意という位置づけで、正しくは「処遇品」と呼ばれるものであり、決して「対価」ではない。かつては金券やテレカなどが処遇品に使われることもあったが、売血行為になってしまうということで現在では禁止されている)がそんなに高価に?と驚く向きもあるかもしれないが、できるだけ安全な血液を確保するためのスクリーニング、各種検査や除菌加工、適切な管理、輸送工程を考えれば相応の手数料である。
また、この薬価の一部が血液事業(献血ルームや事業全体の運営費・人件費)の財源として循環することとなる。
血液製剤の成分ごとのレアリティが薬価に反映され(特に血小板は72時間しか保管出来ないため高価であり、常に供給不足の状態にある)、その薬価収入が血液事業財源として回っている現状は、ある意味「市場原理」が既に働いているとはいえないだろうか。
●輸血患者にかぶらせることの正当性
そもそも、現状において輸血用の血液製剤については国内で自給できている。不足しているのは血漿分画製剤であり、これについては外国からの輸入に頼っている部分が大きく、国際社会の中で非難を受け続けている点であり、また薬害エイズの原因となったことも記憶に新しい。同時に、売血によるHIV感染が大きく問題になっている中国のような現状もあるし、HIVのごく初期の感染はスクリーニングをくぐりぬけることがあるので危険性は除去してもなかなか除去しきれないという一面もある。
(参考:外国から血を買っている事実をご存じですか? (れっつ!献血))
しかし、基本的には自給できている輸血を受ける患者だけにその代価を押し付けるのはアンフェアなのではないだろうか?
●救急車や救急病院ベッド数の件は別問題
受け入れ先の病院が見つからず、救急車がたらいまわしになり患者が酷い目にあうって話も最近はよく聞くけれど、これも市場経済にしてしまえばいいんじゃない?(木公さんのブログより)
病院に患者の病状を連絡する時に、一緒に「患者は前金で○○万円まで支払うといっています。完治報酬として△△万円支払うそうです!」って言わせてみるってどうよ?
ちなみに、それで儲けた分の一部は国庫に入れて、貧乏人の保健制度にまわすってことで。
#貧乏人が救急車のお世話になりにくい世の中になれば、緊急医療の価格が多少上がってもいいべ?
これはまるで別問題だと思う。
現在、救急指定病院のベッドやスタッフの不足は、様々な問題があるが、その一つは、やれ空ベッドや赤字の多い公立病院はムダだからスタッフを減らせだの統合して合理化しろという、まさに「市場原理」によって、備えていなければならない余力をもがれた実態にもある(都市部はどうか知らんけど少なくとも地方ではそういう病院が後を絶たない)。激務であるにもかかわらず、「人件費削減」「給料もらいすぎ」と削減される職員数、またスタッフの手当。それによってなり手も少なくなっていく。これもまた「市場原理」の結果だ。
また一方で、救急車の正しい運営を大きく妨げているのは、貧乏金持ちに関わらず、「自力で病院に行けるのに、たいした事ない状況で救急車を呼ぶアホ」が少なくないという事実だ。
何しろ二日酔いや便秘、ひどいときには「水虫かゆい」というだけで電話先でわけのわからぬ言葉をまくし立てたり恫喝して救急車にやって来させたという信じがたい実話が全国で頻発しているという。
そのために本当に必要な緊急患者への到着が遅れたり、搬送に支障をきたしたり、救急病院のスタッフにいらぬ手間をかけさせているのだ。
横浜市などでは業を煮やして、119受付の際にプライオリティ(優先度)を判断し、救急車派遣をするかしないかを決める制度を導入した。最初はトラブルもあるだろうが、あってしかるべき方向性だと思う。
救急医療について述べるなら、財力での差別よりも、現状の障害となっているものを適切に取り除く方法について先に考えるべきではないかと思うのだが…
では、いかにして血液の供給量を増やせばいいのか?という案については次のエントリー(多分深夜ころ書くかも)にて。
最後から3つ目のパラグラフに、「市場原理がはたらいたせいで、医療スタッフが減らされたり賃金が下がっている」という趣旨が書かれていますが、ちょっと違うと思います。
市場原理が正しくはたらいていないから、医療スタッフへの対価が下がっているのです。
需要が高まれば、供給量と価格(医療スタッフへの賃金)が増加するはずなのに、そうなっていないのは市場原理がはたらいていないからです。
市場原理がはたらくためには、需要側が価格の変化に応じて需要量を調節する必要がありますが、健康保険などで価格を気にせず誰でもほぼ好きなだけサービスを受けることができるようになっているからです(水虫が痒くて救急車を呼ぶ人とか)。
あと、血液のレアリティで価格が変わっているから市場原理だという記述もありますが、それはコストに見合った価格が付いているというだけの話であって、需要/供給量と価格がつりあうという市場原理の話とはちょっと違うと思います。
保健をなくすべきか、医療費をもっと高くするかどうかは、今は考えないことにしておきます(いろんな人の反論などを読むに付け、早急な意見を述べるべきではないと思うようになったから)。
ただ、現状を正しく認識するために、経済原理の意味とそれが歪められている原因を指摘することは重要だと思ってコメントしました。
最後になりますが、僕の記事に対してのコメントありがとうございます。
いつもお世話になっております。今年もどうぞよろしく。
くるみさんも献血リピーターなんですね。「血を抜かれるのが好き」という方は確かにお見受けしますね。私の教え子も、集団献血をきっかけに献血にはまり、「あ〜、また血〜抜きたい〜」と言ってました。これだけ書くとなんか危ないヤツのようですがw
>>木公さん
いらっしゃいませ。
当初、木公さんのブログ記事にトラックバックするのが一応の筋かとも思ったんですが、議論の流れ的には一介の「野次馬」ですので、トラックバックや直接のコメントは控えさせていただきました。
>もし「市場原理」の意味を、コスト削減という意味で使っているのなら、誤解だと思います。
>最後から3つ目のパラグラフに、「市場原理がはたらいたせいで、医療スタッフが減らされたり賃金が下がっている」という趣旨が書かれていますが、ちょっと違うと思います。
煩雑になるので詳しく書くのを省きましたが、正確に言えば、「市場原理」という言葉をコスト削減、サービス拠点削減という意味で使っているのは、私ではなく、削減すべきと主張する地方行政と、それに賛同する人たちの方です。
本来救急サービスのために必要な余力について、「採算が合わない」「民間はもっとカツカツでやってるのだからそれに合せるべきだ」「平時の需要に対して供給可能なベッドが余っている」という理由で削減や統合(遠隔地居住者への医療サービス切捨て)を主張する人たちが「市場原理を働かせろ」と言っているので、それを引いた表現にしたまでです。
医療行為を受けることを「需要」と表現しておられますが、誰も好き好んで病気になり、通院したり服薬するわけではありません。
>健康保険などで価格を気にせず誰でもほぼ好きなだけサービスを受けることができるようになっている
とありますが、実際には手厚いとされる老人医療でさえ、色々と負担割合が上がっていて、少し通院するだけでも多くの人は経済状態が圧迫されて大変な思いをしていますよ。
また、救急医療は、それこそ「いちいち価格を気にせずに呼べて、本当に必要とされるところに駆けつけられるものでなければならない」ですし、患者も「価格を気にしている暇もない」状況にあります。
プライオリティの低い(あるいは無い)状態の人間が救急車を呼ぶというのは、単に不心得であるか、それとも本当に「救急車を呼んでいい状態と自分でなんとかすべき状態の違い」という常識について無知であるかのどちらかであり、それについては医療行政側が周知啓蒙をはかることが必要でしょう。
また、「だから救急車の召還コストを上げる」のではなく、「悪質・不要な119呼び出しを行うものには警告の上ペナルティ・罰金を課す」という方向性のほうが望ましいのではないでしょうか。
いずれにしろ、私は最低限の医療や福祉において木公さんの主張する市場原理をなじませるべきではないと考えますし、「医療費の吊り上げによって金持ちに金を出させる」という発想も、結局は「財力の無い人間は治療をあきらめざるを得ない」状況を生み出すものであり、その弊害の方がより深刻だと判断しますので、賛同しかねます。
風俗の性感マッサージだったら、1時間で数万円とかですよね。(行った事ないですが)
「命よりも大切な物はない」とか言っておきながら、命を救う行為に対する対価があまりにも低いこの国…。
本当に命が大切にされているのでしょうかね?
都筑さんのブログを大変興味深く読ませていただきました。
理想は救急医療は安くだれでも受けられ、それに携わるスタッフには仕事にふさわしい待遇や報酬を…ということになるのでしょうが、後者が軽視され過ぎていることが問題だと思いました。
ヘモグロビン基準値15mg/1mL が、たとえ3〜5mgまで落ちても、手術可能です。手術の技術のレベルアップが今後も必須ですが。 献血400mLが5万円前後で売買され、(旧緑十字社など)血液銀行の幹部クラスの年間所得が1000万円前後といわれる実態には考えさせられます!一般に広く輸血価格が知らされてないのも問題です。[ 血液が不足してます!」と献血を勧めるのも納得です!輸血価格が一般に知られると、ボロ儲けできなくなるわけです!「周術期輸血価格」という¥7000以上の医療関係者しか買わないような本には、価格が控えめに載せられてます。今後、人工血液を製造している「テルモ」のような会社の株が急騰するのは必然と思われます。
エイズ、肝炎のウィルスに感染した人が献血されると、(ウィンドウズ・ピリオド)抗体反応が現れない期間があるため、検査をすり抜ける問題はいまだ解決していません。歯科医の麻酔針で肝炎に感染した人の話を聞きました。浜松医大では、海外5ヶ国(主にアメリカ)から血液を輸入していますというパンフレットが受付ロビーにありました。(5年前ですが・・)今から25年前ぐらいに、毎日新聞紙上で、全世界で使用する血液製剤の3分の1を日本だけで使用しているという記事がありました。当時の厚生省は、莫大な差益を得ている血液銀行を批判しました。 事実は小説より奇なり!
手術前に病院は患者に何を求めますか?
術後、合併症にかかっても病院は一切責任を負いませんという、免責証書に署名・捺印させます! 応じなければ、手術を受けられません! 入院中に医療過誤が生じても簡単に損害賠償には応じません。病院側に落ち度があったことを患者側が独自に調べて立証しなければならないからです。殆ど不可能!
担当医・看護師などは、親切そうに見えますが、 病院は無責任!
病院は無責任!
1991年4月3日、検査結果、ヘモグロビン値4.5mgでした。昨日まで鉄工の仕事(旋盤)をしていることを説明すると、医者に「こんな強靭な人は始めてだ!」
と言われました。それでも、診察室にストレッチャーが運ばれて来てそのまま入院しました。翌日、4.3mgに下がり、「これ以上下がれば、輸血を考えます」と言われた。制酸剤(胃液を抑えるH2ブロッカー)投与で収まりました。基準値15mgは、10mgぐらいに変更した方が良さそうです!
(意見をお待ちします!)