2008年02月26日

シュリンクについて便乗して考えてみた(雑誌編)その2漫画

前稿からかなり間が空いてしまったのだけどもその後考えたことなど続き。前のエントリではシュリンクというよりも「マンガにおける雑誌-単行本論」の枝葉のほうが大きくなってしまった反省もあって、今回はシュリンクの話だけに極力収束させようと思う。

(一般的な「シュリンク」は、フィルムで本を包んで熱圧着させるものですが、ここでは単にビニール袋をかぶせてテープで止めるものも「広義のシュリンク」として一緒くたに扱うことにします)

基本的に私のシュリンクへの姿勢は
「できればないほうがいい、本屋は自由に試し読みや内容確認ができる・または未知の作品と出会える場であって欲しい」
「ジャケ買い・作家買いや口コミ(ネットでの評判)からの興味だけではコミック市場が硬直化していくのではないか」
「とはいえ、昨今の万引きや客のモラル低下を思えば、それはすでにユートピア幻想なのかもしれない。現実問題として地元書店に潰れられるのは困るし」
「一方、"立ち読みで傷んだり汚れた本は買いたくない"客も増えているし、歓迎はしたくないけれども仕方がないのだろう」

という「本当はイヤなんだけど消極的容認」である。

このエントリを書くきっかけになった鳥酋長さんの記事「 : マンガ雑誌をシュリンクしちゃう効果−収集物としてのマンガ雑誌へ
」(濃霧-gNorm- ひょうたん書店 準公式サイト)
では、「付録付き雑誌の場合、付録の脱落や逸失防止の意味合いも大きい」
という内容があった。
雑誌へのシュリンクを考える場合、「付録付き雑誌のシュリンク」に関しては全く抵抗感がなかった。というのは考えるまでもなく、小さい頃からそれらの雑誌にはヒモがかけられており、「付録付き雑誌を店頭で開けない・立ち読みできないのは当たり前」だったからだろう。ヒモがビニールに変わっただけのことだ、という感覚。
そして、人生で初めて買ってもらう類の雑誌にはたいてい付録がついていて(例:幼年誌や学年誌・「なかよし」などの低年齢少女向けコミック誌など)、親がヒモつきのままで袋から出してくれて、そこで初めてヒモを切って読むのが「雑誌原体験」であることが多いので、慣れ親しんだシステムには別に疑問は感じないということだろう。また、付録のヌケ防止には大きな必然性がある。

では付録のない一般の週刊誌や月刊誌について考えると、ここから先は結局単行本と同じ「立ち読み是非議論」になってしまうし、個人的には前述したような「消極的容認」であり、「シュリンクすることによって生じるプラスとマイナスを天秤にかけて販売店が判断すること」としか言えない。客層や立地も大きく関わってくる問題でもあるし。
「ガンダムエース」のような厚くてコーティングされた表紙であればまだしも、一般的なコミック雑誌の表紙はさほど厚くなく、またやたらとインクで汚れて傷みが早いので、実際に書店店頭で「ラーメン屋の置き雑誌もかくや」というほどに傷んでしまったコミック誌を見るとどうにも痛々しく、ましてそれが自分の買いたい雑誌で、しかもその一冊しかなければちょっと躊躇してしまう(そして状態によっては他店へ回ることもある)だろうなあとは思うのだった。
本がほかの商材と異なるのは、法律によって、売る側が自由に値段を裁量できないという点にある。スーパーやコンビニのように、「汚く(古く)なった分だけ値引きする」という売り方が不可能なので、そういう商品の処分はどうしても難しくなるし、客の店全体への心証にもつながるのでキツいだろうとは思う。

雑誌をシュリンクするという行為を取り入れているのは、書店よりむしろコンビニが早いように見える。
この辺では見かけないが、都市部では成人指定以外の一般雑誌のシュリンクを行うコンビニがチラチラあって、田舎者としては驚かされた。(シュリンクではなく、成人指定雑誌に付けるような大きな封印シール(変な表現だけども察してください)を、立ち読み防止策として指定雑誌以外にも付けている場合も)
少し前に、「コンビニの雑誌置場が入口側の窓際にある理由」として、「客はどうしても人気のない店には入りづらい。雑誌の立ち読みをしている人がいると、"他にもそこそこ客がいる"ということで、店の中に入りやすい雰囲気になるから」という話を聞いたことがある(映画「銀のエンゼル」パンフレット内のLAWSONからの談話としても同じような内容が掲載されていた)のだが、色々事情が違ってきているのだろうか。
もちろんシュリンクを行わない店舗も数多くあるし、立地や客層だけでなく、店員がシュリンクを行う手間との兼ね合いで結論を出しているのだろう。

地方と都市部では、コンビニの利用のされ方も違っている。特に夜間は、田舎では「夜に開いている施設」が飲み屋やパチンコ屋を除けば、コンビニと深夜営業している一部のスーパーくらいのもの。最終電車の時間も早いため、駅も日にちを超えずして閉まってしまうことが多い。
私も飲み会終了した相方を車で迎えに行くことがしばしばあるのだが、待ち合わせの場所はたいていコンビニである。深夜開いている場所、しかも暑さ寒さをしのげて治安の不安がなく、何をするでもなく(飲食やパチンコ・ゲーム等をしなくてもという意味)人待ちのできる場所はコンビニかスーパーの二つくらいしかない。で、迎えを待つ間の10分20分の時間となると、立ち読みでもしていないとどうしたって間が持たないのだ。こうした田舎のコンビニでは、下手に雑誌シュリンクをしてしまうと、「あそこは時間つぶせないからパス」と敬遠されてしまうだろう。
コンビニにしてみれば、待ち合わせや立ち読みという行為自体は何の利益も生まず、商品(本)を痛めるだけの困った行動に違いない。が、大抵はそうした時間つぶし・待ち合わせの後はやっぱりなんとなくバツが悪くて、菓子だの飲み物を買って店を出ることが多く、立ち読みされた雑誌自身は売れなくても、別の商品で(時には雑誌から得られるよりも多くの)利益を取れるという意味で立ち読み容認をするということもけっこうあるのでは?と思う。前述のように、「立ち読み客がいることで、夜遅くても女性も気軽に入りやすい」という状況を作ることもできるわけだし。
とはいえ一方で、雑誌の欲しいところだけを携帯電話カメラなどで撮影する「デジタル万引き」や、雑誌コーナーのすぐ近くにコインコピー機があるだけに、「雑誌や地図の必要なところだけをコピーして、買わずにまた棚に戻す」ような民度の低いどタワケも来やすい場所だけに、シュリンクがそうした低モラル者を追い払うという意味を持つこともあるだろう。
そういう意味で、コンビニが雑誌をシュリンクするかしないか決める場合には、立地や客の立ち寄り動機などを考慮し、相殺して得られる利益の大きい方を取っているのだろうと思う。
一方書店では言うまでもなく「本・雑誌そのものが売り物」であり、「欲しい本がなかった」場合に何も買わないで店を出ることにさして抵抗もなし、「雑誌は立ち読みされてしまっても他の物で利益が上がるならイイや」とはいかないのが泣き所となる。
また、ほかの商品のように「内容や質で差別化できない」というのも特質で、たとえば「シュークリームならあそこの店のでなきゃ」というようなアドバンテージは持てない。同じ本ならば中身は同じなのだ。
そして「あそこの本は立ち読みで汚れてて買う気がしない」「あの本屋は立ち読みできるからイイ」「やっぱりシュリンクされててキレイな本でないとね」と、アドバンテージやデメリットを見出すのは客次第で、自分の店の客のマジョリティがどこに属するかを見極めるのが重要になるのだろう。


シュリンクの存在意義には「万引き防止(本に万引き防止タグをはさんでそれをシュリンクでパックする)」という意味合いもあることはご存じの通り。
付録のない雑誌をシュリンクすることについては、付録付き雑誌の場合に比べて抵抗感が強い方が多いかと思う(普段立ち読みをするかどうかにもよるだろうけれども)。その理由の一つに、
「雑誌はコミック単行本よりも大きくて万引きしづらいから、防止策としてシュリンクする必要はないのでは?」
という客側の気持ちが関わっている気もする。
付録抜き取りの場合、抜き取られてしまえば事実上商品価値がなくなるので万引きされたのと同じになってしまうからわかるが、付録のない本はシュリンクは勘弁してほしい、という意識は私の中にもある。
実際には、やる奴は雑誌だろうが分厚いハードカバー豪華本だろうがやっちゃうのが万引きなんだけども、周囲の人間に見つかりやすいのもまた事実なわけで。


コミック雑誌がシュリンクされた場合に困るのが、「連載作品の掲載状況が確認できない」ということである。
つまり、「作者急病(笑)で臨時休載になってないか」「載ってるけどすごくページ少なかったりしないか」というようなことが、表紙の作品表示だけだと読み取りきれないわけで。
近頃、ヒット経験のある漫画家のうち、「大センセイ化」する作家があちこちで増え始め、
・よく原稿を落とす
・載ってはいるが扉含めて4ページだの6ページ(非ギャグ)だの
・「単行本にするときにちゃんと描くもんね」と明らかに手抜き・仕上げもほとんどしてないような原稿で掲載
誰とは言わないがペン入れやクリーンナップしていない鉛筆殴り書きの、下書き以前のネーム状態で平気で掲載
・全体的に足で描いたような絵
・さらにそれまでも落とす

ような例があちこちの雑誌で見られるようになった。

最近は印刷工程も効率化されたために、「表紙に作品名があるけど中に載ってない」というようなことは昔よりは減ったものの、それでもギリギリで原稿が落ちると今でもありうる話ではある。
雑誌を総シュリンクするなら(少なくともコミックメインの店では)、表紙と内容が食い違った場合には「本号は****は休載です」というようなPOP表示を付けてくれれば有難いとは思う。
まあさすがに、
「**先生今週もペン入れなしです」
「×××先生今月は実質3ページです」
というレベル
まではいろいろな意味で無理だろうけれども…
(注:以前は印刷技術が未熟で鉛筆書きの線を出すことが難しくなったがその後技術向上により可能になり、効果的な表現として鉛筆線を採用している作家もいる。またCG処理技術が向上し身近になり、原稿に取り入れるレベルも作家によってさまざまとなってきたので、必ずしもペン入れは必要不可欠な工程ではなくなった。鉛筆書きの線をスキャニングして原稿作業する漫画家は今や珍しくなく、「ペン入れしてない=手抜き」という時代ではなくなった。しかしその場合多くはきちんと鉛筆書きの線をクリーンナップして処理し、各種仕上げも行ってこそ完成品の原稿と呼べるものであって、単なる殴り書きや線画だけの状態で掲載(その後単行本で仕上げ追加)などはやはり、「未完成状態で掲載」としか言えないものだとは思う。上記の「ペン入れしてない」という表現は一応そういう状況を踏まえて書いたつもりです。)

余談だが、「荒俣宏の少年マガジン大博覧会」(講談社)に掲載されているとある年の読み物ページに「今だから明かすショッキング5大事件の真相」というのがあって、その1つ目として、「あしたのジョー休載事件」が挙げられている。

昭和45年11月1日号で、表紙に「あしたのジョー」が載っていながら、ページを開いてみると、どこにもジョーはいなかった。本誌発売日の木曜の夜から金曜日にかけて、編集部の電話は問い合わせで鳴りっぱなし。ちばてつやが急病で倒れてしまい、休載になってしまったのである。
この事件は、表紙と漫画の印刷締め切りが違うというシステムのため、休載とわかった時にはもう手の打ちようがなかったのだ。本誌は次号で謝罪した。

これはもちろん、「あしたのジョー」が大人気作品(ちなみに同年の最初の方で力石戦終了、しばらくさまよったジョーが再起を始めるあたりの話である)というのが大前提にあるのだけれども、当時の読者がずいぶんウブというか原稿落ちに慣れていなかったのか、それとも当時の漫画家が全体的に今よりもマジメだったのか、まあ多分両方なんだとは思う。
逆に現在のコミック読者がそうしたことに妙に物わかりがよくなっちゃっているとも言える。まあなんだ、「作者急病」という文字を見て、「●●先生早くよくなって」と祈っていた純粋な時期が俺にもありました、ということで…

ちなみにこの特集では、「桑田次郎の拳銃所持→逮捕事件」や、「W3事件」も取り上げられており、ずいぶんぶっちゃけているというか、ラジカルだった頃の少年マガジンの姿を垣間見ることができる。前者では「見せしめ逮捕の一環として」というような表現があるし、後者ではさすがに具体的なことは書いていないけれども、「編集部にも、読者を無視したという後味の悪さが残った。その後、現在に至るまでこの種の事件は起きていない。」と締めくくるなど、かなり厭味のきつい文章になっている。
まあその一方で、同じ雑誌の「天才バカボン」では赤塚不二夫が左手でマンガを書いたりしていたわけだが。



「付録付き雑誌のシュリンクには抵抗がない」と感じるのが幼年誌・低年齢向け雑誌の原体験によるものだとしたら、「コミックは立ち読みできるのが当たり前(ビニールがかかってるのはエッチな本だけ)」という世代だからシュリンク論争になるのであって、「物心つく前に、書店はコミック単行本シュリンクがデフォルトの光景」で育った現在の十代にとっては、このシュリンク論争自体がひどくナンセンスなものに映ってるんだろうなとふと思った。
posted by 大道寺零(管理人) at 17:33 | Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画
この記事へのコメント
店によってコンビニ売り単行本(ちょっと厚いヤツね)にも巻かれてるのあるけど、アレも途中の追加ページ確認したいときに邪魔なんだよね。

ところでQRコード読み取るのって、デジタル万引きにあたるんでしょーか?
必要にかられて、時間確認するフリしてたまーにやっちゃうんだよね。
Posted by eng at 2008年02月27日 17:40
>>engさん

>アレも途中の追加ページ確認したいときに邪魔なんだよね。

コンビニ版単行本は、作品によってカットとか改編ありますから、できれば確認したいですね…

>QRコード読み取るのって、デジタル万引きにあたるんでしょーか?

どうなんでしょうね?本や商品によっては「買わないでコード読み取るのはデジタル万引きですのでやめましょう」と注意書きを添付している場合もあるみたいですけどもね。
あとは内容にもよるんでしょうね。ただ公式サイトなどにアクセスするだけのものならばまあ実害はないと思うんですが、応募権利とか優待的なものだとどーなのかなあとは。
いずれにしろ、売り場にもよるでしょうけども李下に冠を正す行為だろうなあとは思いまする。
Posted by 大道寺零 at 2008年02月27日 22:20
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