2010年10月21日

ブクログ再開しました書籍

http://booklog.jp/users/0dama

以前一度アカウント取って、3冊だけレビューしてずっと放置してたんですが、パスワード思い出せない+しかも今もう停止したメールアドレスで登録してて八方ふさがりなので、新しくアカウント取り直してみました。
昔読んだもの、最近買ったもの、あまり脈絡なく、気の向いた時にポンポン入れてます。私の棚なので勢いカオスです。言わずもがなか。

宜しければお気軽に覗いてみて下さい。フォロー等もお気軽に。
posted by 大道寺零(管理人) at 13:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍

2005年09月12日

「ユリイカ」9月号 水木サン特集書籍

表紙があまりにも楽しそうなのでつい買ってしまった。

巻頭特集は、「水木しげる×京極夏彦 師弟対談」。

いきなり
「今日はユリイカの対談?『ユリイカ』って売るのが大変でしょ?」
「へえ、定価一三〇〇円、大変だ。一三〇〇円も出して買う人っていうのは…」と、相変わらず「あるがまま」全開で、いきなりすごいところから話を始める水木サン。
京極氏もつられて、
「まあ、いい雑誌なんだけれども、みんながみんな読むという内容でもないですから
と、うっかり根本を突いてしまう。
実売部数を尋ねた水木サンは、「哀れみに満ちた表情で(原文ママ)」
「そう、そりゃ厳しいね」「雑誌は一万部を越えないと生きた心地がしないですよ」と、しきりに「一万部」を強調するため、「実売部数が5桁に乗らない」ことをアッサリと講評してしまうユリイカ編集部。

「そういう意味(「潰れない」こと)では凄いねえ。昔から本屋に行くと、ちゃんと売れ残りがあって、それで『ユリイカ』って名前を覚えてしまったんだね。
み、水木…センセイ……

こんな天衣無縫さに拍車がかかる水木サンの「ユリイカ大変だね」話が、実質1ページにわたって繰り広げられる。
言う方も言う方だが、そのまま載せる方も載せる方だ。それがユリイカクオリティなのか。


まあ1300円分の濃さがある雑誌なので、文章はゆっくりとこれから読んでいく予定。
収録された「マッチ売りの少女(野坂昭如原作)」は…その…すごく…ヘコみます…読むと。

トリビュート漫画は、とり・みき、永野のりこ、熊倉隆敏、鈴木翁二(各2P)。コメントのみで松田洋子。
posted by 大道寺零(管理人) at 00:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍

2005年07月16日

誰もいないと思っていても書籍

これも「トラウマ絵本」スレッドでしばしば話題に上った絵本の一つ。
ハインリッヒ・ホフマンの「もじゃもじゃペーター」。
その全容は「もじゃぺーのミニ研究」に詳しいのだが、いきなり表紙から飛ばしすぎだろうコレ。
大泉洋どころか、佐藤蛾次郎までも腰を抜かすもじゃっぷり。

いくつかの短編でなる絵本だが、エピソードはいずれも、「良い子にしていないとこんな目に合いますよ」という内容ばかり。しかもトラウマ物件の大原則、「こんな目」にあった後のフォローが全然ナシ、が貫かれているところがポイントだろう。内容的にかなりブッ飛んでいるので、「キジも鳴かずば」などとちがい、大人の目で見るとつっこんで笑えるのが救いなのか何なのか。

多くの人が挙げたのが、「指しゃぶり小僧の話」だった。
いくら怒られてもいつも親指をしゃぶる男の子、コンラート。
お母さんが外出する際に、「お母さんがいないからと言って指をしゃぶってはダメ!」と釘をさされるのだが、アホの子コンラートにはぬかに釘、いなくなった瞬間に親指をしゃぶり出す。
その瞬間、ドアがバタンと開き、何の説明もなく巨大ハサミをもった「仕立て屋」が登場し、コンラートの両手親指を切り落とす(ひでー)。
お母さんが帰ってきたら、両手親指を失ったコンラートがしょんぼり立っていた。

おしまい


実にこれだけ。
詳しくは前述の「ミニ研究」の紹介ページを。
ラスト、帰ってきたお母さんが何か言うわけでもなく、コンラートも泣いたりするわけでもない。
この徹底した「あっけらかん」な読後感を、読者はどうする事も出来ないのだ。
絵で見ると、コンラートがしゃぶっているのは左手の親指だけなのだが、何のためらいもなく両方を切り落とすヒットマンの非常で完璧な仕事ぶりも印象に残って洗い落とせない

いくつか版があるのだが、こちらのページによると、ヒットマンのデザイン、集英社版が群を抜いて凶悪だ。

他にも、「とてもかなしい火遊びの話」「スープカスパーのお話」など、精神的投げっぱなしジャーマンなお話が詰めあわされている。特にこの2つは、「マッチで火遊び」「偏食(?)」という実にありがちな行動が元で、ルナ先生がチャートを立てる間も無く「死」に至っちゃうところがインパクト大だ。これを幼児の時に読んだらとんでもないインプレッションだろうなあ。
最近、親も学校も過保護すぎて、「マッチで火をつけられない子供」が増えているそうだが、その中の5%くらいは「もじゃもじゃペーター」のせいかもしれん。
posted by 大道寺零(管理人) at 17:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍

2005年07月12日

トラウマ絵本書籍

昨日「パンを踏んだ娘」で昔のアレコレを思い出しながら検索していると、2chの絵本板(初めて足を踏み入れた、というか存在を知った板だ…)「トラウマになった絵本」過去スレを発見。
トラウマ物件は色々覚えていたはずなのだが、やはりかなり記憶が散逸していたようで、「ああ、そういえばアレもコレもトラウマだった!」と懐かしく思い出すことしきり。
挙がっている物件を見ると、どーも70年代に集中しているように思えてならん。

幼い頃のトラウマ物件の代表的なものに、永井豪の「ススムちゃん大ショック」とか、水木しげる作品とか昭和マンガ史ムック本で1、2ページしか読まなかったにもかかわらず強烈だった「つんではくずし」「アシュラ」などがあるのだが、これらのマンガトラウマと、絵本・児童書トラウマには差があるように思える。
今と違って、あの頃のマンガは「読んじゃダメと言われているのに読んじゃう」背徳的なもの(私たちの親の世代はマンガへの理解がおおむね低かった)だった。自分で勝手に開いて勝手に受けた、いわば自爆的なトラウマといえるだろう。
絵本や児童書は違う。何しろ幼稚園や小学校・自治体の図書館に置いてあって、先生も親も「読みなさい」と奨励する。本屋に行けば、ナンチャラ福祉協議会の推薦シールが貼ってあって、安全・健全を保証している(かに見えた)。
それなのに、妙に話に救いがない。話はともかく絵が怖すぎる。
あんたら何考えて俺らにコレ読まそうとすんのよ?大体本当に自分で読んでこれを「子供が読んでも大丈夫」って認定したのかよ?バーカバーカえーんえーん。
かくして、夜トイレに一人で行けなくなったり、押入れや天井の木目が恐ろしくてたまらなくなったりする子供が量産されたのであった。
「一見恐怖物件に見えないので油断する」「学校や図書館、児童書コーナーにあるので、一冊で多くの人数が長きに渡ってダメージを受け続ける」という点を考えると、一種のテロといってもいいかもしれない。

*「かたあしだちょうのエルフ(読み聞かせFlashへのリンクあり。BGMも朗読もイマイチだけど全文収録)
これは小学校の時に買ってもらった(探せば実家にある)ハズ。
一言で言うと「勇敢なダチョウ」の泣ける話なのだが、救われなさ過ぎの話、あと絵が妙に怖い(特に襲い掛かる黒豹)。
実家の裏手の水田地帯の中に、一本だけ立っている木がエルフの木とソックリで、しかもその根元に墓石がポツンとあったりしたもので、「なんかとてつもない怪談が秘められているのでは」と、その木を眺める度にいらん恐怖に駆られた。あまつさえ、自分一人が怖がっているのも悔しいので、それっぽい怪談(木といえばやっぱり首吊り系ダヨネ)をでっちあげて語り、近所の子にムリヤリ恐怖を共有させたりしたもんだ(何やってんだ自分)。
子供心に、自分の子供の恩人なのに援助をしなくなる周囲の動物の薄情さに「ひでー」「ジャングル大帝じゃありえないね!」と憤慨し、同時にサバンナの過酷さを学んだような学ばなかったような。

サバンナといえば、「野生の王国」系の番組も多かったのだが、綺麗でかっこいい鹿やシマウマが肉食獣やハゲタカのご飯になっちゃうシーンもお食事時によく放映されていてショッキングだった。どうしても食う方が悪いように見えて、「おいおいカメラ回してるんだったら助けろよ〜!」と叫びたくなったものだ。
ここにもやはり「ジャングル大帝じゃありえないのに!」って感覚があったように思う。インパラもライオンも一緒になってフルーツ食べたり、あまつさえ農園作ったりする甘っちょろさ(少なくともTV版は…この頃に真の「レオ」最終回を読んでいたらメガトン級のトラウマだったろうけども。)だったからなあ。今思えばそういうリアルな映像があったからこそバランスを崩さないですんだともいえるのだが。

*「ねないこ だれだ」
今もなお現役バリバリベストセラーの、せなけいこ作の絵本。
「夜中はおばけの時間なのに、寝ない悪い子はおばけになって、お化けの世界に飛んでいけ」と、夜更かししている子がおばけに連れられて空の彼方にフワーリと飛んでいく(既に足がなくなっている)場面で終わり、あまりのノーフォローぶりに戦慄した。
記憶では、一番最後のページに、フクロウがたたずむ闇夜の絵が来ていて、飛んでいくシーンそのものよりも、「子供が一人おばけになって消えたところでどーってことない」雰囲気満載なのが怖かった。
とはいえ、これをはじめて読んだのが既に幼稚園に上がってから、友人の家でだったのでそうした恐怖を感じたのかもしれない。
実際に子供に読み聞かせた人の日記などを読むと、この絵本で寝かしつける本来のターゲットである3歳〜の幼児は、怖がるよりもオバケやオバケの世界にときめいて、「この絵本大好き!」と好むパターンが多いとか。
多少ものがわかってきた年代になると怖くなるのかも。

ロングセラーなので多くの人に愛され、こんなパロディまでもあちこちで見られる。
*「ねないこ だれだ の ばりえいしょん」(朝目新聞)
*「ねないこ だれだ(ギャラリーまとめサイト?)」

他のトラウマ物件に関してはまた語るかも。
posted by 大道寺零(管理人) at 14:37 | Comment(8) | TrackBack(0) | 書籍

2005年07月11日

BookBaton書籍

きたかZさんからいただいたBookBaton、こちらもアンサーが遅くなってしまい非常に申し訳ございませんでした。

■Q1.今 家にある本の冊数は?

とても全部数える気力がない;
仕事の資料とか、学生時代に使っていた史料とか、中文ふくめて辞書類など、居住空間が圧迫されまくり。マンガの冊数を単純に2倍して4500〜冊くらいかと。雑誌を含めるともうとんでもないことに。

■Q2.今 読んでいる本・漫画は?
同時進行で読みかけ…

*「至福千年」 石川淳
 持ち歩き本なのだが、なかなか進まず。脳内では石川賢コミカライズで話が進んでおります。
 石川淳の文章って好きなんだよなあ〜。

*「柳生十兵衛死す(上)」 山田風太郎
*「ワンナウツ (14)」 甲斐谷忍


■Q3.最後に買った本は?

*「中国艶本大全」 土屋英明
 意訳が激しいのだが、知らなかった文献がいろいろ載っていて面白い。頭がフットーしそうな則天武后の話とか。

*「被差別の食卓」 上原義広
*「続・新ワイルド7」 望月三起也
*「無限の住人」18 沙村弘明
*「ワンナウツ」14 甲斐谷忍
*「鉄腕バーディー」9 ゆうきまさみ
*「炎の筆魂 三之拳」 島本和彦


■Q4.自分に衝撃を与えた本・漫画 それぞれ5冊以内

*「竹取物語」(岩波の古典全集)
 高1の夏休みに出された古典の宿題が、「何でもいいから古典を一つ、訳本ではなく原文で(訳や脚注が付属しているものでもOK)読みきって感想文を書け」というもので、選んだのがこれだった。
 初めて原文に触れてみて、「5人の貴公子の求婚」のくだりで、ニセの宝物を持ってきた求婚者に騙されかかり、「これでムコ決定じゃ」と喜びいさんで布団を敷き始めるおじいさん。これまで読んできた児童向けのストーリーでは絶対カットされる場面。これまでのイメージとのギャップと、あまりにもストレートな翁の行動にポカーン&爆笑。
 その他にも、各章の締めにかならず挿入されるダジャレ的な地名由来などにも笑わされる。
 一見いかめしい古典や名作もツッコミ所が満載だということ、そしてツッコんではいけない作品などこの世にはないということを教わった一冊(同類に、原文に当たってみるとあまりのアナーキーさに驚かされる「東海道中膝栗毛」も)。先生の真意は別のところにあったのだろうとは思うのだが、この宿題で「古典好き」への門を叩いたのは間違いない。

*「中原中也詩集」 中原中也
 読む側の年齢、精神状態、状況によってグッと来る場所がそれぞれ違い、読み返すごとに新しい発見と伝わってくる味がある。自分にとって大切な本(特に詩の類)とはそういうものなのだろう。私にとっては中原中也こそがソレだ。


*「章太郎のファンタジーワールド ジュン」

コママンガの約束を全て取り払った、言わずと知れた実験作。溢れるイマジネーションとこちらに投げかけられた解釈、石ノ森章太郎特有の詩情に圧倒された。最初小学館漫画文庫で購入し、本が壊れかけるほど読んだ。その後大判を購入。財布には痛かったが、カラー&迫力ある画面で見れたのは嬉しかったなあ〜。

*「けっこう仮面」 永井豪
4歳の頃から通っていたピアノ教室の本棚(順番待ちの時間つぶし用)にマーガレットやフレンドと並んでなぜか月刊少年ジャンプが毎月置かれていた(ごくごく少数だが男の子も習っていたためか?)。当時、ハニーフラッシュとけっこうのお姉さまから、それがいかなるものか定義する言葉も知らぬままに初めてのハァハァ的なドキドキを教わってしまっていた私は、他の子から見えないような位置に陣取って「けっこう仮面」を、毎月チェックしていた。お強くて堂々としたおねえさまよりも、毎回いじめられる真弓くんがはるかにツボだった(どーゆーょぅι゛ょだよ;)。特にタコ責めの回は、就学前幼女には強烈な刺激でござんした。バイエルのおけいことけっこう仮面が同居した空間は、今考えると相当すごかったかもしれぬ。
この2作品のために「スッパダカ&責め&嫌がってるのか喜んでるのか判然としない攻められ側の表情こそが永井豪」と揺るがぬ認識を得た私は、「あばしり一家」を読んでは「ハダカが少ない(パラ中のアレはツボだったが)」、「ハレンチ学園」を読んでは「スカートめくるくらいじゃなあ…ヒゲゴジラナもナマヌルス」という感想を抱く始末。恐ろしい幼女だったな、我ながら…

*「ふたりのロッテ」 エーリヒ・ケストナー
いつも学校の図書館に入り浸っている子供だった。
その図書館の中でもっとも愛しいものが、ケストナー作品(特に岩波の全集の装丁・挿絵が好きだった)。「飛ぶ教室」「エーミール」「動物会議」どれも好きなのだが、ストーリーが痛快で一番親しみやすかったのがこれ。
あとがきなどでケストナーの生涯や創作活動を知るにつれて、作家そのものを好きになっていたのはこれが初めてだったかもしれない。
ちょっと古風で「よい子向け」っぽい訳文の中にも、独特のエスプリや皮肉がブレンドされているのが絶妙。全集はまだ出ているので、購入してもう一度大人の目で楽しんでみたいと思っている。

◆さて、バトンを渡す先ですが…
・よむよむさん(mixi)
・ぽちさん
・ふらっかさん(mixi)
・三日殿下さん
・NINさん

気が向いたら&お嫌いでなかったら、でかまいませんので、よろしくお願いします。スルーされる場合も特にお返事等はいりませんです。
posted by 大道寺零(管理人) at 13:07 | Comment(3) | TrackBack(0) | 書籍
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