2006年10月17日

「挑戦者(チャレンジャー)」 島本和彦漫画

「あしたのジョーの方程式」の読後、これをふと読み返したくなって久々に手に取った。

確かこの1巻を手にしたのは、高校卒業間際、学校の近くの本屋だったと思う。「いつになったら例の熱血ギャグが出てくるのか」と思いながらページをめくっていったら、ついに何も出ないまま、普通のボクシングストーリーマンガとして1巻が終わってしまった事に何より驚愕した。

作品リストに照らしてみると、恐らく初の長編ストーリー(非ギャグ)ものである。
実を言うと、長らく私はこの作品があまり好きではなかった。
「熱血ギャグ要素がないから」というわけではなく、背後に強く「あしたのジョー」が透けて見えてしまった気がしたからだ。
「ああこの人は『あしたのジョー』が好きなんだろうなあ」とはものすごく伝わってきたが、全体的に何をやりたいのかがよく分からなかった。「『ジョー』をやりたいのかな、違うのかな」と思って読んでいる間に終わってしまった感じ。「島本和彦がやらなければならない作品なのかな」という疑問もあった。
絵柄について試行錯誤している感も強いが、それはそれで成功していると思ったし、雰囲気は悪くはないのだが、どうも今ひとつハンパというか、ありがちに感じたのだった。



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posted by 大道寺零(管理人) at 13:07 | Comment(4) | TrackBack(0) | 漫画

2006年10月04日

あとは勇気だけだ漫画

愛してるって言わなきゃ殺す」ってくらいの勢いでゲッターロボと石川賢が好き好き大好きであることはしょっちゅう書いているのだが、二次創作とか読むのも大好きなのだ。
で、もう1年くらい前からこっそり愛読しているのが「真・孤立軍」というサイトの作品。ここのカゼカオルさんのセンスというかボケツッコミのリズムがたまらなく好きなのだ(ギャグ系作品が多く、Gロボ・島本ネタもあります)。
ずっと日記などもROMっていて、mixiにお名前を見つけてからはお気に入りに入れて時たまストーキングする内気な毎日。足跡をつけては「キモがられてないかしら」と不安がる日々だったのだが、先日、勇気を出して初めてのWeb拍手メッセージ入力してみた(拍手そのものは時々やってた。こっそり。)。

後日、日記でお返事いただいたどころか、「ゲッターどうでしょう」をご存知でいてくださった。
うひょー。
嬉しい。

そんなわけで最高にウヒョーしている昨日今日であります。うひょー。

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posted by 大道寺零(管理人) at 18:17 | Comment(0) | TrackBack(1) | 漫画

2006年10月02日

散所と山椒と四つのこと(2)漫画

さて、放送禁止(差別)用語としての「四つ」のこと。
「四つ」とは、「被差別部落、その出身者」を暗喩するものとして忌避される言葉で、「四辻」「四つ足」などが放送禁止用語リスト入りするほか、「四つんばい」などの言葉も出版界ではできるだけ避けているらしい。

この言葉の困ったところは、ごく通常の数詞でもあるため、文章の上でも窮屈だし、何より言葉以外の表現にも大きな影響を及ぼすということなのだ。

かつて小林よしのりが、編集側の自主規制によって「構図上どうやっても4本しか指が見えない場面なのに、無理矢理もう一本描き足すように要求された」ということを「ゴーマニズム宣言」に書いていた。いしかわじゅんも、NTTの依頼で執筆した折に、「電話を持つ手の指がどの角度から見ても五本指に描くように」と要請されたという(これはNTTの広告媒体で使われるイラストやマンガに共通のマニュアルらしい)。

有名なところでは、原作では指四本の「ドラゴンボール」のピッコロ大魔王は、アニメ化の際に五本指に変更された。また、「怪物くん」も同様(白黒アニメでは四本、カラーアニメでは五本。新版単行本の表紙でも五本指になった)。

TVでも、「四つめー!」「今週の第四位は!」などという時に、「指を四本立てる動作」は避けているし、教科書でも、「リンゴが4つ」とは書かず、「4個」と書くようにというルールがある。

一番の被害は、ちあきなおみの「4つのお願い」という歌だろうか。タイトルのためだけに、なんと一時放送禁止扱いになったという

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posted by 大道寺零(管理人) at 15:43 | Comment(4) | TrackBack(0) | 漫画

散所と山椒と四つのこと(1)漫画

先日レビューを書いた「アシュラ」(ジョージ秋山)の登場人物の中で、なんとなく気になる存在だったのが「散所太夫」だ。
決していい人ではない。それどころか、妊娠したアシュラの母を冷淡にあしらって「出奔→狂気」に至らしめた張本人だし、息子であるアシュラがあんなんなっちゃったのも、そもそもこの人が元凶、物語における諸悪の根源といってもいい。
けれども、一瞬だがアシュラと一つ屋根の下で暮らしていた時の表情や、真相を知って悔い、アシュラに謝罪するシーンを見ると、なんだか憎みきれない。ちょっといい表情を見せたりして、妙な人間性を感じてしまうのだ。
これは彼が、作中数少ない「近代的自我」を持ち、それを自覚している人間だからではないだろうか。
「人間嫌いを標榜し、愛するものを遠ざけてきたのはすべて、人に関わって傷つけられるのを恐れた自分の卑怯さ・弱さのため」と告白する太夫の姿は実に今日的で印象に残る。
同時にそれは、中世の飢餓を、文字通り「食うか食われるか」で生きざるを得ない人たちと対照的な姿でもある。地頭の直下で農民や散所労働者を管理する散所太夫は、荘園社会ヒエラルキーの中で上位・使用者側の立場にある。「食うには困らない」のだ。だからこそこんなことを考える余裕がある。そうした姿もまた、「生きるために人までも食らう」アシュラ達と対照をなす存在として物語に陰影を与えていると思う。

「アシュラ」について記事を書く前に色々と検索してみたのだが、関係のないページがごそっとHITしてしまう(例えば「アシュラテンプル」とか…)。「こりゃどーもいかん」と思い、著者名を入れて検索するも、今度はオンライン書店のHITが多い。
で、登場人物の名前で検索…と考えて「散所太夫」で検索したところ、ちょっと面白いことが分かった。今回はそのことを書いてみる。続きを読む
posted by 大道寺零(管理人) at 12:34 | Comment(5) | TrackBack(1) | 漫画

2006年09月27日

「アシュラ」完結編漫画

「週刊少年ジャンプ」81年26号に読みきりで掲載されたらしい。
「まんだらけ」の相場表によると、この号だけ飛びぬけて高い値段がついていた。(それにしてもなぜ唐突にジャンプでなんだろ?)

ジョージ秋山スレッドにストーリーのまとめがあった。

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posted by 大道寺零(管理人) at 13:14 | Comment(4) | TrackBack(0) | 漫画

「アシュラ」下 ジョージ秋山(3)漫画

<注:食人・暴力・殺人シーンの解説を含みます。グロテスク・残虐な描写が苦手な方、食事中の方は十分にご注意ください。
それに比べれば些細なことですが、物語の経過やラストについてもネタバレしているのでご注意ください。>


このレビューは、幻冬社文庫(上下巻)版を底本にしています。

予想以上に長いレビューになっちゃったなあ。これで終わりますから。

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posted by 大道寺零(管理人) at 11:12 | Comment(5) | TrackBack(0) | 漫画

2006年09月26日

「アシュラ」下 ジョージ秋山(2)漫画

<注:食人・暴力・殺人シーンの解説を含みます。グロテスク・残虐な描写が苦手な方、食事中の方は十分にご注意ください。
それに比べれば些細なことですが、物語の経過やラストについてもネタバレしているのでご注意ください。>


このレビューは、幻冬社文庫(上下巻)版を底本にしています。

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posted by 大道寺零(管理人) at 16:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画

「アシュラ」下 ジョージ秋山(1)漫画

<注:食人・暴力・殺人シーンの解説を含みます。グロテスク・残虐な描写が苦手な方、食事中の方は十分にご注意ください。
それに比べれば些細なことですが、物語の経過やラストについてもネタバレしているのでご注意ください。>


このレビューは、幻冬社文庫(上下巻)版を底本にしています。

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posted by 大道寺零(管理人) at 15:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画

「アシュラ」上 ジョージ秋山(2)漫画

<注:食人・暴力・殺人シーンの解説を含みます。グロテスク・残虐な描写が苦手な方、食事中の方は十分にご注意ください。
それに比べれば些細なことですが、物語の経過やラストについてもネタバレしているのでご注意ください。>


このレビューは、幻冬社文庫(上下巻)版を底本にしています。

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posted by 大道寺零(管理人) at 14:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画

「アシュラ」上 ジョージ秋山(1)漫画

先日本屋で見つけ、「もう胎教とか関係ないし」という、相当自虐的な理由で購入。
初版発行2月なので随分時間が経っていたが、ずっと外出を控えていたり、入院が長かったりで、本屋でじっくり新刊物色することもなかった。ので、いきなりの復刻に驚き、「これは買っておかないと!」と思ったのだった。
幻冬社文庫より上下巻。

「アシュラ」が「週刊少年マガジン」に連載されたのは1970〜1971年。冒頭から展開される殺人や暴力・食人・死体のシーンが衝撃的で社会問題になり、禁書指定・回収などが行われたことで当時大きな話題になった。

<注:これ以降のレビューにもその手のシーン説明が避けられないので、グロテスク・残虐な描写が苦手な方、食事中の方は十分にご注意ください。
それに比べれば些細なことですが、物語の経過やラストについてもネタバレしているのでご注意ください。>


多分表紙の絵は今の絵柄だと思う。主人公・アシュラの顔がずいぶんとソフトで可愛げだ。

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それのどこが可愛げなのよ、と思われるだろうが、これでも十分ソフトなんだから仕方がない。実際に手にとってご覧になる方は、ちょっと覚悟してページをめくったほうがいいかもしれない。


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posted by 大道寺零(管理人) at 12:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画

2006年09月05日

スラムダンク一気読み漫画

入院中に妙にミッチーのことを思い出してしまい、里帰りするなり、置きっぱなしにしていた「スラムダンク」全巻を一気読み中。やっぱりミッチーはいいねえ。しみじみ。そしてやっぱりよく出来た漫画だなー。

しかし今になって読んでみると、海南VS陵南戦や湘南VS陵南戦でのイイ場面で、妙にネタ化してしまっているせいでつい吹いてしまう場面が多いから困る。
(「ディフェンスに定評のある池上」「仙道ならきっとなんとかしてくれる」「まだあわてるような時間じゃない」など)

池上に至っては、「定評」でGoogle検索するとTOPに来てしまう始末だし。

私の中では比較的「最近の漫画」に分類されているスラムダンクだが、気がつけば連載終了後10年目なのだった。年を取るはずだ。

ふと疑問に思ったのが、「県立湘北高校の偏差値っていくらぐらい?(学力的なランクはどーなの?)」ということだ。赤木やメガネ君を見ると比較的上位ランクに思えるのだが、一方で桜木軍団も入部していることを考えるとどうもよく掴めない。普通科っぽいし。続きを読む
posted by 大道寺零(管理人) at 20:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画

石川賢「雀鬼2025」レビュー漫画


八王子市民さんの「僕たち地球人」に、石川賢伝説の麻雀漫画「雀鬼2025」のイカすレビューが掲載されとります。激しくオススメ。

「雀鬼1999」レビュー「雀鬼2025」レビュー

八王子市民さんも仰ってますが、一刻も早い復刻が待たれます。こんな傑作が絶版のままになってるのは国家的な損失以外の何者でもない!続きを読む
posted by 大道寺零(管理人) at 20:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画

2006年08月07日

「赤い文化住宅の初子」映画化漫画

松田洋子の「赤い文化住宅の初子」が映画化されるらしい。作者のBlogを見て知り、正直派手さのある作品では全然ないのでたまげ、そして嬉しく思った。
多分単館上映系になるのかな?と思うのだが、初子のキャストは誰になるのだろうか。美少女タレントや子役はいっぱいいるが、初子は決してそうじゃない(そしてそこがいい)ので、あの「年に似合わぬ諦観と地味さと、ほんのりとだけ漂う少女らしさ」を表現できる実力のある女の子が演じてくれるといいなあ。

「薫の秘話」「リスペクター」などの「毒入りギャグ」な作品が大好きで、「薫」連載時から好きだった松田洋子だが、まさかこんなしっとり切ない作品を描くとは、購入時はひたすらにサプライズだった。

主人公・初子を取り巻く環境は、ただただ悲惨である。
母は死別・父は蒸発・兄は典型的なDQN、学校の担任女性教師にはやる気ゼロ。かといって、そこらの世界名作劇場のヒロインのように、健気に孤軍奮闘したりはしない。周囲の状況の望みのなさが深すぎるのだ。
初子は作中、とにかく溜息をつくシーンが多く、印象的だ。
ただ一人彼女を理解し、力になってくれる学級委員の三島くんが唯一の心を通じ合える相手で、彼と同じ高校に行きたいと願って頑張ってみるも、兄の無理解・担任の無関心(普通の物語だと、ここで教師が一人くらい味方になってくれるもんだが、そこが違うんである)などが現実の壁を否応なく認識させる。結局初子は地元の製菓工場に就職。学校の放課後に時々会ってくれる三島くんと、工場からもらってきた壊れビスケットを「ビスケ食べり」とつまみ合うシーンが心に残る。そのやりとりの中でも、どこか住む世界の違和感を感じざるを得ない。
物語のラスト、さらに絶望に追い討ちをかけるあっけない事件により、初子は広島を去る。そのシーンがどこまでも静かで日常的だが、とにかく切ない余韻を残す。現実的には、これから大学に行き就職するであろう三島くんは、ずっと初子のことを覚えていたり、迎えに来てはくれないのではないか、と分かっていながら、それでも少しだけの希望がほのかに漂うような、そんなラストだ。

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posted by 大道寺零(管理人) at 00:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画

2006年08月05日

摂理の広告塔漫画家その2漫画

「摂理の広告塔」である「大物漫画家」=一条ゆかりという説についての記事が、雑誌などにも出たようだ。
引用は週刊新潮の記事の抜書きより。

183 :[特集]広告塔―― (5):2006/08/03(木) 05:40:19
「ええ、我々が認識している広告塔とは、確かに一条ゆかり氏のことです」と、脱会信者の支援活動をしている関係者がこう明かす。
「元信者たちの話を総合すると、彼女は00年ごろにはすでに信者になっており、部内の札拝施設に毎週、熱心に通っていた。また、教団には“芸術祭”と呼ばれる発表会があります。勧誘手投としてダンスや演劇、ゴスペルなどのサークルを隠れ蓑にしていますが、それらの発表会に学生を呼び込んで、新たに勧誘するわけです。一条さんは01年2月の芸術祭で審査員を務めていたし、ゴスペルコンサートをプロデユースしたこともある。元信者の中には、一条さんほどの著名人が入信しているのだから大丈夫と思った、と述懐している人もいるんです」
 しかも、一条氏の作品の中に、このカルト教団の教義を彷彿とさせるものまであると、こう続けるのだ。
「それは、ちょうど同じ時期に描かれていた『天使のツラノカワ』という漫画です。これほキリスト教の用語が多用されている作品なのですが、描かれているのは明らかに『摂理』の世界観です。キリスト教の素養のある人が読むと、これは正規のキリスト教の概念ではないとすぐに分かります。逆に、『摂理』の教義や理念を知っていれば、たちまちこれが『摂理』の教えに基づいていることが分かるでしよう」
 主人公は、牧師の娘で世間知らずのクリスチャン。彼女が周囲の男性らと巻きおこす恋愛騒動を、コミカルに描き出した人気作品だ。コミックで全5巻。「一条さんは、とりわけ若い女性たちにとっては絶大な人気を誇る漫画家。そんな彼女が信者だったら、女性たちにとってのインパクトは大きいでしょう。
しかも、教団があの作品を“これが私たちの教えだ”という形で利用していた可能性だってあります」
 さらに、元信者らへの聞き取り取材を続けているジャーナリストが、こんな証言までするのだ。
「ある有力な支援者が、一条さんは現在も脱会しておらず、現役信者のままだと明言してました。ただし、恐らく本人は否定するだろうとも」

2ch少女漫画板:「【プライド消滅】一条ゆかり29【自然の摂理】」スレッドの一部より


一方、「プライド」連載中の漫画誌「コーラス」の公式サイトには、一条ゆかり本人の「信者報道否定」のコメントが掲載されている。

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posted by 大道寺零(管理人) at 01:44 | Comment(0) | TrackBack(2) | 漫画

2006年08月04日

諸星大二郎「マッドメン」漫画

「マッドメン」は、出版社や版型を変えて何度か出ているが、これは最近集英社から出た文庫の2巻本(「1:オンゴロの仮面」「2:大いなる復活」)。

20代になってから諸星大二郎にハマったのに、何でコレをもっと早く読んでいなかったかと大いに後悔(単に古本屋に出ていなかったからというのが最大の理由ではあるんだが…)。ちくま文庫の1巻本が出た時に買っておけばよかった。

思い当たる理由はおぼろげにある。この作品は1975年に第1作が発表され、1979〜81年に「月刊少年チャンピオン」で連作掲載された。その頃、不定期的に月刊チャンピオンを読んでいたとは思うのだが、時折載っているこの漫画が自分の中で「怖いマンガ」にカテゴライズされてしまっていたため、その潜在意識がちょっと邪魔をしていたのかもしれない。また、どおくまんの「暴力大将」が嫌いだったので、この雑誌自体を積極的に手に取っていなかったというのもある(それでいて「快僧のざらし」の記憶が鮮明なのはなぜどうして)。
実際、初期作品のコドワはわりと平気で文明人を殺してたりして、怖いことは怖かったのだ。
また、この作品の主な舞台はパプア・ニューギニアの中でも奥地、文明化の波の中で伝来の信仰と文化を守ろうとする部族の村である。
連載よりちょっと前、スペシャル番組や「すばらしい世界旅行」などの短編番組で紹介されるアフリカや東南アジアの風景は、時に興味本位というか、「首狩り族」などのオカルティックな部分だけをクローズアップして、その民俗学的意義に触れるよりは、ややもすると「蛮族の恐ろしい風習」というニュアンスで紹介することがあった(ガキだったので、学術的な解説があっても耳に入っていなかっただけかもしれないが…)。そんな影響もあって、「見慣れないテイストの仮面をかぶって、腰ミノで槍持って」な人たちは、少なくともガキビジョンには「恐怖の対象」でもあったのだ(それにしても、なんという怖がりな子供だったんだろう…)

前置きが長くなってしまったが、文句なしに「マッドメン」は名作だ。
文庫サイズということもあるのだが、独特の絵柄、律儀に書き込まれたジャングルの風景や熱帯の空気・湿気までもが伝わってきて、そのパワーに圧倒される。その「圧迫力」に、知らず知らずのうちに体力を消費して作品に対峙しているような、そんな感覚に襲われる。
この濃さには画面の要素も大きい。
これは諸星大二郎に限ったことではないが、1ページ内のコマの段数による影響が大きいのではないだろうか。
現在では「原則4段割り」のストーリーマンガというのがほとんど見られない。時折り4段に割ることがあっても、大抵コマの中身は顔のアップやバストショットがメインであることが多い。
ところがあの時代の漫画家は、4段に割った上で、全身もモブも背景も入れて画面構成するのが極めて普通だった。少し古いマンガを読むと、密度が濃くて時間がかかるように感じるのは、ここが大きいと思う。

しかもストーリー自体が重い上に、民俗学・神話学的なエクスキューズも入ってくるもんだから、一ページ一ページが実に贅沢な濃厚さに仕上がっている。
中学生の頃、世界各地の神話・伝説に関わる本を読み、「こんなに遠い国で人種も違うのに、同じ流れの神話がある!」「男女の交わりの原初とか、食物起源とか、共通している部分があるのは何でだろう?」と感動や疑問を抱いた、あの時の新鮮な気分をまざまざと思い出した。
実際に巻末参考文献にレヴィ=ストロースが挙げられたりもしている。大学時代に宗教学や比較文化論の授業で読んだレヴィ=ストロースやエリアーデの本がエキサイティングで楽しかったなー。毛嫌いしないで、連載当時にきちんと読んでいれば…と思うと本当に悔やまれる。

「暗黒神話」なんかもそうだが、こういう一つ一つの共通項をマクロにからめて、クライマックスの大きなうねりに持っていく、というのが、いかにも70年代な諸星大二郎のお家芸といえる。
原始世界・神話のダイナミズムだけでなく、先進国・キリスト教会のエゴや、文明化によって得るもの・失われるものについてもシビアに描かれている。
シリーズ完結に至るまで足掛け6年かかっているわけだが、その間もパプア・ニューギニアの近代化は進み、様相が変わっているのを、諸星大二郎はリアルタイムに見ていたのだろう。メッセージはとてもダイレクトだ。
70年代の秋田書店の凄さというのは、この作品や、「百億の昼と千億の夜」のような、内容的に青年誌でもおかしくない(しかし「プレイコミック」向きかといわれると微妙かもしれない…)やや難解・高度なメッセージを含む作品を、少年誌の読者にストレートにぶつけてくる姿勢にあったと思う。(当時もっとも妥当な受け皿を探すとすれば「リュウ」あたりになるのかな…)

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posted by 大道寺零(管理人) at 11:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画

2006年07月30日

「もやしもん」のこと漫画

各方面(のマンガ読み)から絶賛されている「もやしもん」(石川雅之/講談社・イブニングコミックス)、そのうちそろえよう揃えようと思いつつもなかなかその気にならず、ようやく先日既刊3巻をすべてゲット。
うーん、やっぱ面白い。もっと早く買っておくんだった。
万人が楽しめる作品だと思うが、小泉武夫の話とか著書が好きな人はかなりストライクだと思う。あたしゃまさか、マンガでキビヤックが見れるとは思わなかったよ…

<ストーリー>
東京の「某農大」に入学した主人公・沢木の実家は種麹屋。家業を好きではない彼だが、「菌が見える」という特殊な能力を持っていた。祖父の知人である発酵学の権威・樹教授と衝撃的な出会いを果たし、研究室の院生・長谷川や幼馴染の蛍(造り酒屋の息子)、その他風変わりな先輩や友人たちと、「農大」というかなり特殊な環境の中、学んだり育ったり戦ったり臭かったり色々する物語。
沢木の目に見える「菌」のビジョンは、リアルな顕微鏡画像のようなものではなく、ほどよく擬人化されて可愛らしく、菌ごとに性格や口調も異なっており、そこが大きな楽しみ(どんなのか見てみたい方は、「もやしもん」で画像検索すると色々出てきます)。また、何気にその行動や脚注が勉強になる。
「糖うめー」「アルコール出ちゃった」
これ以上簡潔で分かりやすいアルコール発酵の説明があるだろうか(反語)。


mixiで「もやしもん」コミュニティを覗き見していたら、「キャラ名の共通した元ネタについて」というトピックがあった。
つまり、登場人物の「名字」を並べてみると、「どういう業界の人からネタをとったか、特に男性はピンとくる」というものだった。
あーなるほど。言われてみればそうだわな。かけ離れた世界なので想像しなかったけど。
でも、「及川」よりも「樹」でピンときてしまう辺り、私も年寄りだな…

もう一つ。某落書き道場にあったもやしネタ。
ソロモンの激戦までもかもされました…→こちら
posted by 大道寺零(管理人) at 21:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画

2006年07月29日

「夢幻紳士 逢魔編」(高橋葉介)漫画

「幻想編」に続く、「ミステリマガジン」掲載シリーズの第二弾。
「幻想編」を読まないと話やキャラが分からない…というわけではないが、あらかじめ「幻想編」に触れておくことを強く強くお薦めする(絶妙にリンクしている部分があるので)。

元々ノンアクティブな魔実也くんだが、今回は徹底的に「待ち」というか、「自分からは特に動かない」シチュエーションに徹底している。魔実也氏はただひたすら、場末の料亭で昼間から酒を食らっているだけなのだが、一話ごとにさまざまな妖しがさまざまな手段で寄って来ては、例のごとく手玉に取られる。ストーリーを説明すればそんなところになるか。
初見時は、てっきり「魔実也くんが何日も料亭に居続け」なのかと思ったが、女将の「やれやれ今日はなんて一日だったろう」というセリフで、実はこの物語時間が、「昼間から翌日明け方(料亭が閉まるまで)の一日間」であることが分かる。もっとも彼にかかっては、時間も空間も意味があってないようなものなのだけど。
3話目から最終話まで登場するキャラクター、「手の目」が可愛らしくも存在感あり、秀逸。
彼女が言う
若旦那、あンた確かに女難の相だが、難は違わず女の方だ
というセリフの、「女」を「魔」に置き換えても通用するなと思った。

こんな書き方をすると、ルーティンな妖怪ハンティング(というほど能動的なお方ではないが)話のオムニバスのようだが、最後は「幻想編」に勝るとも劣らない余韻が味わえてしまうから凄い。

今回の「逢魔編」では、「幻想編」の絵柄を引き継ぎながら、より美しく洗練されたヴィジュアルを存分に楽しむことができる。自在な筆のタッチが、ある時は版画の趣きでもあり、ある時はコンテ画を思わせたりもする。従来の描線の美しさ、特に白と黒のコントラストに磨きがかかって、「何も描かれていない白の部分」が時に雄弁に空間を演出する。
そして魔実也の美しさと色気がかなりパワーアップ。「陰魔羅鬼」での彼は、行為的には大した事はしていないにも関わらず最高にエロい。また、「首かじり」では首筋の美しさエロさまで強調し、「夢幻魔実也に死角なし」ということを存分に見せ付けてくれるのだった。
そして相変わらず「幼女にゃ甘い」部分もまた健在だ。

これまでの絵柄とはまた違った境地を開かれたのではないか、と思う。これほどの大ベテランになってなお進化するって、なかなかできない事だ。最近では50代から早くも劣化や老害を醸したり、ヘタな「Part2もの」を描いて自分の業績を自ら台無しにしてしまうマンガ家も少なくない中、定番シリーズ(当然、うるさ型のファンも多い)の続編で常に挑戦し、それを成功させている。偉業。

「ミステリマガジン」では現在、「迷宮編」連載中との事。「幻想編」「逢魔編」ともに1冊12編で構成されているので、このペースで行くと1年に1度「夢幻紳士」の新作が読めるということかな。次も楽しみだ。
posted by 大道寺零(管理人) at 00:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画

2006年07月27日

「夢幻紳士 幻想編」(高橋葉介)漫画

購入したのがもう去年の話になってしまうのだが…

色々と掲載誌を渡り歩いた「夢幻紳士」だが、今回の作品は、早川書房の「ミステリマガジン」に連載されたもの。
一言に「夢幻魔実也くん」と言っても、「冒険編」のスチャラカ魔実也・「マンガ少年版」ののほほん魔実也・そして「怪奇編」「外伝」の青年魔実也の各バージョンがある。今回はもっとも人気の高い「青年魔実也」。

しかし、いつもの「女殺しで冷酷(だがそこがいい)」な魔実也くんとは随分と趣が違っている。パトロンである「僕」に対する徹底したナイトっぷりは、違和感さえ抱かせるかもしれない。
ついでに言えば、久々に抑揚のある筆筆した美しい描線(「学校の怪談」あたりでめっきりライトになった描線に物足りなさを感じていたオールドファンにはこれだけで嬉しい)で描かれながらも、序盤の魔実也くんはなんだか時々妙に平面っぽくも感じられる。
しかしこの二点、最期まで読んでしまえば「そーいうわけだったのか!」とストンと納得できる仕掛けになっているのだ。

結論から言うと、ものすごく出来のいい、奇跡の一冊。私の中で長年TOPだった「怪奇編」と今では首位タイの位置にある。
一つ一つの短編もそつなくまとまっているのだが、通して読むと、その全体の構成の見事さに陶然とし、ラストの美しさ切なさがこれまでにない余韻を与えてくれる。
例えるなら、計算し尽くされた見事なコース料理・または懐石料理のようなものだ。一品一品でも十分美味しいのだが、その組み立て、五感への刺激、合わせる酒がそれぞれあいまって、デザート後のなんとも芳醇な気持ちへと誘ってくれるような。

そんな作品を楽しむためには、ネタバレほど興をそぐものはない、というわけで、勢いぼかしたことしか書けないのだけども。

読後まず感じたのは、これまでのシリーズになく、「タイトル通りの物語だ」ということだった。
つまり、魔実也氏の存在が、「夢」で「幻」で、かつ「紳士」なのだ。
…何のこっちゃ全然伝わらないとは思うのだが、読んでもらえれば納得していただけると確信している。

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posted by 大道寺零(管理人) at 23:35 | Comment(3) | TrackBack(0) | 漫画

2005年09月05日

まほおつかいミミッチ出版予定漫画

松田洋子大先生のブログ「水泡日記」によれば、「ミミッチ」2巻が9月30日発売とのこと。チェック。

ところで、同エントリー内にでている「くどい太めの納豆売り」という曲、初めて知った。なんだかダルいサプライズだった。
要するに「『ナタリー』という部分が『納豆売り』って聞こえるよね」というだけで、全編をムリヤリ空耳に仕立ててしまった曲。語り部分が「ヒロシ」の芸風を先取りしていると言えなくもないが、これまたどーでもいいことだ。
まあ、全体に漂う「どーでもよさ」がけだるさをさらにアップさせてるなあ。
この手の曲、日出郎の「燃えろバルセロナ」なんかも(「ミルクチャン」のおかげで)ハンパに有名だが、ああいうものは定期的に出て来るんだろうか。
サビの部分が「エクスタシー得るなら肛門よ〜」と聞こえるというだけで、じゃあゲイの人に歌わせてみよう→で、日出郎に歌わせてみたという、これまた企画の初動段階からどーでもよさ炸裂のシロモノだった。
一応音声ファイルで所有しているが、その部分以外の空耳が本当に強引なもんで、歌詞カードを持っていない身には聞き取りが困難を極めるのであった。
posted by 大道寺零(管理人) at 00:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画

2005年09月04日

「毎日かあさん」論争の横道で漫画

「毎日かあさん論争」のエントリーについて、義弟からちょっと興味あるメールが届いたので、本人の承諾を得て一部引用。
ちなみに彼は現在東京都の、しかも話題になっている地域ほど近くで生活している。

私見では、
サイバラ氏が割烹着を着て写ってる、
「あの路地、あの提灯」の写真が気になるんです。
ちょっと吉祥寺(武蔵野市)に足を運んだヒトの
80%には”ロケ地”バレしてしまう
駅前ハモニカ横町(戦後の香り漂う呑み屋街)にある
「みんみん餃子」の提灯なのです。

ハッキリいって、
吉祥寺(武蔵野市)の”B級ランドマーク”なのです。
仙台で云えばトラ横の「変な動く人形」みたいな・・・。

・・・そこから、
「近所の公園」ってのが、
「井の頭恩賜公園」ってことも判明し・・・。
(確かにミドリガメも危険なカメもご在住。)

ま、
全国レベルじゃバレない話だけど。


なるほど…
確かに「ロケ地はロケ地で別に考えるべき」と言えばそれまでだが、地元の人間でなくては気付かない「ロケ地バレ」。「武蔵野市中の」というネーム以外にも、東京の人には「武蔵野のほうにいるのかな?」と匂わせるものがあったということで、地方在住者としては面白く拝見した。義弟くんありがとう。

彼への返信メールの中で、ちょっと他にも思う事を書いてみた。続きを読む
posted by 大道寺零(管理人) at 17:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画
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