2008年03月08日

「ミュータントサブ」の改変について漫画

「ミュータントサブ」は、石森章太郎が1960年代に描いたエスパーものの作品で、かならず「代表作」として挙がるにもかかわらずあまり復刊の機会に恵まれなかった。
で、長年読みたいと願っていたのだがかなわず、1999年に双葉文庫からようやく2巻本で発売されてようやく見ることができたのだった。

この間まで、コダマプレスから出版された「ダイヤモンドコミクス」のリスト作成&調査をしていて、その中で、現在読める「ミュータントサブ」は、根幹設定とセリフが改変されたものだということを初めて知り、それで初めて物語の世界を咀嚼してすんなりと喉に落ちたように思えたのだった。

(以下ネタバレありますのでこれから読む方はご注意ください)
「ミュータントサブ」は1960年代に、結構いろいろな雑誌をまたにかけて(サンデー・ぼくら・冒険王など)短編で発表されている。作品ごとにサブの立場や時代・設定などが変わっていて、なんとなく「超人ロック」に通じる部分もあるような・単にこっちの気のせいのような構造になっている。
一番最初に連載されたのは「少女」(1961〜1962)で、こちらの収録分は現在絶版のサンリオ版しかなく、なかなか単行本に入らない。
多くの版で見られる「第1話」は、1965年「少年サンデー増刊」に掲載されたもので、私も「少女」版は見たことがないのでサンデー版を底本として以下の文を書くことにする。

物語は、主人公の少年・サブが交通事故に遭って意識不明の重体になるところから始まる。
彼をはねてしまった車に乗っていた心優しい少女・ルミは、自ら進んで枕もと輸血に応じ、手術は成功する。
1週間の昏睡の後に目覚めたサブは、突然人の心が読めるようになっていることに驚く。サブの異変を研究材料として調べたいという医師たちに軟禁されかかるが、窓の外でルミが誘拐される現場を発見、趙能力を発揮して助け出し、ルミの家に身を寄せることになる。ルミは日本有数の自動車大会社・鈴賀自動車の娘で、身代金狙いの誘拐だった。

ルミの母と話をしたサブは、彼女とサブの母に共通した体験があることを知る。

sabu1.jpg

ルミ母
「じつは あたしは 20年まえ
 横浜で爆発にあって…
 …その時 あやしい光をあびたんです


サブ
「えっ!あの!!」
UFOだったかもしれないといわれている!?」

「ぼくのおかあさんも 二十年まえ 横浜にいたんです」


サブは趙能力を使って再び鈴賀家を産業スパイの罠から救い、同時に鈴賀と敵対する組織に命を狙われる。そのピンチを脱したサブは、傷ついた腕から流れる血を見て、自分の趙能力覚醒のカギが「血」にあるのではないかと気づく。

sabu2.jpg

サブ
「そうだ!!もしかしたら UFO爆発による……
 怪光線の影響をうけたものどうしの血がまじりあったために
 ぼくのからだに変化がおきてきたのでは!?
きっとそうだ!!」

確信したサブは、自分の血をルミに輸血する。
病弱だったルミの体は健康になり、そしてサブが推論だてたとおりに、彼と同じエスパー能力を身に着け、孤独な魂も癒されるようになってEND。
この後もルミは何度か登場して、サブのパートナーとして事件を解決したり、商売敵に身柄を狙われたり、テレパシーで会話や相談に乗ったりする。

初めてこの話を読んだ時の感想を正直に言うと、「UFOの怪光線で趙能力ゲット」という設定がなんとも弱い上にトンデモな気がして残念に感じ、「長年期待しすぎてしまったんだろうか?」とも思った。
しかしこれは改変後(おそらくサンコミワイド版を出す際のようだ)の設定で、オリジナルの設定は全く違っていた。

「サブの母もルミの母も、広島で原爆被害に遭っており(つまりサブとルミは被爆二世)、放射性物質の影響で変異した血が混じり合ったために超能力が覚醒した」

これが元来の設定で、

・広島→横浜
・原爆投下→UFO爆発
・放射線→怪光線


と各所が変更されているというわけだ。
これでところどころ吹き出しの中の文字が不自然に詰まっていたり、フォントが明らかに違う理由が分かった。
そう言われて読み返してみると、何回か出てくる「UFO爆発」を暗示するシーンの爆発雲は明らかにキノコ雲だ。

sabu3.jpg

原爆の被害は、現在もなお第1世代も第2世代も苦しんでいる人がいるだけに、80年代にこのまま出版するのは無理というか「ナシ」だろうと出版社や筆者サイドが判断したのはある意味当然のことだと思う。
まあそれにつけても「怪光線はどうよ」と思うのだけれども、配慮せざるを得ないのはよく分かるし、これについては「オリジナルを軽視するとはケシカラン!」と目くじらを立てるわけにもいかないと十分理解できる。

それを承知した上で、設定を変更したためにいくつかのエピソードの重みや味わいが大きく損なわれているのも事実だと感じた。

例えば、「設計図X」のラスト。
超能力に覚醒したサブは、頭脳まで明晰になっており、手すさびに画期的な新型ロケットエンジンの設計図を書いてしまう。ルミの父はそれを見て大絶賛するが、サブは「今の世の中ではどんな優れた技術も悪用されてしまうばかりだから、特にどうするつもりもない」とサラッと流す。
ルミの父は狂言誘拐を企んで設計図Xを手に入れようとするが、逆に陥れられてピンチに。結局はサブが超能力を使って窮地を脱するのだが、彼はすべての元凶となった設計図Xを破り捨てて言う。

「ごらんなさいおじさん どんな平和のための発明でも……
 たちまちあらそいのタネになってしまうでしょう?」

この最後のセリフは、サブやルミが、人類史上最悪の「平和のための発明が用いられた殺人兵器」の犠牲者である、という事実を踏まえると非常に重いものとして響くのだが、それがないと「じゃあ最初から見せなきゃいいじゃんサブ」というだけの話に見えてしまう。

次に「原始少年サブ」
いきなり時代設定が原始に飛んだ作品。
まだ道具も火もない、人間がみな濃い体毛に覆われていた時代。
一人の女性が、体毛のない「白い子」を生み、あまりに奇異な容貌から忌み嫌われて部族の洞窟を追われ、母子二人の生活が始まる。
「サブ」と名付けられたその子は聡明な子に成長し、誰に教えられるでもなく石器や狩りの道具、住居などを作る技術を編み出していく。
母親がマンモスに殺されて天涯孤独になったサブは、部族の人間に狩りの方法を教えてマンモスをしとめ、さらに火をおこす方法を見つけ、その後の人類の発展に大きな役割を果たすのだった。

その様子を見守りUFOに乗り込む宇宙人たち。
実は彼らがかつて、「UFOの怪光線」を浴びせたためにサブの母親は彼を身ごもったのだった。その理由は
「このままではひ弱な人類は滅びてしまう」
「手助けして新しい能力を持った強い人間を生ませる必要があった」

からだった。彼らの思惑どおりにサブが成長し、人類に火をもたらして発展を促したのだ。
改編後の「UFOの怪光線」という新設定は、この話あたりから還元させたのかもしれない。

彼らはラストにこう言う。

「また いつの日か…
 この星の人類がほろびかけたとき
 われわれはふたたびこの星をおとずれる」


ナレーション
「むかし むかし…… 
 かぞえきれないほどの時間をさかのぼったころの地球…
 ひとりの趙能力をもった白い少年が生まれた

 そして…はじめての「火」をともした」


<このページの背景は大ゴマ1コマのみ、キノコ雲の中にナレーションネーム
「人類を生きのびさせるためのこの「火」が
 やがては人類をほろぼす「火」にかわる…
 そのとき 宇宙からふたたび すくいの手がやってきてくれるだろうか?
 それとも……」


でEND。

これもやはり、改変前と後での重さが変わってくる。
改変後では「宇宙から再び救いの手がやってきてくれた」ことになってしまうのだが、物語としてそれでいいのか?という疑問はどうしても抱かざるを得ない。
このコマのビジュアルだけでも「人類を滅ぼす火」のイメージは十分だろうけど、やはり改変前の設定の方が、「最大の恵みである火の発見が最終的に自分たちを滅ぼす核兵器という火になってしまった」という重みはダイレクトに伝わってくる。

この改変は、原爆被害者・そしてすべての戦争被害者に対する配慮として行われてしかるべきだと思うけれども、変更によって、この作品の「社会派としての味わいと重さが薄められてしまった」のも事実かな…というのが読み返してみての偽らざる感想である。


原爆投下の被害や放射線被害をこんな風に軽々しく作品にするのはどうか、と不快に思う方も多々いらっしゃるかと思うので一応補足。
1950〜60年代の創作においては、「放射能」というアイテムイメージは必ずしもネガティブなものばかりではなく、「何が起こっても不思議じゃない」便利なギミックとしてよく用いられていた。
例としては、本来無害な動物が放射性物質の被害によって変化・巨大化したゴジラ(あれは水爆実験がきっかけという設定だったが)あたりがもっとも有名か。
第1作「ゴジラ」では、それでも「核の被害者」「人間の勝手な所業によって生まれ、人間によって葬られる悲愴感」が描かれていたが、それ以外の作品ではもっと能天気だったり、今見るとかなり安易に「これは放射能の影響ですな」と言われればみんな納得するような描写が普通に受け入れられていた。
ギャグまんがの世界でも、「ピカドンくん」というタイトルの漫画が特に誰にとがめられるわけでもなく連載できていた時代である。
また、杉浦茂には、その名も「アンパン放射能」というすごいタイトルの作品がある。放射能を研究する3人組と博士が登場し、放射能を「チュッ」とかけると(本当にそんな音が出てる)、アンパンが巨大化してみんながおなかいっぱいになったり、大きいものを小さくしたり、ミイラや死人を生き返らせたり、体を動かなくさせたりと(今読むとかなりヤバいなあこれ)、とにかく「放射能の影響なら何でもアリ」という表現が完全スルーだった、そんな時代が実在していたのだ。
今の目で見ると、「被爆2世の血が混じり合ってエスパー誕生」という設定は十分トンデモの誹りを免れないところではあるけれど、エピソードの中で、社会派な調理を施し、「サイボーグ009」などの他の作品にも通じる「人類の欲や業への批判的な視線」を盛り込んで演出している手腕は、この時代状況を鑑みれば「さすが石森」と思わせられるのもまた事実である。

石森章太郎は、「サイボーグ009」の「未来編」でも、「核戦争の放射線物質の影響により奇形化した人類」の姿を描き、その部分のセリフを大幅に改変させられているし、同様の自主規制だったのかもしれない。


posted by 大道寺零(管理人) at 21:56 | Comment(3) | TrackBack(1) | 漫画
この記事へのコメント
おお。私の大好きな『ミュータントサブ』ではありませんか。
と思って読んでいたら、え、UFOの怪光線!?
そんな設定になってたんですか!?(お前、大好きじゃなかったのか、と)
私はサンコミ版で読んだので、「重い…。石森だなあ…」と思ってました。

石森でトンデモなのは、『新 変身忍者嵐』のラストくらいのもんですよね!
くらい…か…?
何にせよ、『ミュータントサブ』が、なかなか復刊できないのは残念です。名作なのに…。
Posted by カゼ at 2008年03月09日 00:31
数々読んでいる石ノ森の作品の中で、残念ながら「ミュータントサブ」の記憶がありません。それでも、放射能がUFOの怪光線に変わっているとは・・・ちょっと無理を感じますね。

実は私、宮城県の石ノ森萬画館は外観だけ、石ノ森章太郎記念館と近くにある生家は行った事があります。近所の方々も、大切にしているようです。石ノ森が描く女性がどうしてあんなに綺麗なのかは、彼の生い立ちをみて判りました。早くに亡くなられたお姉さんの美しさは、トラウマになったとしてもあまりあるモノがあります。
大道寺さんは、行かれた事がありますか?ドライブがてら、行ける距離だと思います。
Posted by cake at 2008年03月09日 12:58
>>カゼさん

>私はサンコミ版で読んだので、「重い…。石森だなあ…」と思ってました。

「ミュータントサブ」に関しては、元版を読んだ方は改変を知らず、改変後を読んだ方は元版を知らないままになってしまうのがほとんどだと思います。前者はともかくとして後者はちょっと、読者も作品も不幸なように感じるのです。この重さこそやはり石森作品の魅力の一つですし、作品の評価に大きく関わる点だと思うんですが…
かといって、改編後の刊本に「本来、サブの母の設定は広島で原爆に…」というようなキャプションをつけてしまうと改変した意味がなくなるおそれもあるわけで、結局は「封印」ということにならざるを得ないんでしょうけど、それにしたってほかに何かなかったのか?と思います。
読みながら、「1960年代前半って、"UFO"って言葉が一般的になってたっけ?」という疑問があったんですが、改変を知って納得しました。

「サブ」は現在、電子書籍版で読めますね。あとは大全集の8期に入ってるそうです(バラ売りしてくれないから買ってないですけどね…)。そちらの収録内容や改変部分がどういう形になっているかはちょっとわからないんですけども。

>>石森でトンデモなのは、『新 変身忍者嵐』のラストくらいのもんですよね!
くらい…か…?

「新・嵐」のラストはある意味もう伝説というか、トンデモとしてツッコミを入れる余地もなく、ただただ「取り残される」あの感じがたまらないですね。

>>cakeさん

>それでも、放射能がUFOの怪光線に変わっているとは・・・ちょっと無理を感じますね。

そうなんです。改変するのは仕方ないかなと納得できるのですが、他に何かなかったかと…
爆発の絵を残して字だけで設定を変更するにあたっては、選択肢は少ないかもしれないのですが、もうちょっと他にどうにかしてほしかったと思います。

>大道寺さんは、行かれた事がありますか?ドライブがてら、行ける距離だと思います。

もちろん、両方行きましたよ〜。
展示点数は少ないですが、私は登米(実家)のほうの「ふるさと記念館」の雰囲気がなんだか好きですねえ。
お姉さんは一時期上京していて、トキワ荘のアイドルだったらしいです。本当にはかなげなんだけど芯の強そうな美しい方で、石森女性キャラの多くが持っている「お姉さん属性」とか「包容力」「しっかりした感じ」のルーツをひしひしと感じました。
Posted by 大道寺零 at 2008年03月09日 16:32
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