所有しているのは中公文庫コミック版。
番組中で、島本和彦氏が
「それまで子供マンガのテリトリーで活躍していた石森先生が今度は大人マンガということで、特に女性の体やセクシャルな表現について、『ボクはじめてなのにどうしよう』という感じで戸惑いながら取り組んでいる序番の様子がなんとも初々しい」
というような内容のことを語っていたのだが、確かにストーリー的にはともかく、絵的には大いに同感。
これは、同様のことが文庫版のご本人あとがき(文庫刊行時にはご存命だった)にもあったので、的外れな感想でもないのだろうと思う。
二十数年前。「ビッグコミック」が創刊した。「漫画アクション」が「プレイコミック」が、と続いた。三誌とも依頼が来て--引き受けた。なにしろまだ、描き手が不足の時代だった。
「ビッグコミック」に「佐武と市捕物控」、「漫画アクション」に「009ノ1」、「プレイコミック」に「ワイルドキャット」と表紙絵を描いた。シリアスな時代モノ、SF、ギャグストーリーと、描き分けた"つもり"だった。が、送り手の遅れは深刻だった。
先ず、イメージ通りの絵が描けない。昨日までは子供向けの、丸っこい五頭身キャラクターを描いていたのだ。次にストーリーテリング。オトナ向けとはいうものの、どこまで大人っぽくすればいいのか?読者も昨日まで子どもマンガを読んでいたのだ、という意識。子どもマンガで造られてしまっていた無意識の自己規制、などがペンを鈍らせた。
今日まで子ども、明日から大人という"成人式"での戸惑い、のようなモノだったろうか。そして、「009ノ1」。「サイボーグ009」のオトナ版、スパイ(忍者くノ1)もの。子どもマンガで描けなかった要素はセックスとバイオレンス、ならば、という単純素朴な発想でスタートした作品であった。なんとか、それらしく描けてるかな、と思えるようになったのは、連載も半ばを過ぎてからのことであった。
(中公文庫版あとがき
「成人コミック"成人式"を過ぎて」より[1996年初版])
アダルト方面を志向した絵柄の変化は、ビッグコミック創刊に先駆けて「COM」誌上でも行われていたのだが、「COM」の読者層はコアな漫画好きで、アーティスティックな味付けや実験等も許容されやすい土壌であるのに対し、成人向け漫画誌では大衆性・ある種の下世話さも意識せねばならず、その辺の匙加減についてもかなり悩みや試行錯誤があったのではないかと思う。
時代的には、描き手だけではなく編集サイドもまた、「どこまでやっていいものか」という迷いがあったのかもしれない。
そんな「009ノ1」だが、確かに最初の数話を見ると、主人公のセクシーボディの描写について、
「あ〜〜〜、悩んでるんだろうな〜〜〜」
と思わされるページやコマが数々ある。
それが最も分かりやすく出ているのが第1話の扉かと思う。

このボール紙で作ったかのようなブラジャーが、何より雄弁に石森章太郎の迷いとか照れとか試行錯誤を物語っているんじゃないかと…
本編内のコマではいい感じに描線を「流し」て描いているので、そんなに下着の描写に違和感はないのだけども…
まあ全体に、ブラやパンツが「妙にでかい」と感じる場面は多いけれども、一応弁護しておくと、60年代・70年代のブラはフルカップが主流だったし、ヒモパンの類でなければショーツも今より全体的にでかくて「しっかりカバー」するタイプが普通だったとだけ言っておこう。
モンキー・パンチの漫画に登場するブラジャーもやたらでかかったりする。当時はまだワイヤーなど入ったものがなく、フルカップで形を整えるしかなかったのだろう。
主人公・ミレーヌのファッションは「未来」という設定なのだがやはり連載当時流行していたファッションを基調にしており、今見ると「一回り二回りして逆にけっこうカッコイイ」ようにも思える。
内容としては、どの時期もけっこう好きなのだけども、弟の一件以来虚無感の加速する後半のドライな雰囲気がもっとも好みだ。
特に「地平線の家」の恐怖感・閉塞感・白昼夢のような非現実感と、「空間使い」の巧みさは、まさに島本氏言うところの
「石ノ森ーーーーッ!」
な味わいに満ちている。
アニメ一話は以前にも見たことがあるのだが、石森作品映像化にあたって、「紺野氏が監督するのが最適解なのでは」と改めて思った(つまり川越監督ではなくという意味で)。
いつ見ても、石森作品の独特の女体(低めのバストポイント、腰の張り方や重そうなヒップなど、現在の「萌え」のメインストリームからはかなり外れたものだろう)をあそこまで忠実にキャラデザインに押し出して動かすという思い切ったデザインワークが既に快挙だと思う。(紺野氏はあの「石森尻〜石森太腿」が大好きらしい。確かにこだわりある愛、「バランスが悪いのは分かってるけど俺はこれが好きなんじゃ!」というあふれるパトスが素晴らしい。)
声の釈由美子はいつ聴いても「そんなにひどくはないけれどもやっぱりちょっと残念」だ。抑揚の少ない普段のクールな口調のときはそうでもないが、ちょっと動揺したり怒ったりと、感情の揺れが出てくるシーンの演技はやはり違和感がある。ファンの方には申し訳ないが、なぜプロの声優を使わず、「既にセクシーアイドルの旬を過ぎた釈由美子と微妙なコラボをする羽目になったのか」と思ってしまう。
全体的にジャズテイストの音楽が良い。特にエンディングは、「60年代の古い海外ドラマ」感に溢れている。
また、ミレーヌの着ている私服がいちいちレトロでキュート。描いている側が「着せ替えを楽しんでいる」のが伝わってきてなかなかよろしいのでは。
OPのサビの「ダブルオーナインワン〜♪」の部分、最初「名ーもー無いわ〜♪」と聞こえて、「いや一応ミレーヌって名前があるじゃまいか」と思ってしまったのは私だけでいいさ。
アニメ「009-1」OP
同ED
おまけ:昔実写化された「フラワーアクション009-1」のオープニング。「009-1」という名前を使ってはいるが、内容的には「チャーリーズエンジェル」と「ジャッカー電撃隊」を足して2で割ったような感じ…らしい?
あの絵で動かされると、一段と説得力あります。
おっぱいに。
…ここまで書いて思いました。
オレはバカか、さもなきゃアホじゃないでしょうか。
(おしり/腰も好きです。だいすきです。石ノ森ヴィーナス(オレ命名)は。)
(久しぶりのコメントがこんなんでごめんなさい)
(でもいいか)
(よくないって)
>石ノ森ヴィーナス(オレ命名)
すばらしい命名です!そういえば確かに、ギリシャ美術に登場する「絶対子供の1人2人産んでるよねコレ」という女性の曲線を思わせるバランスなんですよね。
今結局思い立って「009ノ1」を通し読みしてるんですが、たとえば手塚治虫あたりの、ソフビ造形のような感じの記号的な曲線と違い、重さや肉感を感じさせるフォルム、あえて閉じていない線に味わいを感じます。お尻はそんなに垂れていなくとも…と思うコマもけっこうあるんですが…
引いたときの表情の描線の流し方などを見ても、いわゆる「大人マンガ」の描線を意識したのかな?と思うところが多いです。
>おっぱいマシンガン
発射の寸前にちょっと「クィッ」と上がるところがいいですよね。クイッと。